エピローグ
「ジェダオ公子!」
「公子!」
「お久しぶりにございます!」
「ご機嫌麗しゅう!」
社交のシーズンを正式に告げる今年最初の王宮の夜会に、私たちは来ていた。
シュリオスは出たくないと苦悩の表情を浮かべていたけれど、王家に忠誠を誓うジェダオ公爵家の者として、参加しないわけにはいかない。
苦肉の策として、人の少ない早めの入場をして、壁際のカーテンの影にいた。……のだけれど、それも無駄なあがきだったようね。
どうなっているのか、彼に魅了された貴公子たちが、彼の居場所を察知して、わらわらと集まり寄ってくる。
まるで人懐こい大型犬のようだわ。「殿下の犬になれ」が、言った本人に対する態度にも作用してしまっているのではないかと、私は疑っている。以前はこんなに犬のようではなかった。もっと落ち着いた普通の紳士だった。今はブンブン振れている尻尾が見えないのが不思議なくらい、無邪気に喜びに目が輝いている。
シュリオスはといえば、最早無表情。「失せろ」と一喝しないだけマシかもしれない。うちでは何度もそう言って追い払っていたものね……。
あの茶会から、彼らに「あなたの顔が見たくて」と用もなくしょっちゅう押しかけられ続け、しまいには、「寝ても覚めてもあなたの顔が脳裏から離れない。あなたに恋をしてしまったようだ」と泣きながら詰め寄られて、鳥肌を立てていたから。
その件については、今もシュリオスのまわりを護衛している公爵家傘下の方々が、魔王体質と魅了について説明し、一応沈静化した。
魔王に魅了された者同士、貴公子たちも古参の彼らには一目置いていて、今のところ、シュリオスに良かれと思ったが故の暴走は食い止められている。……らしい。そう、ヴェステニアが今のシュリオスと同じお顔で語っていた。
シュリオスに関する情報は、一度ヴェステニアに上がってきて、判断して指示するのはシュリオスでも、事態の収拾の手配をするのはヴェステニアだから、仕事がドンと増えてしまったのだという。
もっとも、それは私もそうで、お友達を通して情報収集と事態の収拾のお手伝いに努めている。時には女性のほうが強いこともあるもの。女性は誰かの妻であり、恋人であり、子であり、姉妹であり、親でもあるから。
「セリナ、うちの兄がごめんなさいね」
「うちの弟もごめんなさい」
「うちの従兄弟も迷惑をかけているわね」
チェリス、シンディ、ティアナが、呆れているのを隠しもせずに言う。
「ううん、いいの。彼の良さをわかってくれる方が増えて、嬉しいわ」
こうしてみると、私が当初に目標を立てた、シュリオスの味方を増やす、は叶っているわね。思った形とは全然違っているけれど……。
ツーンと黙殺しているシュリオスの横で、お友達と会話に花を咲かせていると、ヴィルへミナ殿下の入場を知らせる声が響いた。
「申し訳ございません。御前を失礼いたします」
「殿下に挨拶に行ってまいります」
「お側を離れることをお許しください」
貴公子たちが口々に丁寧に挨拶するのに、シュリオスは右手の小さな一振りで許しを与え(少々、シッシッとやっているように見えなくもなかった)、彼らは殿下のもとへ馳せ参じていった。
遠くから、「膝をつかない! 立ったままでいいと言ったでしょう!? 私の手に唇を触れさせないで! それをしていいのはフレドリックだけよ!」と叱っているのが聞こえてくる。
躾は未だあんまりうまくいってないようね。先日、殿下が「どうにかして!」と泣きついてきたときには、「それができたら、私も現状に甘んじていない」と言い返していたし……。
殿下も今回の一件で、シュリオスの力に頼るのは懲りたみたい。これも、思わぬ好結果(?)だった。
国王陛下が現れて、お言葉を賜る。それが終わると、音楽が奏でられはじめられた。
シュリオスが私に向き直り、手を差し伸べてくる。
「セリナ、今宵も私と踊り明かしてもらえますか?」
「ええ、もちろんよ。喜んで!」
手を取られ、シャンデリアの輝くフロアに誘われる。
私はダンスの上手い魔王様に体を預け、夢見心地で踊りだした。
終




