301話 指導はなかなか難しい
ドガァッ!!!
とある日の昼下がり。
騎士団に書類を届けた帰り道、突然、轟音が聞こえてきた。
周囲のメイド達は……
「あー、忙しい忙しい。嵐の後だから、庭が荒れてて大変だわ」
「えっと、今日のお買い物は……」
特に慌てていない。
ちらりと、音のした方に目を向けたものの……
それだけ。
すぐにいつもの日常に戻る。
それは理由があって、みんな、なにが起きたか理解しているのだろう。
俺も理解していた。
「今日も元気だな……」
たまには様子を見に行くか。
そう考えて、俺は、城内にある、騎士が使う訓練場に足を運んだ。
――――――――――
「オラオラオラァッ!!!」
「ふふーん、当たらないっすよ」
自分の背丈ほどもあるハルバードを手にしたセラフィーが、ヒカリを相手に戦っていた。
風を斬る音を響かせつつ、ハルバードを己の体の一部のように、自由自在に振り回す。
それでいて、軌道は鋭く、フェイントも織り交ぜられていた。
さすがというか……
久しぶりにセラフィーの戦いを見たものの、すさまじい。
戦闘技術だけならば、間違いなく、セラフィーは王国一だろう。
ただ……
「ちっ、ちょこまか逃げるんじゃねえ!」
「おやおやー? すぐに終わらせてやるとか言ってたっすけど、ぜんぜん終わってないっすよ。もしかして、手加減してくれてるっすか? ありがとうっす!」
「ブッコロス!」
ヒカリが煽り、セラフィーが怒る。
……ただの訓練だよな?
セラフィーが、かなり本気で殺気立っているのだが。
「ヒカリ、セラフィー」
「あ、アニキ!」
「よぅ、アルムじゃねえか」
放っておくとまずいような気がしたので、声をかけた。
二人は戦闘を止めて、こちらにやってくる。
「訓練か?」
「はいっす! この身の程知らずが、自分は最強だー、なんて小生意気なことを言っていたので、鍛え直してやろうと思っていたっす!」
「このちびが、あたしよりも強いとか寝言をほざくものだから、ちと身の程をわきまえさせてやろうってな」
「……」
「……」
「「やるか!?」」
「落ち着け」
この二人、息が合う時はぴたりと合うのだけど……
合わない時はとことん合わない。
ひとまず、ただのケンカはやめてほしい。
この二人がまともに戦うと、怪我では済まない可能性があるし……
あと、周囲にも被害が出るかもしれない。
「そうだ!」
名案を思いついたという感じで、ヒカリが顔を輝かせた。
「アニキ、稽古をつけてくださいっす!」
「稽古を?」
「はい! 久しぶりに、アニキに稽古をつけてほしいっす。最近、ちょっと体がなまっているような気がするので」
「おっ、それいいな。あたしともやろうぜ」
二人は乗り気のようだ。
俺としても、ヒカリとセラフィーが今以上に強くなるというのなら、それは歓迎すべき話だ。
それに……
先の件で、俺も、色々と実力不足を実感したからな。
ここらで一つ、しっかりと鍛えておいた方がいいかもしれない。
「わかった、やろうか」
「やったっす!」
「うし! じゃ、最初はあたしからな」
「あー、ずるいっす! 自分からっすよ!」
「いや。二人まとめて、同時にかかってこい」
俺は、その場で軽くステップを踏んで。
それから、手足を伸ばして体をほぐす。
「よし、いつでもこい」
「「……」」
なぜか二人の視線が厳しくなる。
「自分達二人を同時に、とか……」
「はっ。アルムも調子に乗ってるみてえだな。おい、やるぞ」
「はいっす! アニキの鼻、へし折ってやるっす!」
二人は闘志をみなぎらせていく。
やる気があるのはいいことだ。
「じゃあ、始めようか」
――――――――――
しばらくして……
「う、うううぅ……な、なんでまったく届かないっすか……」
「アルム、化け物すぎるだろ……」
立ち上がれない様子のヒカリとセラフィー。
一方の俺は、少し息が切れた程度。
でも、ダメだ。
これでは、まだまだ……姉さんには届かない。
もっともっと強くならないと。
「よし。ヒカリ、セラフィー。続きをやろうか」
「「ひぃ!?」」
「まだ時間はある。たっぷりと鍛錬を積み重ねていこう」
「い、いや。自分はその、もういいかなー、なんて」
「あ、あたしもそろそろ休憩を……」
「そのようなことでは強くなれない。さあ、やるぞ」
「「鬼だあああああぁ!?」」
訓練場に二人の悲鳴が響いて、それは城全体に聞こえるほどの声量だったとかなんとか。




