48. それぞれの道に
「本当に……本当によかったわ、あなたたちの仲を引き裂くようなことにならなくて……。ごめんなさいね、グレースさん。どんなに辛い思いをしたか……」
新学期初日。私の姿を見つけるやいなや、私の手を引き空き教室に引きずり込んだセレスティア様は、私をひしと抱きしめて、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返した。
「も、もうそんなに謝らないでください、セレスティア様。セレスティア様は少しも、全く悪くないですわ。結果として私は隣国に嫁ぐことにはなりませんでしたし。……そ、そんなことより、ミランダ嬢は……?」
「……激怒した父がね、ウィルモット修道院に送り込んだわ。何年で出てこられるかは分からない。あの子次第よ」
「……ウィ……」
ウィルモット修道院に……?
このフィアベリー王国の中でも、最も戒律が厳しいとされる厳格な修道院。そこで過ごす修道女たちは、日が昇る前から起きて掃除をし、祈りを捧げ、心の修行のためと称して夜遅くまで数多くの労働をこなすという。もちろん異性や友人と会うことなどもってのほか。家族とでさえ、よほど特別な事情がない限りは面会もできないと言われている。
「た、耐えられるのでしょうか……、あのミランダ嬢に……」
「耐えられなくても、どこからも助けは来ないわ。中からは手紙さえ出せないんだもの。あの子にとってはあまりにも酷な環境だとは思うけれど、父は怒り狂っているから……。どんなに泣き喚いても、死にかかっても、絶対に鞭を打つ手を緩めないでいただきたい、なんて、修道院長に言っていたのよ。……よほどロゼルアの王家との縁談がなくなったことが堪えたんだわ。完全にあの子のせいですものね。仕方ないわ。どうにか生き抜いてもらわなきゃ」
「……っ、」
彼女にはこれまで腹の立つことばかり言われてきたけれど、こうなると少しばかり同情してしまう。ミランダ嬢、どうか頑張ってください……。
たとえお父上のお許しを得て出てくるまでに十年かかったとしても、そこはクランドール公爵家の娘、きっとお嫁にもらってくださる人はいるわ。……きっと。
「それで、功労者のケイン・ベイツ公爵令息には会うことができたの?」
「それが、結局まだなんです。どちらの国にいらっしゃるのかもはっきり分かっていないそうで……。あれ以来、まだご実家に手紙なども届いていないそうなんです」
「まぁ、そう……。ふふ、でもきっと彼のことですもの。どこかで元気に研究三昧よ。もしかしたらあなたたちに会うのが照れくさくて、逃げているのかもね」
「あ、それ私もちょっと思いました」
そう言って私たちはクスクスと笑いあった。
私とレイは新学期のほとんどの時間を一緒に過ごし、互いの想いをたくさん語り合った。それはとても幸せな日々で、入学以来初めての心穏やかな毎日だった。
月日は流れ、オリバー殿下やセレスティア様たち3年生は卒業の時を迎えた。そして卒業と同時に、お二人は結婚したのだった。
フィアベリー王国王太子殿下と妃殿下の結婚のセレモニーは盛大に行われた。式の後、たくさんの花々で飾られた王家の紋章入りの真っ白な馬車がゆっくりと通っていくのを、私とレイも大通りから一緒に見ていた。乗っているのはもちろん、ウェディングの衣装に身を包んだオリバー殿下とセレスティア様。歓声とお祝いの言葉を口々に叫ぶ民衆に、お二人は幸せそうに手を振っている。
「……なんて綺麗なのかしら、セレスティア様。天使みたい」
美しく微笑みながら殿下に寄り添い、馬車の上から上品に手を振るセレスティア様。まだ少し距離があるけれど、それを遠目に見ながら私は呟いた。
「お前のウェディングドレス姿も、きっと目が眩むほどだ。早く見たいよ」
「……もう。……でも、楽しみね」
優しい言葉にちょっと照れながら、私はレイに握られた手にきゅ、と力を込めた。
「……こんな時に言うことでもないんだが、」
「なぁに?」
「トビー・ハイゼル、いただろ?ハイゼル侯爵家の」
「……ああ」
「何でもお相手の伯爵家から婚約破棄されたそうだぞ。先方のご令嬢が、どうしても嫌だと言って」
「えっ?!そうなの?」
あ、あんなに相手を下に見て偉そうにしていたのに……捨てられちゃったの?……まぁでも、同じ女として相手の方の気持ちはよく分かるわ。
「よく知ってるのね、レイ」
「アシェルから聞いた。あいつ耳が早いからな。ハイゼルが他の女性と遊び回っている証拠を押さえられて、切られたそうだ。残念だったな」
「少しも残念そうじゃないじゃないの」
レイはふん、と鼻で笑っている。まったく。……あ、セレスティア様が気付いてくれた。私は嬉しくなって目の前を通り過ぎていく彼女に手を振り返した。
「……素敵……」
「ああ。幸せそうだ」
実の姉上の晴れの日にお祝いもできなくて、ミランダ嬢は可哀相だけれど。
華やかな街の様子を見たらまた彼女の悪い虫が騒ぎ出すといけないと言って、クランドール公爵は外出許可をとってくれなかったそうだ。自業自得だ。公爵は娘のせいでロゼルア王家との繋がりが途絶えてしまったことを、相当根に持っているのだろう。
「……疲れただろう、グレース。馬車も見えなくなったことだし、そろそろ戻ろう。屋敷まで送っていくから。明日の夜は王宮でのパーティーだ。ゆっくり休んでおいた方がいい」
「ええ。ありがとう、レイ」
互いの想いを確認して以来、レイは私にとっても甘々だ。優しい婚約者にそっと肩を抱き寄せられ、私はその場を去ったのだった。
(オリバー殿下、セレスティア様……、どうか末永く、お幸せに)




