236話 今後の行く末は?
「ありがとうございました」
数日後。
謁見の間。
ブリジット王女とパルフェ王女は、この数日の滞在に対して、優雅に頭を下げてみせた。
「会談に応じていただけるだけではなくて、街を見ることも許していただけるとは」
「我が国はどうだっただろう? 僕が言うのもなんだが、とても優れた国だとは思わないかい?」
「はい、とても。今度は、仕事を抜きにして来れれば、と思っています」
「ああ。その時は歓迎しようではないか」
「ありがとうございます。では、私達はこれで……」
「うむ。おい、王女達がお帰りだ。丁重にな」
最後の軽い挨拶を終えて、俺達はヘイムダル法国を後にした。
エルトシャン王子は理知的で、友好的で……
国を出る時も、途中まで護衛をつけてくれるほど。
「うーん……」
馬車の中。
ブリジット王女は、悩ましそうに唸る。
「エルトシャン王子のことですか?」
「アルム君は、なんでもわかっちゃうんだね」
「今のは、姉さんがわかりやすかっただけかな」
「むぅ」
ブリジット王女は、子供のように頬を膨らませた。
「……でも、アルム君にわかっちゃうのは、ちょっと嬉しいかな。でもでも、ちょっと恥ずかしいかも」
「ブリジット王女のことなら、なんでも」
「ふふ、アルム君ったら」
「……ボクがいること、瞬時に忘れないでくれるかな?」
「「……」」
ブリジット王女と二人、顔を赤くするしかない。
「こほん。まあ、おふざけはここまでにして……」
「姉さんはわりと本気だったよね?」
「と、とにかく。二人の忌憚のない意見を聞かせてほしいな。ヘイムダル法国のこと。そして、エルトシャン王子のこと……どう思った?」
ブリジット王女は、まずはパルフェ王女を見た。
うーん、という迷いの後、一つ一つ確認するように言う。
「ヘイムダルに関しては、そこまで警戒する必要はないかな? 平和な国。それは視察で感じることができた。戦争を望んでいるわけでもないし、これから戦争に挑もうという覚悟や悲壮感も感じられない。国として、まだ戦争をしかける段階に入っていないと思うね」
「ふんふん、なるほど」
「ただ……エルトシャン王子は、うーん……」
パルフェ王女は首を傾げる。
傾げて、傾げて、傾げて……
「なんとも言えないかも」
「それは?」
「良い人に見える。でも、悪い人にも見える。なんていうか、いくつもの仮面を被っているみたいで、素顔が見えてこなかったのさ。ボクは、そこまで外交に長けているわけじゃないから、そういう曖昧な感想になるけど……なんかなー、とは思ったね」
「そっか……アルム君は」
「概ね、パルフェ王女と同じ意見ですね」
ヘイムダル法国は平和だ。
これから戦争をしようという、ピリピリとした雰囲気を欠片も感じられない。
そうなると、俺達の勘違いか……
あるいは、上が密かに、勝手に押し進めている。
多少の勘が交じるものの、後者が正しいと思う。
「戦争そのものをしかけてくることは、おそらくないかと。フラウハイムの国力が増していることは、ヘイムダルも承知でしょう。また、サンライズ王国とも同盟を結んでいます。ヘイムダルならば、このニ国を相手に勝利することも可能ですが……ただ、身勝手な戦争をしかけた場合は他国からの非難は免れず、また、戦時後に衰えたところを狙われて、結果、滅びてしまうということもありえます。そこはきちんと理解しているでしょうし、そこまでの愚も犯さないでしょう」
「なるほど……ね」
「ただ、部分的な戦いをしかけてくる可能性はあります」
「……リシテアのような?」
「はい」
俺とブリジット王女の間に共通する認識……リシテアを思い浮かべた。
彼女は、帝国の皇女という立場故に絶大な権力を有していた。
そして、己の欲望を優先させて身勝手な行動を繰り返して、戦争とまではいかないものの、小さな争いの種を振りまいていた。
今回も似たようなケースになるかもしれない、と俺は危惧する。
「その火蓋を切るとしたら……エルトシャン王子でしょう」
「そうかな? 彼は、食えなさそうであったものの、理知的に感じたよ?」
理知的というパルフェ王女の意見は正しい。
ただ……
時に、人は欲望が理性を上回る。
「エルトシャン王子はとても理知的に感じましたが、しかし、同時に同じくらい大きな欲を抱えているように見えました」
俺は執事なので、直接、言葉を交わすことはできなかった。
それでも、彼の内にある黒い太陽……果てない欲望を感じるとることができた。
これは俺が、長い間、リシテアと接していたから感じることができたのだろう。
そう。
エルトシャン王子は、どこかリシテアに似ているのだ。
「根拠はなく、直感になってしまいますが……エルトシャン王子は、リシテアのような危うさを感じました」
「リシテアの……」
「シロ王女の事件……ヘイムダル法国ではなくて、エルトシャン王子が元凶なのかもしれません」




