8.魔倉
「デュライア! カイト! 良かった、無事だったんスね!」
部屋に戻るやいなや、アッグががばっと飛びかかってきた。よける間もなく私は彼に抱きつかれる格好になる。
「町の方で一悶着あったって聞いて、すっごく心配したッスよ?」
声をうわずらせて、カイトは私の顔をのぞき込んでくる。あまりにも必死な表情に、私は思わず苦笑した。
「ま、その悶着に自ら関わっていったけどな、こいつは」
「ええっ!? 何でッスか!?」
横からカイトが口を挟む。アッグは驚き、再び私を見る。…どうしてカイトは余計なことを言うのだろうか。せめて言い方ってものがあると思う。何だか私がけんかっ早いみたいに聞こえる。
「だって、カイトが捕まってたんだよ? 助けなきゃ、って思うじゃん」
私がそう答えると、カイトは少し呆れた様子でアッグを見やる。その視線の先にいるアッグも、ため息をついていた。
「なんというか……デュライアらしいッスね」
「…どうせ私はお人好しですよー…」
話の決着になんとなく納得できなくて、私は口をとがらせる。そんな私を、アッグが慌ててなだめた。別になだめられるほど怒っている訳ではない。そもそも“できるだけ人々を助けたい”と心に決めたのは私自身だ。けれどそれが、小馬鹿にされるのはやはり面白くない。
「ところで、なんでカイトは捕まってたんスか?」
捕まる理由なんてなさそうなのにと付け加えて、アッグが尋ねる。と、カイトがすっと目を細めた。紫色の瞳が鋭い光を放っている。恐ろしいほどの眼光に、アッグはたじろいでいた。私自身、それが言いたくないことだろうと思っていた。だが彼の険しい表情を見るに、より深刻なことなのだろう。私は聞き直さず、彼が口を開くまで待つことにした。
ふっ、とカイトの視線が和らぐ。彼は無言のままソファに腰掛けた。
「オレは“魔倉”だからな……」
小さく、しかしはっきりとした声音でカイトはつぶやいた。
「魔倉?」
私が尋ねると、カイトはああ、と苦々しげに頷く。
「大気中の魔力を、体内に蓄えておくことのできる体質を持った人間だ。もっとも、数がいねえから知ってるやつも少ないがな」
本来なら人体に害のある魔力だが、魔倉は魔力を蓄えていても平気なのだという。おかげで、大気の魔力濃度に左右されずに魔法を使えるのだ、と。思いがけない事実に、私もアッグも驚きで目を見開いた。そういえば、カイトは詠唱の時間を含めてもかなり早く魔法を使っていた気がする。けれど、まだ疑問は残っていた。
「それで、どうして捕まってたの?」
つながりが見えず、私は問う。カイトはぐっと椅子にもたれかかった。
「さあな。どこかに引き渡して報酬をもらおうとしてたんだろ。噂に聞いた限りじゃ、人間魔石として酷使されたり、あるいは魔法兵として扱われたり――ともかく、自由はない」
カイトはソファにもたれたまま、天井を仰ぐ。私とアッグは何も言うことができず、ただ立ち尽くしていた。重い沈黙ばかりが部屋を包む。時間が無駄に過ぎていくように感じた。
知らなかった。その一言で終わらせるほど軽い問題ではない。初対面での警戒した彼を思い出す。私が何者か。どこかに引き渡そうと考えているのではないか。素性が分からず、刺さるような敵意を向けてきたあの目。頼るべき仲間もおらず、一人で立ち向かわなくてはならないことに対する恐怖。そういったものに心を支配されていたのだろう。だからこそ――
「頑張って、ミシュエルさんを探そう? カイト自身のためにも、ミシュエルさんを心配させないためにも」
ぐ、と握り拳を作ってみせる。カイトはどうしていきなりそんなことを言うのかと言わんばかりの表情だった。
「改めて協力するよ、カイト」
私は彼に向かって微笑んだ。横からアッグも加わってくる。
「俺も協力するッス! カイトに奴隷扱いはさせないッス!」
尻尾を振って、力強くそう宣言した。そうか、アッグは元々奴隷だったから、無理矢理働かされる苦しみは誰よりも分かっているんだ。
カイトはしばらく目を見開いていたが、やがて破顔する。
「ありがとな、二人とも」
それは仕方ないなと苦笑しているようでもあったし、楽しんでいるようにも見えた。ふっと笑いがこぼれる。誰から始まったのかは分からないが、穏やかな笑みが部屋の中に広がっていった。




