296話 寂しかった
盛大に見送られつつ、アカネイア同盟国を後にして。
それなりの旅路を経て、フラウハイム王国に帰還した。
王国に戻ってきた。
さあ休むぞ!
……なんていうわけにはいかず。
報告書。
それから報告書。
さらに報告書。
書類と向き合う時間が続いて、アカネイア同盟国にいた頃よりも忙しい時間が続く。
それも仕方ない。
滅びたはずの帝国。
しかし、その残党は今も生き延びていて……
それだけではなくて、国を脅かすほどの力を手に入れていた。
共有しなければいけない情報はたくさんある。
ただ……
姉の。
エリンのことについては、報告書に記載することができなかった。
なにもかもが曖昧で。
もしかしたら、幻かもしれないと思うほどに実感がなくて。
それでいて、なにから触れていいかまったくわからない。
もう少し情報が集まったら。
そう言い訳をして、報告は後回しにしてしまう。
まあ……
メイドが一人いました、という報告をしても、だからどうした? という反応になるだろうが。
あるいは、俺の姉がいました、と報告すればいいのだろうか?
どうも、俺は普通ではないらしく……
そんな俺の姉となれば、皆、強く受け止めてもらえるかもしれない。
とはいえ、姉さんが敵なのか、未だよくわからないところがあり……
「……本当、頭が痛い」
悩みを広げつつ、しかし思考は切り捨てて、ひたすらに事務作業に徹した。
――――――――――
「……」
あらかた報告作業を終えた俺は、ブリジット王女の執務室の前に立つ。
いつものように扉をノックしようとして……
しかし、途中で手が止まってしまう。
なぜかためらいを覚えてしまう。
俺は今、いつも通りでいられるだろうか?
姉さんのことで心を乱されていないだろうか?
それらが表情に出ていないだろうか?
そのようなところを見せれば、ブリジット王女を心配させてしまうかもしれない。
恋人であろうと、なかろうと。
ブリジット王女は、必ず心配をしてしまう。
そのような人なのだ。
今回の件で、ブリジット王女も後処理に追われているはず。
そこに、余計な心配をかけるわけには……
「アルム君?」
「っ!? ぶ、ブリジット王女……?」
迷っていると、いきなり扉が開いて、ブリジット王女が顔を見せた。
音も気配も絶っていたはずなのだけど……
「やっぱりアルム君だ」
「どうして、私のことが……?」
「えっと、んー……なんとなく?」
「な、なんとなく……?」
「私もよくわからないんだけどね。なんか、アルム君が近くにいるような気がして。それでちょっと様子を見てみたら、本当にアルム君がいたんだ。これって、すごいことだよね。私達、通じ合っているのかも……えへへ♪」
ブリジット王女は、とても嬉しそうに言う。
「ささ、アルム君、どうぞ」
「……失礼します」
ここまで来てさようなら、なんていうわけにはいかないので、ブリジット王女の執務室に入る。
そして、パタンと扉が閉じて……
「……っ……」
ブリジット王女に抱きしめられてしまう。
「ブリジット王女……?」
「……いらない」
「え?」
「今は、王女はいらないから……名前で呼んで?」
「し、しかし……」
「今は二人だけ。公式の場でもない。そして、私達は恋人……オッケー?」
「……わかったよ、ブリジット」
苦笑して、俺も、ブリジットを抱きしめた。
……俺だけじゃなくて。
案外、ブリジットも寂しかったのかもしれないな。
それが、こうして直に会うことができて。
今までの寂しさが爆発して、ついつい甘えてしまう。
そんな感じだろうか?
ブリジットのことが愛しくて。
その想いを伝えるように、強く抱きしめた。




