182話 チキン
「アルム君、ヒカリちゃん、私だけど……」
「ブリジット王女? どうぞ」
驚きつつ、扉を開いた。
ブリジット王女は、寝間着にナイトガウンを羽織っていた。
ついでにナイトキャップも。
可愛い、と思ってしまうのは不敬だろうか?
「こんな時間にごめんね? ちょっと二人と話がしたくて……今、大丈夫かな?」
「はい、俺は問題ありません」
「自分も大丈夫っす」
「ありがとう。じゃあ、お邪魔します」
「少しお待ちを」
客室には紅茶セットが置かれていた。
それを使い、三人分の紅茶を淹れる。
「どうぞ」
「ありがとう、アルム君」
ブリジット王女はティーカップに口をつけた。
「ん……やっぱり、アルム君が淹れてくれた紅茶は美味しいね」
「ありがとうございます」
「……」
「……」
沈黙が訪れる。
ブリジット王女は、なにか話があったと思うのだけど……
ただ、話しづらいことなのか、なかなか口を開いてくれない。
一方で俺も、話を聞くのが怖くて、尋ねることができない。
「私、ジーク王子とのお見合い、前向きに進めていこうと思うの」
……なんてことを言われたらどうしよう?
心臓がばくばくする。
そのまま爆発してしまいそうだ。
くっ……情けない。
執事として、ありとあらゆる教育を受けてきたというのに、その全てが、今、まるで役に立たない。
どうすればいいか、まったくわからない。
こんな時は、いったい……
「ブリジット王女は、なにか話したいことがあるっすか?」
「っ!?」
ヒカリが、そんな質問をした。
なんていう怖いもの知らずの質問を……
俺は、ヒカリを見くびっていたようだ。
この子の精神力、心は、鋼鉄よりも硬いかもしれない。
「うん……そうだね。実は、二人にちょっと相談したいことがあって」
「なんすか?」
「えっとね、お見合いのことなんだけど……」
痛い痛い痛い。
胃がキリキリと痛む。
悪い想像で、体と心がどうにかなってしまいそうだ。
なんてことだ。
俺は、こんなにも弱かったのか。
ブリジット王女に対する想いを自覚しただけで、こんな風になってしまうなんて……
本当に情けない。
「私は、どうすればいいのかな……って」
「えっと……それは、どういう意味ですか?」
少なくとも、お見合いを前向きに捉えていないらしい。
そのことに安堵しつつ、今度は、気力を振り絞り、俺が質問をした。
「二人ならわかると思うんだけど、ジーク王子はとても立派な人なんだ。まっすぐな心を持っていて、民を思いやることができて、それでいて、国の上に立ち指揮を取ることができる。そんなすごい人」
「そうですね。ジーク王子のような方は、なかなかいないでしょう」
「自分、ここに来る前は色々な国を回ったけど、王族って、わりと腐敗しているところが多かったっすよ。ジーク王子みたいなのは、けっこう珍しいっすね」
「だよね? だから……お見合い相手としては、すごく良い条件だと思うの」
心が痛む。
でも、それは表情に出さない。
「ただ……」
ちらりと、ブリジット王女がこちらを見た。
はて?
今のは、どういう意味なのだろう?
「王女としては、このままお見合いを進めることが一番だと思うんだ。でも……」
「でも?」
「……このままで本当にいいのかな、って迷うところもあって」
再び、ブリジット王女がちらちらとこちらを見た。
……なんだろう?
俺の顔、なにかついているのか?
「あー……」
一方で、ヒカリは、なにか納得した様子だ。
なんだ?
なにを納得したんだ? 理解したんだ?
「どうすればいいのかな、って……二人に相談に乗ってほしいんだ」
「そう、言われましても……」
ただの執事が王女の見合いに口を挟めるわけがない。
「そのような相談をされても……正直、どのように答えていいか……」
「そっか……そうだよね、うん。ごめんね、変な話をして」
……俺は今、なにか、とんでもない間違いをしたのでは?
ふと、そんなことを思う。
「ごめんね。今の話は忘れて」
「あ、えっと……」
「そろそろ寝ないとだね。じゃあ、おやすみ」
ブリジット王女は手を振り、部屋を出ていった。
その背中を追いかけることはできなくて……
例え追いかけたとしても、どうすればいいかわからなくて……
俺は、彼女を見送ることしかできない。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新連載です。
『おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~』
https://book1.adouzi.eu.org/n8636jb/
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。




