266話 かつての故郷への旅路
カラカラと馬車の車輪が鳴る音が響く。
わずかに伝わってくる振動。
ただ、それは不快に思うようなものではなくて、むしろ、一定のリズムを刻んでいるせいか眠気を誘うもの。
王族が使用する馬車なので、乗り心地は最高だ。
窓の外を見ると、ゆっくりと景色が流れていく。
それと、並走する馬に乗った騎士達が見えた。
ここからでは見えないが、前後に二台ずつ。
計四台の馬車が、俺達の乗る馬車を挟むようにして走っている。
そちらは旅に必要な備品が積まれていたり、アカネイア同盟国に送る贈呈品などが収められている。
「ひとまず、初日は順調ですね」
アカネイア同盟国への旅路は馬車を使い、十日ほどが予想されている。
往復で二十日。
向こうに何日滞在するか、それは事件の進展具合によるが……
同じく十日と見れば、一ヶ月ほどの長旅となる。
その初日。
なにも起きず、旅が順調に進んでほしいと願っていたのだけど……
天がそれを聞き届けたのか、今のところ、なにも問題は起きていない。
非常に順調に進んでいた。
ただ……
「おー、彼らも、騎士のようにちゃんと並走しているね? ふむふむ……調教は問題なく進んでいる、と。これなら、研究を次の段階に進めてもいいかな?」
パルフェ王女が外を見つつ、そんなことを言う。
その視線の先に、馬に乗る騎士と少し離れて、狼に似た魔物の群れが走っていた。
しかし、襲いかかってくることはない。
むしろ、俺達を守るように陣を組んでいて、周囲を警戒してくれている。
パルフェ王女が飼育する魔物だ。
こうして言うことを聞いて、俺達のことを守ってくれるほどに調教されているらしいのだけど……
「……パルフェ王女もご一緒なのですね」
「まーねー。事件の解決に、ボクの天才的な頭脳が求められた、っていうわけさ。ふふん♪」
「違うでしょ」
ブリジット王女は、どこか疲れた様子で言う。
「消えた兵器が気になる気になるって、強引についてきたんじゃない……もうっ」
なるほど。
パルフェ王女らしい理由だ。
「まあまあ。それが本音ではあるけど、事件に関しては、真面目に手伝うぜい?」
「当たり前だよ。そうしてくれないと、連れてきた意味がないもの」
「ゆっくりしてていいよ、とか可愛い妹を気にかけて?」
「しっかりキビキビ働いてね♪」
「姉さんは厳しいなあ」
二人のやりとりを見て、なんだか微笑ましくなる。
ブリジット王女は、土壇場でパルフェ王女が同行することに難色を示していたのだけど……
なんだかんだ頼りにしているのだと思う。
その証拠に、わりとリラックスした様子だ。
心を許せる同性の相手がいれば、色々と違うのだろう。
この辺りは、俺ではどうにもならないところなので、少し悔しい。
「国に戻ったら、シロちゃんのご機嫌を取るのに協力してね? パルフェだけずるい、って拗ねていたから」
「そう言うのなら、シロも連れて行ってあげたらよかったのでは?」
「ダメよ。さすがに、王女三人、全員が国を空けるわけにはいかないもの。本当なら、パルフェも国に残ってほしかったんだけど……」
「うーん……言いたいことはわかるけど、ボクが国に残っても、できることは大してないぜ? 好きなことは得意だけど、興味のないものは苦手。外交とかは、その苦手のど真ん中に入るからねー」
「他人事みたいに言わないで! もうっ」
ブリジット王女は、今日、何度目になるかわからないため息をこぼした。
旅は順調だけど、心労は積み重なっているらしい。
「執事君は、ボクが一緒で嬉しいだろう?」
「……ソウデスネ」
「ほら。姉さん、彼もこう言っているぜ?」
「言わされているんでしょう……アルム君の立場なら、否定できないじゃない」
俺も疲れてきたな……
とはいえ、気を抜くなんてことはしない。
こうして馬車に揺られている間も、周囲の気配を探り続けている。
今のところ、魔物も盗賊も、どちらの気配もない。
危険が迫る感じもしない。
本当に旅は順調だ。
残りの九日ほど……それらも全て順調であればいいのだけど、果たしてどうなるか。
「……」
障害が現れるにしても。
このまま順調に進むにしても。
どちらにしても、しばらくすれば同盟国に到着する。
……かつての帝国に再び足を踏み入れる。
その時、俺はどんな顔をしているのだろう?
どんな想いを胸に抱くことになるのだろう?
その答えは、まだわからない。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
『「パパうざい」と追放された聖騎士、辺境で新しい娘とのんびり暮らしたい』
https://book1.adouzi.eu.org/n7980kj/
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