10.オリプの商人
街道を歩くこと数日。私達はオリピアソという宿場町に来ていた。大きくはないもののそれなりに賑わっており、行商人や町の人が露店を開いている場所もある。なにより特徴的なのは、町から見える斜面が、一面の果樹園になっていることだった。
「デュライア、置いていくッスよ」
「あ、ごめん」
私はかけられた声に振り向いた。どうやら長いこと景色に見とれていたらしい。誤魔化すように笑って、みんなの後を追いかける。強い日差しを避けて、私達は休憩所に入った。冷やされた空気がほてった体に気持ちいい。荷物を傍らに置き、ほっと一息。ただの土の段差でも、腰掛けると楽になった気がした。と、目の前にコップが突き出される。
「デュライア、ただの水ですがどうぞ」
ミシュエルはそう言って笑った。私はありがとうと言ってコップを受け取る。冷たさが喉を通って渇きを癒やした。
「おや、あなた方は旅人ですか?」
声をかけられて、私は振り向いた。そこには焦げ茶色の毛並みをした犬顔の人――フェンリル族の男性が立っていた。人なつこい笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってくる。私もその人に微笑み返した。
「はい、旅人です。何かご用ですか?」
旅人に用事があると言えば、依頼かただの話し相手かのどちらかであることが多い。どちらにせよ、用件は確認しておく必要がある。フェンリル族の人は私の言葉に頷いた。
「そちらが良ければ、是非とも道中の護衛を頼みたいと思ってね」
『護衛』という言葉に、カイトとミシュエルの顔つきが変わる。どちらも仕事に当たる真剣な表情をしていた。
「どちらまで?」
ミシュエルが問いかける。場所がわからなければ送りようがないし、私達が行きたい場所と反対方向の可能性もある。そのことに思い至ってか、フェンリル族の人はふっと息を吐き出した。
「ギルダリアだ。荷車で行くのだが、どうかな?」
ギルダリアはウォラレス王国の首都の名前だ。地図盤で見ると、ちょうど国境を越えるまでの通り道にある。同じ方向に行くついでなので、難しいことではない。私達は依頼を快く受け入れ、待ち合わせ場所を決めた。
翌日、焦げ茶色のフェンリル族の人、ガラムさんと約束した場所に行く。そこには屋根のある荷車が待っていた。車を引くのは、バイソンに似た毛深い動物、バーセル。二頭が水を飲んで待機している。私達は荷車の空いたスペースに乗せてもらい、オリピアソの町を出発した。
バーゼルの引く車はガタゴトと揺れる。ゆっくりと、しかし力強い足どりだ。荷車の中を見回せば、何かが詰まった袋がいくつも積み上げられているのに気付く。一抱えほどの大きさの袋で、丸い物が詰まってぶつぶつとした表面になっていた。
「これが商品ですか?」
何気なしに尋ねてみる。前方を見ていたガラムさんは振り向いて笑った。
「そう、オリプっていう木の実さ」
オリプ。聞いたことのない名前だ。私が釈然としない様子だったからか、ガラムさんは待っていろと言って鞭をしまった。近くにあった袋を開け、中身を取り出す。出てきたのは黒い木の実だった。楕円状の小さな実で、形だけならキンカンにも似ている。触ってみると表面は硬い。
「これがオリピアソ名産のオリプだ」
自慢げにガラムさんが言う。そういえば、斜面に植わっていたのはこの黒い実だった気がする。ガラムさんの言葉にミシュエルが続いた。
「ウォラレスで使われる調味料、ソーゼの材料ですね」
「詳しいなあ、兄ちゃん」
ガラムさんは一つを手に取ると、ナイフで固い殻に切れ込みを入れた。ぱっくりと割れた殻の中から赤い果実が出てくる。つるりとしてみずみずしい見た目だ。食べてみろと促され、おそるおそる口の中に入れてみる。噛むと果汁が口の中に飛び出した。甘さと酸っぱさが広がり、あとから苦みがやってくる。クセがあり、美味しいと言えるかは人それぞれの好みで分かれるだろう。
「うわ、不思議な味ッスね」
「ソーゼになる前はまだ苦いのか」
仲間達の反応もまちまちだ。それは予想できていたのだろう。ガラムさんは大きな口を開けて笑った。
「はっはっは、まあオリプそのものじゃそうなるね。だがな、この後果汁を搾って岩塩を加え、煮込んでから肉にかけると最高に上手いぞ」
話を聞きながら肉に甘酸っぱいたれをかけて食べるところを想像してしまい、私の口によだれがあふれてきた。慌てて想像を振り払い、生唾を飲み込む。隠れてやったつもりだったが、しっかり見られてしまっていた。皆に笑われ、恥ずかしさで顔が熱くなる。うう、穴があったら入りたい。そんな私を無視して、荷車はがたりと揺れて進んだ。




