4.魔の存在と昔話
街道に沿って歩くこと二日。私たちは宿場町であるソクトにたどり着いた。旅人や休憩する運び屋、行商人で通りは賑わっている。私たちはそんな道を見ながら、休憩所までやってきた。日陰になっている場所に腰掛け、息を吐く。フードを取ると風が通って涼しい。ほてった体を涼めていると、ふと銀髪が目に付いた。長めの銀髪をした男性は着流しにも似たローブを身につけ、ゆったりとした足どりで歩いていく。彼の姿を見て、私は思わず駆け出していた。
「ギン!」
私が駆け寄ると、銀髪の男性はこちらを振り向いて目を見開いた。
「おや、満月じゃないか! ちょっと見ない間に立派になって……見違えたよ」
彼――ギンこと銀爽舞は私の育ての親、六厳善の友人だ。彼は私を抱きかかえ、わしわしと頭を撫でる。その手つきが嬉しくて、私はしっかりと抱きついた。
「はあはあ、い、いきなり走り出さないでほしいッス!」
「てかデュライア、お前、先生と知り合いだったのか?」
慌てて追いかけてきたらしく、アッグは息を弾ませて叫ぶ。振り向くと、カイトは意外そうな顔をしていた。先生ってなんだろう。そう思っていると、ギンは顔を上げ、ミシュエルと目が合った。
「お久しぶりです、先生」
「おお、ミシュエルくんにカイトくんか。いやはや、偶然とは面白いね」
ギンは楽しそうに笑う。状況が理解できなくて、私は目を瞬かせた。
「知り合いッスか?」
「ええ。十年ほど前、銀爽舞先生に戦闘用の魔法を教わりまして」
アッグが皆の顔を見回しながら尋ね、それにミシュエルが答えた。銀爽舞は魔法道場を経営している、という話は知っていたけれど、まさかカイトとミシュエルの二人が門徒だったなんて。ギンは懐かしむように顎を撫でる。
「十年か。道理でカイトくんも見違えるほど大きくなって。あの頃は私の腰ほどしかなかったというに」
「いつの話をしてるんだよ」
不機嫌そうにカイトがツッコミを入れる。まだ小さな子どもだと思われていたことが嫌だったらしい。けれどギンは気にしていないようだった。それどころか、茶化すようにミシュエルを見やる。
「ミシュエルくんは、ほとんど変わってないみたいだけれどね」
「ええ、私はエルフ族ですから。今更変わることもありませんよ」
ミシュエルはミシュエルで、にこにこと笑みを返す。なんだろう、二人とも笑顔のはずなのに怖く見える。私は抱える腕の中で身震いし、そっとギンを見上げた。
「ギン……」
「おお、すまない。どうかね、積もる話は私の家でゆっくりしようじゃないか」
そういう訳で、私たちはソクトにある銀爽舞の家に案内された。
宿場町の外れにそれはあった。家と言っても、ギンの経営する道場が敷地のほとんどを占めている。石垣で囲まれた中に神殿のような見た目の道場があり、大きな庭がある。その奥に、ギンが寝食している簡素な小屋があった。土足のまま中に入り、椅子に座るよう勧められる。ギンはテーブルの上に冷えた水を置いてくれた。一口飲むと乾いた体に染み渡る。ギンは私の隣に座った。
「さて、何から話そうか」
ギンが切り出すと、カイトが指で机を叩く。
「先生はどうしてデュライアと知り合いなんだ?」
「この子はね、私の友人がどこからか拾ってきて、養い育てた子どもなんだよ」
言いながら、ギンは愛おしむように私の頭を撫でる。優しい手つきがちょっとくすぐったい。ギンの言葉に、ミシュエルがおずおずと口を開いた。
「御友人の拾い子、ですか…?」
「さよう。なかなか危なっかしい子育てだったゆえ、私もいくらか面倒を見ていたのだ」
ギンは私を育てていた頃を懐かしんでいるようだった。彼には危なっかしいと言われたが、実際六厳善の育て方は荒っぽかった。悪いことをしたらすぐに手が出たし、教えてくれることにも穴が多かった。その度にギンに助け船を出してもらっていたように思う。ギンは道場を開いていることもあってか、“教える”ことに関しては上手だった。
「へえ、その人はどんな人ッスか?」
興味を持ったのか、アッグが身を乗り出す。しかしギンは答える代わりに眉をひそめ、私の顔をのぞき込んだ。
「満月、お前さんは彼らにどこまで話した?」
「私が捨て子だったってことくらい。あとはほとんど何も」
