表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/70

第65話 授かりもの

 ボクの思考が一瞬停止してしまった。予想外すぎて、細川政元が何を言っているのかすぐには理解できなかったのだ。


 お腹の子供とは間違いなくボクの子だ。こうならないように気をつけていたのだが、どうやら失敗してしまっていたようである。


「そういうわけなので割腹致します」


 政元のこの言葉でボクは我に返った。


 急いで彼女に近寄って抱きしめる。


「死ぬな。腹の子と一緒に死ぬつもりか?」


「腹が大きくなってしまっては、男と偽るのが無理になります。ならば我が子と一緒に果てまする」


「周りに気付かれるとは限らぬであろうが」


「いいえ。どうあっても隠し立てはできませぬ。このままでは家の恥となり、さらには父の名までも汚してしまいます」


 政元がボクの腕の中で暴れる。


 しかし、ボクはしっかりと抱え込んで離さない。


「落ち着いて聞け。お主が死んだら余もすぐに後を追う」


「――公方様(足利義材)は死なずともよろしいと存じます」


「自刃するというわけではない。何もせずともお主を失った悲しみで、飯も食えなくなってすぐに倒れる。だから余のためにも生きてくれ。そして、子を産み落として欲しい」


「そんな……」


 政元がおとなしくなった。


 その彼女にボクは言葉を重ねていく。


「要は、お腹が大きくなったのを誰にも見られなければ良いのであろう?」


「そんなことができるはずが……」


「できる。右京大夫(細川政元)は変わり者で通っているからな」


 ボクの頭に妙案が浮かんでいた。


「子が産まれるまでお主はどこかに隠れておれ」


「長く月日がかかります。そんなに隠れていられるはずがございませぬ」


「平気ぞ。右京大夫は修行の旅に出たとしておけば良い」


「いくらワシでもそんなに長くは修行しませぬ」


「東国の山へ行くとでもしておけ。羽黒山(山形県鶴岡市)で修行するとなると、一年近く都から離れていても不思議ではあるまい」


 普段から修験道修行で都から何度も離れている政元ならば、こんな大嘘でも通じてしまうだろう。


「――真に産んでも良いのでしょうか?」


「余のためにも、お主のためにも、そして腹の子のためにも是非とも産んで欲しい。これから辛く苦しい思いをするだろうが、余もできるだけのことはする」


「……深謝致します」


 そう言って、政元はボクの胸の中で嗚咽の声を漏らし始めた。


 ようやく彼女は切腹を諦めてくれたようだ。ボクは大きく安心する。


 政元が落ち着くまで、ボクはずっと抱きしめ続けたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 年単位で修行してても正直あんまり不思議じゃないお人!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