7.怒りに触れた者
前回の続きです
青い鱗のリザードの人が目を見開いて私を見る。オーク族の夫婦も、どうしてと言わんばかりの表情で見つめてくる。飛び出したからといって、策があるわけではなかった。けれど何もしないよりはいい。私はオークの女性を解放し、かばうように前に進み出た。
「この人達は何も悪くありません」
震えそうになるのを押さえながら、はっきりとした声で言う。背の高い相手を、キッと見上げた。
「私が脅してこの人達の家に無理矢理泊まっていたんです。だから、罰するなら私にしてください」
私の言葉に、リザードの人は訝しげに眉をひそめた。値踏みするように黒い瞳が私を見つめてくる。
「仲間は?」
私は口を真一文字に結んで押し黙った。それをどう捉えたか、リザードの人は街中に向かって声を張り上げた。ほどなくして同じく鎧を着込んだ人々が集まってくる。種族は様々だったが、軍隊や騎士団を思わせる集団だ。そのうちの一人が私の手首を掴み、乱暴に引っ張る。その力が強くて、私は危うく転ぶところだった。動き出す気配を感じ、隠れている仲間をちらりと見る。今にも飛びかかりそうな勢いの彼らに、私は視線だけで制止をかけた。今全員出てしまったら、身動きが取れなくなってしまう。切り札となるように待っていて欲しいと、言葉もなく訴えかけた。鋭い爪の生えた無骨な手が、私を引っ張る。私は引きずられるように彼らについて行った。
どこかに連れて行かれると予想した矢先、集団の足が止まった。不審に思って見回すと、誰もが背筋を伸ばして同じ方向を見つめている。釣られて視線を追った先には、一人の人物がいた。群青色の羽で覆われ、平たく太いくちばしを持った鳥の人。でっぷりとした体格は栄養状態の良さを(というよりは飽食の度合いを)表している。首元から腹にかけては鮮やかな黄色い羽が生え、貴金属や宝石で服が彩られている。ずいぶんと身分が高いらしいと言うことは私にもわかった。
「何があった」
尊大な態度で、鳥の人(男性らしい)は尋ねる。鎧を着たうちの一人がそれに答えた。
「はっ。たった今、脱税の疑いのある旅人を捕まえたところです」
鳥の人はそれを聞き、私をじっと見つめた。頭のてっぺんからつま先まで一通り眺めてくる。得体の知れない物を観察するような目つきだ。それが終わると、相手は鼻で笑った。
「ふん、小娘の分際で領主である儂に逆らおうとしたのか」
その言葉の中に、私を侮辱し見下す感情が見て取れた。逆らうなど愚かだと言わんばかりの態度に、私の心はざわりと尖った。攻撃的な炎が胸の内で燃えさかる。
「不当な決まりに従う者はいません」
手首を掴む腕を振り払い、私は数歩前に進み出た。領主だという男は不機嫌そうに私を睨む。
「黙れ。貴様ら旅人は大人しくお金を落としていけばいいんだ」
領主の態度はだだをこねる子どものようにも思えた。私は大きく息を吸い込む。
「確かに私達旅人はあなた方の良き客となり得るでしょう。けれど今のように高額な税金を取り続ければ、いずれ訪れる者はいなくなります」
「うるさい! どうせ貴様らはここを通るしかないのだ! いなくなることなどありはしない!」
鳥の領主は憤った。私も負けじと声を張り上げる。
「いいえ、あり得ることです。私達は無限の金脈ではありません。来れば路頭に迷うというのに、わざわざ訪れようと思うでしょうか? 事実、ここを避けるようにという噂が広まりつつあるんですよ」
「そうだそうだ!」「いいぞ、嬢ちゃん! もっと言ってやれ!」
いつの間にか集まっていた街の人々が、賛同の声を飛ばしてくる。大勢の非難にたじろいだのか、領主はわなわなと震えていた。ダンッと鱗のある足を踏みならし、私を睨んでくる。
「ええい、小娘の分際で、儂に説教するというのか!」
「私は推論を言ったまでです」
私は引き下がらなかった。それがまた向こうの気に障ったらしい。領主は群青色の翼を振り上げた。
「引っ捕らえろ! 二度とそんな生意気な口が聞けぬようにしてくれるわ!」
その怒号で、鎧を着ていた人たちが動いた。私の武器を取り上げ、腕をひねり上げる。多勢に無勢だった私はあっという間に捕まってしまった。そのまま強い力でずるずると引きずられていく。じゃらりという鎖を視界の端で捉えた。たぶん私は見せしめにされるのだろう。冗談じゃないともがく。が、とても逃げられそうになかった。
