第32話 堀越御所の悪夢
「む、謀反とは何事にございますか?」
伊勢貞陸くんの血相が変わった。
その隣に座っている細川政元と、手紙を持ってきた近習も固唾をのんでボクの言葉を待っている。
ボクは三人に手紙の内容を伝えた。
堀越公方家で謀反が発生。当主になる予定だった足利潤童子とその母親が殺害されたのである。
実行犯は足利茶々丸。潤童子の異母兄だ。元々は堀越公方の長男である茶々丸が堀越公方の後継者候補だったのだが、数年前に廃嫡されていた。そこで、彼は家督を実力行使で奪い取りに来たのだ。
「な、何たること……」
貞陸くんが絶句する。
こんな大事件が起こってしまったからには、ボクは素早く行動しなければならない。目の前の近習に命令を出す。
「今すぐに京へ早馬を出せ。内裏の守りを固めるのは当然として、慈照寺・相国寺・実相院・通玄寺・小川殿も守るよう、都にいる奉公衆へ伝えるのだ」
「すぐに都へお届け致しまする!」
近習が素早く退出していった。
通玄寺には妹の聖寿、小川殿には従兄弟の清晃くんが暮らしている。他の三つの寺にはボクの弟たちがそれぞれに入寺しているのだ。
将軍が都から離れている時に起こった足利家の身内の謀反騒動。これに乗じてクーデターを起こす輩が出てくる恐れがある。そうなると、将軍家の血筋の者が狙われるかもしれない。彼らを守っておくべきだ。
クーデターを最も起こしそうなのは細川政元だが、彼女は今現在ボクの目の前にいるわけだからさすがに行動を起こせないだろう。だが、悪いことを企む輩が他に出てくるかもしれない。
続いて、ボクは貞陸くんと政元に告げる。
「こうなってしまったら仕方がない。余は急ぎ京へ引き返す。丹波には権中納言(葉室光忠)を残しておく」
行政のトップであるボクが京都に戻って、非常事態で動揺しているであろう人民の心を収めなければならない。
「ワシも京へ戻りまする。東国がどうなるのか見極めたいので」
政元も帰京するつもりのようだ。茶々丸の謀反で彼女は大事な協力者を失ったのだから、政権構想を考え直す必要に迫られているのだろう。
「うむ、奉行衆も丹波に残す故、まだ暫し面倒をかけるぞ」
「京兆家で引き続きお世話を続けるよう、しかと申し付けておきまする。――然らば、これにて失礼させて頂きます」
政元が一礼して退出していった。
ボクは残った貞陸くんにも指示を出す。
「伊勢守(伊勢貞陸)も都へ戻れ」
「公方様の命の通りに」
実のところ、今回の謀反のことをボクは予見していた。時期までは分からなかったが、茶々丸が腹違いの弟と義母を殺害するのはボクの知る歴史通りなのである。これを阻止しようと動いていたのに、残念ながら失敗してしまった。
起こってしまったのは仕方がない。ならば、次の手を打つまでだ。
「ところで、そなたの親族である伊勢新九郎(伊勢盛時)は、丹波と都のどちらにおるか?」
「新九郎殿でしたら今は丹波に来ております」
「ならば、ここへ呼んで参れ」
伊勢盛時さんが丹波にいてくれて良かった。すぐに大きな役割を彼に託すことができる。
ボクは今まで彼に活躍の場をほどんど与えてこなかった。軍才が必要な場面は少なかったし、直近の須知城攻めでも奉公衆は後方待機だったわけだし。
しかし、盛時さんは本日より歴史の表舞台に飛び出すことになる。




