300話 フリーダム王女様
「やあやあやあ。こんなところで奇遇だね、執事君」
やはりというか。
たどり着いた場所は、パルフェ王女の研究室だった。
今は、なにか野外で作業をしているらしい。
研究室の裏手にある畑に、なにかしらの種を蒔いて、水をやっていた。
花を育てている?
……違うか。
口には出せないが、パルフェ王女が花を育てるというのは、なかなかに想像できない。
たぶん、実験に必要なものを栽培しているか。
あるいは、この栽培そのものが実験なのか。
……あまり気にしない方がいいな。
パルフェ王女の研究にあまり踏み込みすぎると、なかなか大変なことになる。
経験則だ。
「こいつに連れてこられたのですが、なにか私に用でしょうか?」
「そんな警戒した目をしないでくれよ」
「アカネイア同盟国に行った時は、色々と苦労をさせられましたので」
「おっと、そんなことを言っちゃうわけ? ボクはショックだよ、よよよ……」
「今時、ものすごくわざとらしい泣き真似ですね」
やれやれとため息。
パルフェ王女は、とことん人のことを振り回してくるのだけど……
とはいえ、なかなか憎めないところがある。
それが彼女の人柄であり、魅力なのだろう。
「ちょっと、お茶でもしていかない?」
――――――――――
驚くべきことに、パルフェ王女の研究室は、以前と比べると綺麗になっていた。
まだ、物はあちらこちらに散らばっているのだけど……
足の踏み場はあり、生活スペースも確保されていて、以前とは大違いだ。
驚きの視線を向けると、パルフェ王女は苦笑する。
「まあ、ボクもやる時はやるのさ。何度も何度も、執事君や他のメイド達に迷惑をかけられないからね」
「立派です」
「なんか、親のような顔をしているね……? 子供がおかたづけできて偉い、みたいな」
「気のせいでしょう」
適当にごまかしておいた。
それから、パルフェ王女が紅茶を淹れてくれて。
意外な美味しさを味わいつつ、のんびりとした時間が流れる。
「……平和ですね」
ついつい、そんな言葉がこぼれてしまう。
それを聞いて、パルフェ王女がニッコリと笑う。
「だね。ボクも、色々とがんばったかいがあったものさ」
「お手数をかけてしまい、恐縮です」
「いいさ。あれはあれで、貴重な体験ができたからね。今後の研究に活かせるんじゃないかな? それに、この子もついてきてくれたし」
「オンッ」
フェンリルはパルフェ王女の足元で丸くなり、小さく鳴いた。
最初はどうなることかと思ったが……
今では、すっかりパルフェ王女に懐いているようだ。
きっかけは俺。
でも、色々な経験を経て、パルフェ王女を真の主と認めたのだろう。
それだけの力のある、聡明な王女だと思う。
「ところで、執事君」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっと解剖されてもらってもいいかな?」
「ごほっ」
あまりにもさらりと、何事もないように言うものだから、ついつい紅茶を吹き出してしまった。
くっ……
執事たるもの、いついかなる時も冷静であらねばならないというのに。
俺もまだまだ未熟だな。
「どうして、そのような発想に至るんですか?」
「いやー。執事君と一緒にあれこれして、改めてキミは普通じゃないなー、って。その秘密を解き明かしたいと思うのは、実に普通のことだろう?」
「ぜんぜん普通ではありません」
「頼むよー。ね、お願い?」
「ダメです」
「引き受けてくれたら、えっちなことしてあげるから」
「お断りします」
「ボクでダメなら、姉さんの着替えを覗かせてあげるから」
「……ダメですよ」
「今、ちょっと考えた?」
「気のせいです」
本当になにも考えていない。
本当だ。
「ちぇ、ダメかー」
「実験に協力するならともかく、解剖はさすがに……」
「……言ったね?」
「え」
「実験に協力するならよし……確かに聞いたよ」
……しまった。
これは、ハメられたか……?
「というわけで、さっそく実験をしようか!」
「……はぁ、わかりました。今日は、とことん付き合いましょう」
「やったぜ!」
災難な日になるかもしれないが……
ただ、無邪気に喜ぶパルフェ王女を見ていたら、これはこれでいいか、と思うのだった。