諦めかけたそのとき、破裂音が耳をつんざいた。私の右手を掴んでいた男が派手に吹っ飛んでいく。何が起きたのかわからずにいると、左に水色が割り込んだ。鈍い音の後、うめき声と金属の落ちる音がする。解放されたのだと理解するのに時間がかかった。
「怪我はありませんか?」
「ったく、相変わらず無茶しやがるな」
「ミシュエル! カイト!」
やんわりとミシュエルが私の手を包み込んだ。悪態をつくカイトは真っ赤な傘を肩に担いでこちらに歩いてくる。彼らの姿を認めて、私の心に安心感が生まれた。突如、金属同士がぶつかる豪快な音が響いた。驚いてそちらを見れば、斧を振り回すアッグの姿があった。体格に似合わぬ怪力で敵を吹き飛ばしている。
「デュライア、反撃するッス!」
そう言って、取り上げられた私の剣を持ってきてくれた。私はそれを受け取り、力強く笑ってみせる。表情を引き締め、私達を囲む軍勢を見据えた。鎧を纏い、剣や槍を携えた男が十数人ほど。油断せずにいこう。私は剣の柄をしっかりと握った。
向かってくる刃を受け流し、得物を手からたたき落とす。後ろでは仲間達がそれぞれ兵士と対峙していた。ふと周りを見ると、街の人やどこかにいたらしい旅人も加わって乱戦状態だった。戦いというよりは暴動と呼ぶべきかもしれない。溜まった怒りが爆発したような光景。脳裏に不安がよぎった。
騒ぎが収集しなくなるかに思われたとき、そろった足音が聞こえてきた。見ると、立派な鎧を着た集団がぞろぞろと歩いてくるところだった。その姿を認め、領主の男が顔を上げる。
「おお、国家騎士団ではないか! 早くこの暴動を止めてくれ!」
うれしさと期待の混じった声で言う。だが、返ってきたのは厳かな声だった。
「王宮より伝令が届いた。マミネ領主モネヤ・キンバリーはその任を解き、死刑に処する!」
群衆に負けないよう、団長らしき男が読み上げる。その言葉に領主は青ざめ、周りからわっと歓声が上がった。団長が罪状を述べる声も、沸き立った騒音にかき消される。喜びに沸き立つ人々に、背筋の冷える恐怖を覚えた。たった一人、取り残されたような感覚。
「あいつら、手柄を横取りしていきやがって!」
「俺たちも行くッスよ!」
アッグもカイトもミシュエルも、騒ぐ群衆の中に混ざろうとしてしまう。私は夢中で彼らの背中にすがりついた。驚いた三人は一斉に私を見る。
「デュライア…?」
「お願い、あの中に行かないで」
ぎゅっと服を掴み、震える声で訴える。反論はこなかった。ただ困惑の視線を向けられる。私自身、どうしてそうしたのかよくわからなかった。わかるのは、恐怖が心を支配しているということだけ。指先も膝も口も、寒さに触れたかのようにがくがくと震えている。誰かの優しい手が、そっと私の髪を撫でた。ほんの少しだけ落ち着いた気がして、私は顔を上げた。
騒がしい人の群れ。騎士団と、街の人と、旅人とがごちゃ混ぜになって波のように押し寄せていく。はやし立てる声は狂った奇声にも聞こえた。何を言っているのかはもはや聞き取れない。その真ん中で、群青色をした領主が縛られていく。身動き取れない彼に、容赦の無い罵声と石のつぶてが飛ばされた。中には刃物で切りつけようとする者までいた。そんな彼らをかき分け、大きな棒が運ばれてくる。それは鋭く尖った先端が赤熱している槍だった。領主が縛られたまま広場につり下げられる。野次馬が騒ぐ中、熱せられた槍が突き立てられた。不快な音を立てて赤黒い液体が飛び散り、嫌な焦げ臭さが辺りに漂う。いくつもの槍が胸や腹に刺さる。悲鳴にも似た断末魔の後、太った鳥の男はぱったりと動かなくなった。わっと上がった歓声が、見た目よりもずっと遠くから聞こえる。私は見ていられなくなって、地べたに座りこんでしまった。
「しっかりするッス、デュライア!」
アッグが私の肩を叩く。けれど、私は顔を上げられなかった。
「なんで…………どうして、笑っていられるの?」
「え?」
心配そうにのぞき込む視線を感じる。答えなきゃと思うのに、心の中は濁流が渦巻いていた。それが怒りなのか悲しみなのか、それとも別の感情なのかもわからない。嗚咽を飲み込み、どうにか口を開く。
「確かに憎い嫌な領主は倒れた。でも私には、目の前で残虐に命が失われた、そういう風にしか見えなかったのに――」
それ以上言葉は続かなかった。何も考えられず、私はしばらく座りこんでいた。
思ったより長くなったので分けました。ちょっと急展開過ぎたかなとも思ってます。シリアスなシーンが好きなので、暴走しちゃうんですよね……。反省は、してませんが←
あと少しだけ、関連した話が続きます




