第61話 告白
貞宗さんを流罪とした翌日。一条御所に細川政元が訪ねてきた。
「……何用か?」
少し言葉に詰まってしまったが、何とか声を絞り出した。
「此度の謀反の件があらかた片付いたのでご挨拶に伺いました」
挨拶は良いとして、その衣装は何なのだろうか?
今日の彼女は白装束だ。彼女がこの格好で現れるのは、ボクが将軍就任した日以来の二回目である。
「何の挨拶だ? その装束を着ているということは、今生の別れか?」
「左様にございます」
本気かよ。
彼女の決意を秘めた顔を見るに、この世からサヨナラするつもりなのは間違いない。
止めなければ。
「わけを聞かせよ」
「ははっ。不覚にもワシは公方様(足利義材)に惚れてしまいました」
……何て言った?
惚れた? このボクに? あの政元が?
意外すぎる発言にボクの頭が全く付いていかない。
「山にこもって心を清めようと致しましたが、この邪念は全く消える気配がありませぬ。故に自刃致します。家督は聡明丸(政元の養子)に譲ります。彼奴を可愛がって引き立てて頂けることを、ワシからの最期のお願いとして……」
「待て待て待て」
ボクは早口で政元の言葉を遮った。
外で控えている者を驚かせてしまうので、大声は出さないように気をつけた。控えの者が中に入ってくると政元と二人でじっくりと話ができなくなる。
「話が性急過ぎて余の理解が間に合わぬ。一つずつ話していこう。お主が余に惚れたとかいつの話だ? 余は全く気付かなかったぞ?」
「いつからなのかはワシも分かっておりませぬが、おそらく近江遠征が終わる頃までには」
「それは嬉しいことである。で、惚れたのと割腹することに何の繋がりがある?」
「修行を重ねていくと決めた身でありながら、邪な気持ちを抱いてしまうとは全く以て言語道断。命を絶って御仏にお詫び申し上げる所存」
彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。そして、深々と頭を下げる。
「然らば、これにて失礼仕ります」
「だから待てと言っておる」
ボクは慌てて政元に近付いて両肩を掴んだ。
「お主は出家しておらぬのだろう? ならば淫戒(男女の交わりをすることへの戒め)に縛られぬはずだぞ」
「父の遺志に従って家を継いでいるだけであって、我が心は出家しているも同然にございます」
政元が反論してくるが、ボクは無視して言葉を重ねていく。
「結局は在家ではないか。ならば正淫(夫婦同士の交わり)は何ら不都合がないはずだ」
「――ワシと公方様とでは邪淫(夫婦以外の交わり)となってしまいまする」
しまった。思わぬ反撃を受けてしまった。確かにボクと政元は正式な夫婦になることはできないのだ。彼女は性別が男だと周囲をだまし続けなければならないのだから
少し考えてボクは反論をしてみた。
「まあ、その辺りは気にしなくて良いのではないか?」
「気にしまする!」
言葉にかなりの怒気が混じっている。
政元も真面目ちゃんだなあ。仏僧でもわりと女犯をしているのが中世なんだけどね。堂々と妻帯している一向宗の僧だけではなく、他の宗派でも別に珍しい話ではない。
「二人きりで式三献を交わそう。人前でおおっぴらに話すわけにはいかないが、これも立派な夫婦ぞ」
「夫婦というのはそのようなものではございませぬ!」
「家と家が結びつくのだけが婚姻ではあるまい。心と心が繋がった男女が一緒になるのもまた夫婦。ワシの心は以前から変わらずに、お主を好いておる。不服か?」
「不服とかそういうわけではなく……」
彼女の瞳が一瞬だけ揺れた。しかし、すぐに気を取り直して言い返してくる。
「ワシは公方様を追い落とすことばかりを考えておりました。このことは公方様もご存じかと。このような不届き者と心を通わせることなどできぬはずです」
「あー、そのことか――」
ボクは政元から目をそらし、天井を見上げた。
よくよく考えてみれば、政敵同士のはずなのにこうして男女の付き合いを始める始めないの話をしているというのも変な話である。
天井から政元の顔に視線を戻し、ボクは力強く言った。
「そのことについては気に病むな。お互い様だ」
「お互い様?」
「余も右京大夫(細川政元)をずっと疑っていた。たとえば、ついこの間お主が丹波へ修行をしに行った時も、余は謀反を起こされるのではないかと恐れていた」
「は、はあ」
予想外だったのか、彼女から間の抜けた声が出てきた。
「余とお主が出会った時から始まり、なんだかんだでいがみ合うこととなった。しかしそうしているうちに、どういうわけか心が惹かれ合うようになった。不思議な話ではあるが、釈迦の言うところの『これある故にかれあり、これ起こる故にかれ起こる、これ無き故にかれ無く、これ滅する故にかれ滅す』。つまるところ因縁生起というものではないのか」
お経から引用して説得してみる。難しい言葉だが、ボクとしては「物事には原因と結果があって、それらが複雑に関係し合っている。ボクと政元のお互いの行動が原因となり、両思いになる結果になった」という感じのつもりで言ってみた。仏教の専門家じゃないから、この解釈が正しいかどうか自信はない。
だが、政元の心に届いてくれたようだ。
「――因縁生起。なるほど、こういうことも起こり得るということですか」
「納得してくれたか。ならば余の妻になってくれるか?」
政元は指で目元を拭い、そして小さく頷いてくれた。
「不束者ではございますが……」
ボクは黙って彼女の肩を強く抱き寄せたのであった。




