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第47話 未来の天下人にあやかって

 元号が変わって明応元年(一四九二年)七月二十三日。


 幕府軍は先月からずっと三上城を包囲したままであった。先の戦いで予想以上に死傷者を出してしまったので、力攻めは諦めて兵糧攻めで三上城を追いつめることにしたのだ。


「公方様(足利義材)、ついに三上城が開城するとのこと」


 葉室光忠がボクに伝えに来た。


「およそひと月か。意地を通しきれなかったようだな」


 主君六角行高による三上城救援作戦が失敗してしまったということで、心が折れてしまったのだろうか。食糧の備蓄がなくなるにはまだ早いと思うが。


「開城ということは、城側は余の出した話を受けるということであるか?」


「左様にございます。城主並びに六角方へ寝返ることに関わった家臣は一人残らず切腹。新たな城主は公方様の息がかかった者にする。どちらの要求も受け入れるとのことです」


「よろしい。ならば約定のとおり、城兵は全て助命する」


 少し時間がかかってしまったが、これで観音寺城へ攻め込むための態勢がととのった。三上城を落としたことで背後をつかれる心配がなくなったのだ。


 六角方は防衛線をどこかに敷いていると思われるが、一ヶ月前の戦闘でかなりのダメージを受けているはずだからそこまで兵数は揃えられないとボクは踏んでいる。

 日野川での戦いで宗益さんが重臣を討ち取ったという話が流れたが、まぎれもない事実だった。この件でも六角軍は大きく動揺しているはずだ。



 七月二十五日。

 三上城開城の作業を全て終えて、幕府軍は観音寺城目指して進軍を始めた。


 観音寺城までの距離は十数キロメートルしかない。何事もなければ、一日かからずに到達可能だ。


 予想された六角側の迎撃は今のところ皆無である。静かすぎて逆に不気味だ。


 行程の半分くらい進んだところで、思わぬ情報がもたらされた。


「観音寺城を放棄しただと?」


 なんと六角行高は居城を捨てて逃げ出してしまったのだ。おそらくは近江南部の甲賀郡に潜伏するつもりなのだろう。


 家臣団も行高について行ったようで、支城もほぼ放棄されてしまっている。おかげで全く妨害されないまま観音寺城まで到達することができた。


「やはり大きいな……」


 ボクがこの城を見るのは三度目になる。


 最初は応仁の乱の後、親父様と一緒に美濃へ落ち延びた時。


 二回目は三年前に上洛した時。


 そして今回が三回目の観音寺城の目撃となる。


 このお城は日本でも最大級の山城で、千を超える曲輪が築かれた。まあ、そこまで大規模な縄張りになるのはもう少し先の時代らしく、今はまだそこまで本格的ではない。とはいえ、現時点でも相当に巨大な城郭だ。


 あと観音寺城といえば織田信長より先に楽市楽座が行われたことが有名であるが、これも先の時代のお話のようである。


 もう一つ、後世では有名だけど現時点で存在していないものがある。


 ボクは北方の山に目を向けた。今からおよそ八十年ほど先に安土城が築かれる場所である。今は観音寺城の支城の一つである目賀田城めがたじょう(滋賀県近江八幡市)がこぢんまりと存在しているだけで、そう遠くない将来に絢爛豪華な天守がそびえ立つなんて想像すらできない。


挿絵(By みてみん)


「よし、余はあそこの城に入るとするか。検分を始めよ」


 ボクは未来の安土城築城予定地を指さした。せっかくだから信長公にあやからせて頂きましょう。


 夕方になる前には城内の調査が終わって、ボクは入城することができた。


 琵琶湖が目の前にある立地なので、湖上からの風が心地良い。夏場はここでずっと過ごしたいくらいだ。


 湖上をゆっくりと進む舟を眺めながら、ボクは戦争について思案を始めた。


 幕府軍が優勢のまま戦況は推移している。六角方は湖東地域からも撤退したらしいので、間もなく京極家と土岐家の軍勢もボクたちと合流するはずだ。状況はさらに良くなる。


 しかし、まだ終わっていない。将棋で相手の王将を詰ませるまで勝ちが決まらないのと同様に、六角行高を捕縛するまでは幕府軍の勝利ではないのだ。


 気になることも報告されている。六角行高は配下を率いて甲賀郡に逃げ込んだのだが、どういうわけか一部の将兵は観音寺城周辺の支城に残っているらしい。具体的には観音寺城から南東にある箕作山城みつくりやまじょう(滋賀県近江八幡市)と、観音寺城南西の長光寺城ちょうこうじじょう(滋賀県近江八幡市)の二城だ。


 逃げ遅れてしまったのか、はたまた何か狙いがあるのかは分からない。ともあれ放置するわけにはいかないので、現在細川家の軍勢が両城を包囲中だ。


 そんなことを考えていると、細川政元がボクの元を訪ねてきた。


 例によって人払いをして二人きりの部屋で話す。


「公方様、観音寺城の中を調べ終わりました。安心してお移り頂けます」


「余はここが気に入った。観音寺城へは右京大夫(細川政元)が入るがよい」


「――お戯れを。主が支城におられるというのに臣が本城に入るなどできましょうか」


 政元が呆れ返った表情になる。


「六角めは南に落ち延びておる。お主が観音寺城で南からの攻めに備えれば、ここは万全となる。むしろ箕作山城と長光寺城が残っている現状では、観音寺城の守りの方が危ういぞ。心して守るが良い」


 ボクが説得をすると、彼女は不承不承という表情ながらも首を縦に振った。


 お互いの居場所が決まったところで、今後の方針を話し合う。やはり敵兵が残っている箕作山城と長光寺城への対策が急務だ。


「安富筑後守(安富元家)を金剛寺こんごうじ(滋賀県近江八幡市)へ入れるつもりです」


 金剛寺は観音寺城のすぐ麓にあるお寺だ。現時点では六角からの反撃を受けやすい最前線の防衛拠点となっている。


「守護代を金剛寺に置いて良いのか?」


 ボクは少し心配になって尋ねた。


 今回の戦いが始まる前にボクは政元を近江守護に任じ、彼女は安富元家さんを守護代に選んだ。


 最前線に重臣を配置すると聞かされては、さすがに不安になってしまう。


「彼奴はなかなかの戦上手。必ずや守ってくれまする」


「お主がそう言うのならば信じるが――」


 今後の作戦について、意見を交わしながら細かい点を詰めていく。


 あらかた決まってそろそろ終わりに差しかかった頃、政元が急に深刻そうな顔になった。


「公方様、折り入って申し上げておきたいことがございます」


「別に構わぬぞ。此度の戦いについてか?」


「左様にございます。実は異な事を耳にしまして……」


 そう前置きしてから、彼女がかたい口調で話し始めた。

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[一言] 西暦年違ってるので誤字報告挙げてます
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