246話 務めを果たすだけ
「これは……」
武器と鎧と盾。
完全武装した兵士が数十人。
小屋の中と外、同時に展開されていた。
彼らに囲まれるようにして、エルトシャン王子は笑みを浮かべている。
「鎧の紋章を見ればわかると思うけど、彼らは、僕の国の兵士だよ。正規軍だ。こんなこともあろうかと、周囲に潜ませておいてね。さきほどの合図で、こうして包囲網を敷いてもらった、というわけだ」
「……正規軍を動かしているのか?」
そうなると、エルトシャン王子、個人の暴走というわけにはいかない。
ヘイムダル法国の王が関わっているか、そこは不明だが……
少なくも、高い地位にいる者が複数、関わっていることは確定だろう。
「ヘイムダル法国は、本気でフラウハイム王国に戦争を仕掛けるつもりか?」
「まさか。戦争なんて、僕の国は望んでいないさ。ただ……」
エルトシャン王子は、ニヤリと、粘つくような目でシロ王女を見た。
シロ王女は顔を青くして震えて、俺の後ろに隠れる。
「シロ王女の開発した新型魔石は魅力的みたいでね。他の連中は、どうしてもそれを手に入れたいみたいだ。戦争は仕掛けないけれど……まあ、それに近い、ギリギリのところまでなら許容する、っていう感じかな?」
「……なるほど」
以前は、帝国ばかりに気をとられていたが……
他にも厄介な国がたくさんあるようだ。
「僕個人としても、ヘイムダル法国としても、シロ王女を逃がすわけにはいかないんだよ。ここまでしたんだ、開戦する覚悟も準備もしていた。わかるかな? 」
「わかりたくないな」
「まったく、強情だねえ、キミは。先も言ったと思うけど、この場合、非があるのはキミの方だ。勝手に我が国に侵入して、王子である僕を相手に狼藉を働く……開戦のきっかけになるかもしれないね?」
「かもしれないな」
「……あっさりと認めるんだね? なら、どうして……」
「俺は、俺の務めを果たすだけ」
俺はブリジット王女の専属ではあるものの……
シロ王女の専属でもある。
なればこそ、この状況を放置するわけにはいかない。
一番に考えるのは主のこと。
その他は、ゴルドフィア王に任せればいい。
「務め、ねぇ……くだらないプライドと誇りのために死ぬつもりかい?」
「バカにするな」
エルトシャン王子を睨みつけると、彼はびくりと震えた。
今の俺は、相当に険しい表情をしているみたいだ。
「俺は執事だ。なればこそ、主のために全てを捧げる。我が身可愛さに主を捨てるなんてことは、絶対にありえない」
「……お兄ちゃん……」
「我が身は主のために……そして、今の俺の主はシロ王女だ」
絶対に覆ることのない決意を語ると、エルトシャン王子は不快そうに舌打ちする。
「くだらない戯言をつらつらと……もういい。やれ」
エルトシャン王子の合図で、兵士達が一斉に動いた。
剣、槍、斧、弓……
ありとあらゆる武器を手に押し寄せてくる。
それは、まるで津波のよう。
抗うことは許されず、なにもできず飲み込まれてしまうだけ。
……ただ。
「はぁっ!!!」
諦めるつもりなんてない。
退くつもりは一歩もない。
これは、ただの強がりではなくて……
俺の決意と意思だ。
最初に突撃してきた兵士の攻撃を避けると同時に、足を払う。
体勢を崩したのなら、それで十分。
下手に追撃はしないで、二人目の突撃を回避した。
三人目、四人目の同時攻撃を捌きつつ、五人目の頭部をカウンターで叩く。
それから、六人目から十人目までを、まとめて魔法で吹き飛ばして……
「さあ、来い」
数の差?
法国の領内?
それがどうした。
そんな『細かい』ことはどうでもいい。
先に言った通り、俺は執事だ。
故に、主を守る……ただそれだけだ。




