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お前ら全員静かすぎる!  作者: ぷにこ
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第10話




 最初の集団を追い払ってからというもの、ゴブリンは全く出てこなくなった。


 運良く遭遇を回避出来ているというわけではない。さっきからチラホラと奴らの声が聞こえるし、慌てて走り去ってゆくような足音も聞こえる。俺達の運が良いというではなく、向こうが俺達との遭遇を避けているのだ。


「……」


「ふぁ」


 ヘレナはこれで良いのだろうかと言いたげな顔をして黙りこくってしまい、ロココはあくびしながらのんびり歩いている。


 かくいう俺も、もはや剣を抜くことすらやめてしまった。これではダンジョンというより、ちょっと不気味な迷路というほうが感覚的には近いかも知れない。なにせ、危険な要素が何一つないのだから。


「ロココ。水路に落ちないように気をつけてな」


「ん~……」


 眠そうだ。まあ、無理もない。延々と似たような景色が続く地下水路の探索は、何というかまあ退屈だ。ゴブリンたちはムーを恐れて姿を見せず、これといって何か目新しいものがあるわけでもなく。


 ただただ、皆で通路を歩き続けるというだけの時間がしばらく続く。


「(……平和だ)」


 あまりにも緊張感のないダンジョン探索。なんだか、思っていたものと違う。学校では、いかなるダンジョンにおいても死の危険があるから油断してはいけないと習ったものだが……。


「(危険度Eランクなんて、こんなもんか。まあ、危険がないならそれに越したことは――うん?)」


 ふと、何か柔らかいものを踏む。その瞬間、俺が踏みつけた「何か」が白い煙を吐き出した。



「――っ」



 甘ったるい匂い。途端に視界がぐわんと歪み、四肢がしびれる。驚いた拍子に思い切りそれを吸い込んでしまった俺は、すぐさまその場に倒れ込む。即効性の毒煙。ゴブリンが仕掛けた罠だ。


「っ、リヒトさ……けほ、けほ」


「ぅ……」


 

 ぼやけてゆく視界の中、倒れ込む二人。ムーはふらりと揺らめいて、水路に落ちた。








「……はあ」



 目を覚ますと俺は、手足をきつく縛られた状態で通路に寝そべっていた。



「くそっ、なんだこれ。……どこだ、ここ」


 体をひねって辺りを見渡す。どうやらここは、三本の水路から水が流れ込む巨大なドーム状の部屋。一時的に水を貯めておく場所だろうか。三本の水路に繋がる通路が部屋の外周に沿ってぐるりと一週しており、中央の水たまりは……かなり深そうだ。


 皆の姿はない。それぞれバラバラの場所に運ばれてしまったのだろう。


「(……やっちまったなあ)」


 ため息をつく。あれは、毒煙のトラップ。即効性の睡眠薬を仕込んだ設置型の罠だ。まさか、あんな初歩的なトラップに引っかかってしまうとは。


「(どうして油断しちまったんだ俺は)」


 自らの不甲斐なさに呆れるばかり。おかげでこのザマだ。武器もポーチも取られちゃいないが、これじゃあ剣を抜くこともできん。


 設置型の罠は、見つけるのは決して難しいものではない。しっかり足元に注意していれば気づくことが出来る。そういった罠を見つけるのは、スカウトの役目。つまり、斥候役を兼任している俺の役目だ。よりにもよってその俺が罠を踏んでしまうとは。


 これじゃパーティリーダー失格だ。皆になんて言って謝ればいい。


「……」


 自分への怒りと、皆への申し訳無さで押し潰されそうだ。


 

「(……皆、大丈夫かな。怪我とかしてないといいけど……)」



 そんなことを考えながら、ひとまずはこの縄をどうにかする方法を考えようとしたその時であった。


「!」


 背後でざばんと何かが音を立てる。ハッとして振り返るも、そこには何もいない。揺れる水面に白い泡だけが残っている。


「なんだ……?」


 何かいる。そういえば、どうして俺、こんなところに転がされてるんだ?見張りもなく、たった一人で。考えてみれば、おかしいじゃないか。ゴブリンは賢い。捕まえた獲物が逃げ出さないよう見張る程度の知能はあるはずだ。


「(まさか、ここは)」


 脳裏をよぎる嫌な予感は、すぐに確信へと変わった。


「っ」


 突如として大きく膨らんだ水面を突き破り、飛び出してくる巨体。大量の水と共に通路へ降り立ったそれは、何本もの触手状の脚を持つ豊満な女性。腹の側が白く、背の側が赤い紅白の肌を持つ巨大な魚人種であった。


「嘘だろ、おい……」


 思わずつぶやく。そうか。俺は、こいつへの捧げ物。エサというわけだ。


「ん~……?」


 魚人種の女性は俺を覗き込んでにっこり笑う。その優しい笑顔に、とりあえず愛想笑いを返してみる。しかし、伸ばされた触手が掴んだ瓦礫を軽く粉砕する様を横目に、思わず笑顔が引きつってしまう。頬を伝うそれは、顔に跳ねた水か、それとも冷や汗か。それすらも分からない。


「は、はは……」


「あは?」


 敵意の欠片もなさそうな、ふにゃっとした顔。軽く首を傾げて俺を見下ろすその様には愛嬌というものを感じるが、


「(……地下水路の赤い魚人種ってのは、こいつか。だけど、ムーとは体の作りが違う。こいつは多分、ムーの仲間じゃない。っていうか、でけえなおい!身長もそうだが……って、そんなこと考えてる場合かよ!?)」


 

「うふ」


「っ……ど、どうも」


 吸盤の並んだ触手に巻き取られ、まるで身動きが取れない。彼女がその気になれば、このまま俺を握りつぶすことも出来るだろう。抵抗も出来ない。ああ、短い冒険者人生だったな。なんて考えながら目を伏せると、しっとりとした柔らかいものが俺の体を包み込んだ。


「え」


 気がつけば俺は、あまりにも豊かなその胸に埋もれていた。否。抱きしめられていた。触手に巻かれ、大きな手に撫で回され、全身を柔らかいものに包まれながら、俺は女性と共に水の中へ――って、それはまずい!逃げ……るのは無理か。無理だな。あぁ、窒息死か。どうせ殺すなら一息にパクっとしてくれりゃあいいものを!


 と、全てを諦めかけたその時であった。



「っ」


 壁の亀裂の向こうから、迸る閃光。凄まじい衝撃と共に響き渡る爆音に、女性の脚が止まる。ガラガラと崩れ去る瓦礫の向こうから顔を出したのは、ロココとヘレナ。そして、いつになく怒った様子のムーであった。


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