私が答えると、ギンは長いため息を吐いた。呆れの混じった息が言いたいことがわかっているから、私は何も言えなくなる。ギンは口を重たそうにゆっくりと動かした。
「まあいい、話そう。満月を育てたのは、私の友人、六厳善だ」
「「ろっ…!?」」
三人の表情が一斉に凍りつく。信じられないとばかりに目を白黒させ、ギンや私を見る。がたっと立ち上がったカイトが声を高くした。
「六厳善って、まさか数十年前に町一つ焼き払い壊滅させたっていう、あの魔人・六厳善!?」
「いかにも。悪名高い六厳善その者だ」
落ち着き払った答えに、カイトは腕を震わせて硬直してしまう。魔人・六厳善――それは偶像ではなく、れっきとした事実だ。彼は“魔人”と呼ばれる人外の存在で、かつて人里を焼き払ったことがあると、本人が語ったことがある。その経緯は知らないが、彼が人間嫌いであることと関係あるのではないか、と私は考えている。何にせよ人々に衝撃を与え、教科書に恐ろしい魔人として真っ先に上げられてしまうくらい有名な話らしい。だからこそ、私はあえて何も話さないでいたのだ。
「まさか、そのような者が先生の御友人とは……」
「君も知っての通り私も魔人だ。魔人の友人がいておかしいかね?」
遠慮がちなミシュエルの言葉を、ギンは一笑する。それを聞いたアッグが驚いて声を上げた。
「って、銀爽舞さんも魔人だったんスか!?」
アッグにまじまじと見つめられ、ギンはまあね、と笑った。
さっきもちょっと触れたが、魔人とは人ならざる存在だ。人間との一番の違いは、自ら魔力を生み出し、体内に魔力を持っていることである。当然魔法の扱いにかけては人間の上を行き、それが『魔人』と呼ばれる所以となっている。六厳善のように四本腕があったりと異形のこともあるが、基本的には人型らしい。
「デュライア、なんで今まで黙ってたんスか?」
「だって今みたいな反応されるじゃん」
育ての親が魔人で、しかも人里を焼き払ったことがあります、だなんて気安く話題に出せるものではない。必要がなかったら黙っていた方がいいに決まっている。
「オレは町焼くほど人間嫌ってる奴が、人間を拾って育てたってことの方がいまだに信じられねえ」
ぼそっとカイトが呟く。紫色の瞳が疑るように私を見つめていた。その態度を見て、ギンは笑う。
「カイトくんもそう思うかい? いや、私もロクがこの子を拾ってきたときは驚いたものだ」
ギンは懐かしむように目を細め、語り出した。
「気まぐれだとは言っていたが、赤子の扱い方も人の育て方も知らんくせに拾ったものだから、何かとてんやわんやでね。泣き止まんだの、おしめの替え方がわからんだの、そりゃあ大変だった」
何だかその光景が目に浮かぶ。六厳善はきっと、初めての子どもを持った父親のようにばたばたしていたのだろう。
「そんなんでよく育ったッスね」
「全くだ。親に似ず、いい子に育ってくれて良かったよ」
言いながら、ギンは私の頭を撫でる。人間を極端に嫌う子にならなくて良かったという意味だろうけれど、それじゃロクが大悪人みたいだ。確かに過去にやったことは褒められるものではないけれど、基本的にはいい人だってわかってる。それに。
「私といるときのロクは優しかったもん」
撫でられながらも、私は口を尖らせた。荒っぽかったけれど、それはただ不器用だっただけだ。怒って手が出るのも私を思ってのことだったと、今は理解できる。そもそも拾ってくれただけで十分優しいし。だから反論したのだけれど――
「ふふっ、あはははっ」
――何故かギンに大笑いされてしまった。彼はさも楽しそうに笑い、口元を抑えている。
「そんなに笑うことだった?」
「いやいや。満月は本当にお父さんっ子だなあと思ってね」
確かに六厳善は私の父親のような存在だけれど、笑われるほど可笑しい部分なんて何かあっただろうか。ちらりと仲間の顔を見たが、三人とも複雑な表情を浮かべていて、やっぱりよくわからなかった。
たぶん気になっていた人もいたかもしれない、六厳善の種族。
正解は「そもそも人間じゃない」でした。はてさて、皆さんの予想は当たってましたか?
本文中にあるように満月は最初から正体を知っていた訳ですが、序盤にそんな説明入れてもこんがらがるだけなのであえてシークレットにしていました。明かされる遅さはもはやお決まりです、はい。
それでは次回以降ものんびりお楽しみくださいませ。




