308話 とりあえず脅してみよう
「よう」
王城の中庭。
そこに足を踏み入れたセラフィーは、ブリジットと対峙した。
正確に言うのならば、ブリジットと瓜二つの偽物だ。
セラフィーは礼儀作法なんて知らない。
生きるか死ぬかの世界で生きてきたため、仁義なんでものにも興味はない。
それでも、雇い主の顔くらいはさすがに覚えていた。
そんなセラフィーではあるが、目の前のブリジットが偽物であることは理解できた。
……匂いが違う。
本物のブリジットは花のようにいい匂いがした。
それと同時に、芯の強さを感じさせる武器の……鉄の匂いもした。
セラフィーは態度に出さないものの、わりと好ましく思っていた。
ただ、目の前のブリジットは違う。
なにも感じない。
なんの匂いもしない。
無味無臭だ。
どんな人間であれ匂いがする。
善人であれば、ブリジットのように花などの匂いが。
逆に悪人であれば血の匂いが。
しかし、目の前のブリジットはなんの匂いもしない。
まるで、今しがた生まれてきたかのよう。
「ちと面を貸してくれるか?」
「……」
「てめえと話をしたい、ってうちのボスが言っててな。あたしとしては、戦いがいのないヤツはどうでもいいんだが……ま、これでも雇われの身だ。たまには仕事をしないとな」
「……」
「おいおい、無視かよ? ったく、アルムの命令がなけりゃ、こんな人形みたいなヤツの相手はしたくねえが……ま、仕方ねーか」
セラフィーは獣のような笑みを浮かべつつ、背負っていた巨大なハルバードを構えた。
己の背丈ほどもあり。
刃は鉄を割るほどの威力を持つ、超重量級のハルバードだ。
「……」
恐ろしい武器を向けられているにもかかわらず、偽物は逃げようとしない。
表情も変えていない。
無表情のままだ。
セラフィーは武器だけではなく、殺気も向けていた。
子供なら、それだけで失神してしまうようなものだ。
それでも偽物は無反応だった。
なんてことのない日常を過ごしているかのように。
セラフィーをなにもない普通の人間と見ているかのように。
逃げようともせず、失神することもない。
さすがにこの反応は意外で……
そして、セラフィーはやや不機嫌になる。
まったくの無反応なので、自分の力が甘く見られているような気がしたのだ。
「ここまでしてもなんもねえなら……やるぜ?」
アルムからは、あくまでも捕獲が最優先。
自身の命。
あるいは、他者の命が脅かされない限り、相手を殺すことは許可しない。
……とされていたのだけど、セラフィーはもう覚えていない。
舐められたら殺す。
とても物騒な思考の持ち主だった。
「うらぁあああああっ!!!」
気合の叫び。
そして、突撃。
重装甲の軍用馬車が走っているかのよう。
ひかれたりしたら、体がバラバラになってしまうだろう。
止めようとしても止められるものではない。
アルムだとしても、それなりに苦労するだろう。
「……」
偽物は動かない。
セラフィーの突撃に対処できる自信があるのか。
それとも、なんとかなると楽観的なのか。
あるいは、なにも考えていないのか。
そして……
「なっ……!?」
セラフィーが驚愕の表情に。
セラフィーは迷うことなくハルバードによる一撃を繰り出した。
全力だ。
当たれば即死。
しかし……
偽物は消えていた。
セラフィーの攻撃で四散したわけではなくて、最初からいなかったかのように。
蜃気楼のように、忽然と消えていた。
セラフィーはハルバードを構えつつ、鋭く周囲を見回した。
気配を探る。
「……いねぇな」
偽物の気配は恐ろしく薄い。
が、見逃すほど抜けてはいない。
さきほどまで、確かにいたはずなのに……
今はどこにもいない。
「どういうことだ?」




