第65話 授かりもの
ボクの思考が一瞬停止してしまった。予想外すぎて、細川政元が何を言っているのかすぐには理解できなかったのだ。
お腹の子供とは間違いなくボクの子だ。こうならないように気をつけていたのだが、どうやら失敗してしまっていたようである。
「そういうわけなので割腹致します」
政元のこの言葉でボクは我に返った。
急いで彼女に近寄って抱きしめる。
「死ぬな。腹の子と一緒に死ぬつもりか?」
「腹が大きくなってしまっては、男と偽るのが無理になります。ならば我が子と一緒に果てまする」
「周りに気付かれるとは限らぬであろうが」
「いいえ。どうあっても隠し立てはできませぬ。このままでは家の恥となり、さらには父の名までも汚してしまいます」
政元がボクの腕の中で暴れる。
しかし、ボクはしっかりと抱え込んで離さない。
「落ち着いて聞け。お主が死んだら余もすぐに後を追う」
「――公方様(足利義材)は死なずともよろしいと存じます」
「自刃するというわけではない。何もせずともお主を失った悲しみで、飯も食えなくなってすぐに倒れる。だから余のためにも生きてくれ。そして、子を産み落として欲しい」
「そんな……」
政元がおとなしくなった。
その彼女にボクは言葉を重ねていく。
「要は、お腹が大きくなったのを誰にも見られなければ良いのであろう?」
「そんなことができるはずが……」
「できる。右京大夫(細川政元)は変わり者で通っているからな」
ボクの頭に妙案が浮かんでいた。
「子が産まれるまでお主はどこかに隠れておれ」
「長く月日がかかります。そんなに隠れていられるはずがございませぬ」
「平気ぞ。右京大夫は修行の旅に出たとしておけば良い」
「いくらワシでもそんなに長くは修行しませぬ」
「東国の山へ行くとでもしておけ。羽黒山(山形県鶴岡市)で修行するとなると、一年近く都から離れていても不思議ではあるまい」
普段から修験道修行で都から何度も離れている政元ならば、こんな大嘘でも通じてしまうだろう。
「――真に産んでも良いのでしょうか?」
「余のためにも、お主のためにも、そして腹の子のためにも是非とも産んで欲しい。これから辛く苦しい思いをするだろうが、余もできるだけのことはする」
「……深謝致します」
そう言って、政元はボクの胸の中で嗚咽の声を漏らし始めた。
ようやく彼女は切腹を諦めてくれたようだ。ボクは大きく安心する。
政元が落ち着くまで、ボクはずっと抱きしめ続けたのであった。




