226話 法国の王子
「……で、成果は?」
とある場所。
とある部屋。
そこに若い男の姿があった。
背は高く、引き締まった体。
陽に焼けている肌。
芸術品のような顔立ちをしているものの、そこに浮かぶ表情は悪感情が混じっている。
「はっ、それが、その……」
「早く。ほら。成果を教えてくれよ。僕も万能じゃないんだからさ、遠く離れた国のことなんて、わかりようがないじゃないか」
「はっ……」
「で……どうなったわけ?」
「……失敗です」
「へぇ」
男の目が細く、鋭くなる。
対する部下らしき男は、だらだらと汗を流した。
「どのように失敗したのかな? 後学のために教えてくれるかい? ああ、そうそう。どのような作戦を立案したか、それも」
「は、はい。実は……」
「……」
男は、部下の報告を黙って聞いていた。
ただ、話を聞くうちに表情が歪んでいく。
最初は呆れ。
それは、やがて怒りに変わる。
「……精鋭を送り込んだはずなのですが、あのシャドウが王国にいまして。それだけではなくて、観察を行っていた者達は、全て執事にその存在を見抜かれてしまい撤退せざるをえない状況に」
「もういい」
「え? し、しかし……」
「もういい、って言っているんだよ」
はぁあああ、と男は盛大なため息をこぼす。
それから、無造作に近くに置かれていたグラスを投げつけた。
グラスは部下の頭を直撃して、砕ける。
「……っ……」
部下はわずかに震えるものの、悲鳴をあげることは耐えた。
もしもそのようなことをしたら、さらなる苛烈な罰を受けると知っているからだ。
「あの伝説の暗殺者が王国にいる? それだけでもばかな話なのに、暗部の精鋭が執事に気づかれた? ふざけた話だね」
「……」
反論はしない。
すれば、やはりその瞬間、再び物が飛んでくるだろう。
「言い訳にしては、お粗末すぎやしないかい?」
「……」
「いや、待てよ? 自分で言っておいてなんだけど、お粗末すぎるね。入隊したばかりの新兵でも、もう少しまともな言い訳を思いつくことができるっていうものさ」
考えるような間。
ややあって、男は部下を睨みつけた。
「その報告、本当なんだろうね?」
「はっ」
「……わかったよ。今回は、それを信じることにしようじゃないか」
「ありがとうございます」
「ただ……報告は理解したものの、失敗に納得しているわけじゃない」
「……はい」
「とはいえ、僕は寛大だ。もう一度、チャンスをあげよう。今度こそ、フラウハイム王国の第三王女……シロ・スタイン・フラウハイムを連れてこい。ただし、傷一つつけるなよ? 彼女は宝だ。僕以外が触れることは許されない、神の作り出した芸術品……その辺りを理解しておいてくれ」
「か、かしこまりました」
「それじゃあ、さっさと行動に移ってもらおうか。次、彼女が一緒にいることを願うよ? キミの命のためにもね」
部下は青い顔をしつつ、それでもなんとか一礼して、部屋を後にした。
残された男は、残っていたグラスに酒を注ぎ、喉を潤す。
「まったく、使えない部下が多いと困るね。国力だけじゃなくて、人材育成もがんばるべきだったかな?」
酒をもう一口。
度数の強い酒のため、すぐに酔いは回ってきた。
ただ、潰れるほど弱いわけではない。
いい気分になりつつ、男は部屋の反対側を見る。
「あぁ……」
そこに飾られていたものは、シロの肖像画だった。
どのようにして手に入れたのか?
そこは不明であるが、男は陶酔めいた表情で肖像画に歩み寄り、そっと触れる。
宝物を慈しむかのようではあるが、しかし、その手つきは邪なものでもある。
「もう我慢するのはやめだ。欲しいものは必ず手に入れてみせる……キミは、必ず僕のものにしてみせるよ。愛しいシロ王女……」




