277話 ちょっと寂しいかな
フェンリルのテイムには成功したものの、言うことを聞いてくれるようになっただけ。
潜入のための技術は持ち合わせていないため、それは、パルフェ王女が調教することに。
フェンリルは俺を主とした。
そして、パルフェ王女は、一時的にではあるが、今の俺が仕えるべき相手。
フェンリルはそれを理解しているらしく、パルフェ王女に対しても、とても従順だった。
素直に言うことを聞いて、調教メニューに従い、訓練に励んでいる。
これなら、きっと、潜入のための技術を身に着けてくれるだろう。
その間、俺やリセ、フェリス様などで、敵に関する情報をできる限り集めていく。
敵の人数、規模、武装。
行動パターンの分析や、思想の分析。
いざという時の切り札も用意して……
短い時間ではあるが、できる限りの準備をした。
……そして。
作戦決行が明日に迫る。
「……ふぅ」
作戦決行前日の夜。
最後の打ち合わせを終えて、俺は、あてがわれた客室へ戻った。
疲労が溜まっている。
できれば、このままベッドに倒れ込んで寝てしまいたいところだ。
とはいえ、それは執事らしくない。
だらしのない姿を見せれば、主の評価も落としてしまうだろう。
しっかりしなければ。
綺麗に執事服を脱いで、ラフな服装に。
いつも仕事で使う道具なども整理して、手入れをしておいた。
そして……
「……ブリジット王女?」
とある腕輪を身に着けて、それに向けて声をかけた。
腕輪が淡く光り……
『……アルム君?』
ブリジット王女の声が聞こえてきた。
これは、シロ王女が開発してくれた魔道具だ。
時間は短いものの、長距離の通信が可能という、とても優れたものだ。
改めて思うのだけど、シロ王女は天才だな。
このような魔道具を開発するなんて、普通はできない。
歴史に名を刻まれている偉人でも無理だろう。
『なんか、不思議な気分だね。アルム君は、ずっと遠いところにいるのに、でも、こうしてお話をすることができる』
「そうですね。なかなか得がたい体験かと」
『今度、シロちゃんにお礼をしないと。アルム君のことも……うーん、認めてあげた方がいいのかな? アルム君は、どう思う? シロちゃんのこと、好き?』
「……ものすごくコメントに困るのですが」
『ふふ、ごめんね。アルム君は、まだ気持ちの整理がついていないよね。まあ、私もそうだけど……このことは、また今度、話そうか』
「はい。それよりも今は、他の話をしたいです」
『どんな話?』
「なんてことのない、他愛のない話を」
そうすることで、日常の大切さを感じることができる。
血なまぐさい戦場の空気に囚われることなく、心を今のまま……俺が俺のまま、その存在を保つことができる。
深く感謝しなければいけない。
俺は、この恩を返せるだろうか?
ブリジット王女の執事として、主のために尽くすことを……
『アルム君? なーんか、変なことを考えていない?』
「え?」
『なんていうか、ちょっと堅苦しい感じがしたかな?』
ドキリとしてしまう。
ブリジット王女は、特殊な能力でも持っているのだろうか?
「それは……」
『今は、公式の場っていうわけじゃないし、そもそも私達だけなんだから……もっと、こう、楽にしてほしいかな』
「……そうですね」
『敬語』
「これは、なかなか……」
二人の時は、と思うのだけど……
意識して直そうとしているのだけど、うまくいかない。
うまくいく時もあったのだけど、あれは、特別だったということか?
『まあ、おいおいね。それよりも、色々とお話がしたいな』
「はい、喜んで」
ブリジット王女と他愛のない話を重ねていく。
今日の天気。
食べたもの。
落ち着いた時間になにをして過ごしたか。
本当に、なんてことのない会話をする。
でも、それが幸せなんだろうな。
ブリジット王女と話をしていると、そう思えた。
『ねえ、アルム君』
「はい」
『実のところ……ちょっと寂しいかも』
いくらか話をして……
それから、ブリジット王女がぽつりとこぼす。
『不思議だね。ずっと離れているわけじゃないのに、もう、何年も会っていないみたい。それくらい……寂しいかも』
「今までずっと一緒だったので、そのせいかもしれませんね」
『……アルム君は、帰ってきたら、私をたくさん甘やかすこと。いい?』
「それはご命令ですか?」
『半分は』
「残り半分は?」
『……恋人としてのお願い』
断るわけにはいかない。
「はい、わかりました」
『じゃあ、今日は、もう少しだけ……』
静かで穏やかな時間。
願わくば、こんな時間がいつまでも続きますように。
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ざまぁ×拳×無双系です。よろしければぜひ!




