285話 最強の……
部下に剣を突きつけられる。
明らかな異常事態であるにも関わらず、ベルカは落ち着いていた。
こうなることは想定内、と言わんばかりの態度だ。
「あなたは甘い。やり方がとてもぬるい。このままでは、我らは、志半ばで倒れてしまうでしょう。そのような結末を認めるわけにはいきません」
「そのために、私を倒す……と?」
「必要があれば」
ゴラムは指を口に当てて、口笛を吹いた。
その音に反応して、外で見張りをしていた兵士が部屋の中にやってくる。
そして、ゴラムと同じように、ベルカに剣を向けた。
「……根回しは済んでいるようだな」
「あなたの甘いやり方に疑問を持つ者は多いのです」
「その口ぶりだと、全てが離反したわけではないようだな?」
「……っ……」
失言を悟り、ゴラムは苦い表情に。
しかし、それは一瞬。
すぐに余裕を取り戻して、仲間と一緒にベルカに近づいていく。
「あなたは、ここで退いてもらいましょうか。なに、命までとろうとは思いません。作戦が成功した後は、再び同志として戦いましょう」
「適当なところに監禁するつもりか?」
「死にたくはないでしょう? あなたは歴戦の将軍ではあるが、しかし、老いに抗えるものではない。俺と、歴戦の兵士達。同時に相手にして、生き延びることができるとでも? どうか、懸命な判断を」
「……そうだな。お前の言う通りだ。私は老いて、以前のような力を持たない。私だけでは、この状況を覆すことはできないだろう」
「懸命な判断です」
ゴラムはにやりと笑い。
ただ、ベルカはあくまでも落ち着いていた。
この程度、なんのピンチでもない。
そう言うかのように、堂々とした態度を貫いていた。
「おとなしく従うと、そう言った覚えはないが?」
「……なんですって?」
ゴラムは怪訝そうな表情に。
「では、死を覚悟で一矢報いると?」
「それは違う」
「……将軍の考えていることがわかりませんね。この状況を覆すことはできないと、あなたも認めたではありませんか」
「覆すことはできないだろうな……私には」
その言葉が合図だったのだろう。
影が放たれた。
それは音のように速く。
風のようにしなやかに動くことができる。
「え?」
影は、一人の兵士の背後に回り込んでいた。
一瞬。
あまりにも速いため、その動きを捉えることはできない。
兵士もなにが起きたかわからない様子だった。
その首に刃が走り。
血が吹き出して、倒れた。
「てっ……」
敵だ。
ゴラムはそう叫び、部下に警告を発しようとした。
しかし、それよりも先に影が動いた。
風よりも速く。
あるいは、音よりも速く。
反旗を翻そうとした兵士達の命を瞬時に刈り取っていく。
抵抗は不可能。
そもそも自身の命が失われていくことすら自覚できない。
「い、いったい、なにが……?」
「お前が切り札を持つように、私も切り札を持つ……それだけの話だ」




