313話 保護します
「私は……誰?」
小首を傾げつつ、偽物が言う。
いや。
問いかけてきた。
「えっと……うーん」
さすがにこの展開は予想外だったらしく、ブリジット王女が困った顔に。
それもそうだ。
こちらが正体を知りたいというのに、問いかけられても困る。
「あなたは、自分が誰かわからないの?」
偽物がこくりと頷いた。
「それじゃあ……もしかして、どうしてここにいるのかもわからないの?」
「……うん」
「少し前……城にやってくる前のことも覚えていない?」
「……うん」
ブリジット王女がこちらを振り返る。
『記憶喪失かな?』と言いたい様子だ。
偽物を見る限り、嘘を吐いている様子はないが……
しかし、簡単に判断することはできない。
浮世離れしていて。
どこか違和感を覚えるため、今までの俺の経験、人物観察眼が通じるかわからない。
「可能性はあるかもしれませんが、簡単に信じることはできません」
「アルム君らしい意見だね。ヒカリちゃんは?」
「うーん……自分は、信じてもいいような気がするっす」
「その根拠は?」
「ないっす! 勘っす!」
笑顔で言うことか。
とはいえ……
元暗殺者のヒカリ。
人の悪意を見抜くことに関しては、誰よりも長けているだろう。
そのヒカリの勘ならば、わりと信用できるかもしれない。
「私のこと……知らない?」
偽物がさらに問いかけてきた。
仮に記憶喪失が本当のことだとして……
偽物は、自分のことを知りたいと思っているのだろうか?
本人に悪意はないかもしれない。
しかし、偽物を背後で操るものがいるかもしれない。
その者にとって、ブリジット王女の懐に偽物が入り込むことを望んでいるのかもしれない。
そうすることで、なにかしらの利益。
あるいは、思惑を達成することができるのかもしれない。
……かもしれない、という考えをしていたら話は先に進まないと、そのことは理解しているが。
しかし、問題が問題だけに考えを止めるわけにはいかない。
ブリジット王女の執事として。
ありとあらゆる可能性を考えて、ありとあらゆる危険を排除しなければならない。
そのためには……
「よし!」
あれこれと考えを巡らせていると、ブリジット王女の方が先に考えをまとめたらしく、なにかを決断した様子で言う。
ブリジット王女は、偽物の手を取る。
にっこりと笑い、言う。
「うちに来る?」
「「えっ」」
思わず驚きの声がこぼれてしまう。
ヒカリも同じく、だ。
「ブリジット王女、それはあまりにも……」
「でも、このまま放っておけないよ」
「危ないかもしれないっすよ?」
「その時は、アルム君とヒカリちゃんが守ってくれるんだよね?」
そう言われたら、なにも返すことができない。
「うまく言えないんだけど……この子を放っておくことができないの。妙な庇護欲をかきたてられるというか……もっとわかりやすく言うと、シロちゃんやパルフェを相手にしているみたい」
「妹のように思っている、と?」
「ちょっと違う感じなんだけど、それが一番近い表現かな」
「見た目が同じだから、そのように思っているだけで……」
「ううん、違うよ」
ブリジット王女は断言する。
「見た目は関係ないよ。この子は、シロちゃんとパルフェと似ているようなところがあって……ううん。というよりは、私そのものを見ているみたいで……なら、放っておけないでしょう? 私が私を見捨てるなんて、そんなことやりたくないかな」
敵国の間者かもしれない。
それでも、優しく接することができる。
……そうだな。
ブリジット王女はこういう人だ。
だからこそ、俺は生涯を捧げると決めた。
そのブリジット王女が決めたのなら、俺は、やるべきことをやるだけ。
「わかりました。ブリジット王女がそう言うのなら、反対はいたしません」
「ありがとう、アルム君」
「それに……ふらふらとそこらを歩き回られるよりは、ブリジット王女の元でしっかりと監視した方がいいでしょう」
「素直じゃない言い方だね」
「アニキはツンデレっすから」
いつの間にそういう認識に……?
「と、いうわけで……」
「?」
「今日から、あなたのお家はここだよ」
「……うん」
わかっているのか、わかっていないのか。
偽物は曖昧な感じで頷くのだった。




