322話 初めての手がかりと事件
「おぉ……」
リットが、感嘆なのか驚きなのか、よくわからない言葉をこぼした。
その腕には仔猫を抱いている。
視線の先に広がるのは城下町。
今日も活気にあふれていて、人々は笑顔を浮かべている。
ブリジット王女や、その他、たくさんの人の働きによるものだ。
誇らしく思う。
「リットちゃん、こっちだよ」
「うん」
「なにがいいか、どこに気をつければいいか、ボクがきっちり教えるっすよ」
「うん」
ブリジット王女とヒカリがリットを先導する。
リットは変わらず無表情の無感動。
ただ……
気のせいだろうか?
最近は、ほんの少しだけ感情が見えてきたような。
……気のせいかもしれないけどな。
「さて」
最後尾を歩く俺は、軽く周囲を見た。
鎧を脱いで、軽装姿の騎士達とアイコンタクトをして、異常なしを確認する。
彼らは密かにブリジット王女達を護衛する者だ。
お忍びの際は、こうして隠れて護衛に就いていることが多い。
俺も護衛に就いているが……
密かに守る、という役も必要だ。
見えない護衛。
故に、簡単な敵なら油断することが多い。
手強い相手だとしても、それを警戒して簡単に動かないことが多い。
どちらにしてもメリットは大きい。
もちろんデメリットもあるが……
それを押してでも出かけるべき、という判断になった。
「今のところ問題はないが……」
ブリジット王女達はリットを案内しつつ、街の人々に声をかけられて、笑顔で応えていた。
リットはよくわかっていないらしく、小首を傾げている。
一応、リットは変装している。
魔法で髪の色を変えて、メガネをかけて。
よく見ないとわからないくらいには変わったはず。
これで、多少なら城下町に出ても問題はないだろう。
「本当なら、このような無茶はしたくないが……仕方ないか」
……それは、昼ごはんを食べ終えて、少しした時のこと。
リットが執務室にやってきて……
『猫のおもちゃが欲しい』
と言ってきた。
驚きだ。
あのリットが自分から行動して、なにかを欲しいとおねだりをするなんて。
これが出かけた理由。
リットはいつも無表情で、能動的な行動を示すことは一切なかった。
いつも誰かに言われて動くだけ。
そんなリットが自分からものを言う。
なかなかに衝撃的なことだ。
もしかしたら、いい変化なのかもしれないし……
これをきっかけにして、リットの新しい情報を得られるかもしれない、という打算もあった。
「リットちゃんは、どんなおもちゃを買いたいの?」
「……わからない」
「そっか。なら、私達が教えてあげるね」
「いいの?」
「もちろん。私のことは、お姉ちゃんのように頼っていいよ」
「自分もっす!」
二人はリットと笑顔で会話をしている。
そこに打算は感じられない。
単純に相手と仲良くなりたいように見えた。
ブリジット王女は優しく。
そして、ヒカリは純粋だ。
そんな二人だからできることなのだろうな。
二人を誇らしく思う。
「……さて」
リットのことは二人に任せよう。
俺は、俺の仕事をする。
執事の仕事。
それは、主を支えることであり……
そして、主を守ることだ。
「さっそく網にかかったようだな」




