12. クランドール家別邸にて
「……はぁ。暇だわぁ……」
レイをデートに誘ってみろと屋敷に帰って来るなり母に言われたけれど、そんな関係でもないのに手紙など出せない。何せ向こうは私にまるっきり興味がないのだ。せっかくの休暇中に気が重くなるような用事を入れるのも申し訳ないし。
私にもやりたいことあるし~、なんて強がってはみたものの、読書や刺繍は最初の五日間で飽きるほどやった。
「……。ロージーに手紙でも書こうかしら……」
でもさすがに早すぎるかな。まだ休暇が始まってたった五日だし。などと読みかけた小説から目を離し、部屋の窓からぼんやり空を眺めていると、侍女がやって来た。
「失礼いたします、グレースお嬢様。お手紙が届いておりますよ」
「っ!」
私は反射的に振り向いた。手紙!誰?ロージー?まさか、レイ?
「……あ」
差出人はセレスティア様だった。そうだ、オリバー殿下から、休暇中に手紙が来るかもって……。
私はウキウキしながら開封した。内容はやはり、クランドール公爵家別邸での食事会のお誘いだった。
(やったー!予定ができたわ!)
お天気が良くてそんなに暑くなければ、日除けをつけてガーデンパーティーにしようと思っている。親しい生徒たちだけの気楽な会だから、よかったらお友達も誘っていらっしゃい、などといったことが書かれていたけれど、ロージーは領地が遠くてとても誘える距離じゃないし。ここでこそレイを誘うべきなのか、なんて思ったけれど、私が誘われているのだからレイも誘われている可能性が高い。
(……一人で行ってみるか)
手紙を受け取った翌週のお昼頃。私は支度をして、一人でいそいそとクランドール家別邸を目指した。いいお天気になった。久しぶりのお出かけに、気分が高揚している。
馬車に乗ってクランドール家の素敵なお屋敷の前に着くと、侍女に案内され、屋敷の中を通り抜けて美しい中庭に辿り着いた。明るい色の花々が咲き乱れている。
(うわぁ、もうたくさん来てる……、……って、いるじゃん!レイが!)
中庭を見るなり、視界の端にレイの姿をとらえた。
広い中庭に準備されたいくつもの長テーブルには、たくさんのお料理や可愛いスイーツが並べられており、それらを囲むようにドリンクを手にした生徒たちがにこやかに談笑していた。皆の私服姿が新鮮だわ。普段は学園の制服姿ばかり見慣れていたから。
「あら、グレースさん!来てくれたのね」
「こんにちは、オリバー殿下、セレスティア様。お招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、会えて嬉しいわ。グレースさん、そのワンピースとても素敵ね。あなたがそんな感じの装いをしているのを見たことがない気がするわ。ふふ。新鮮よね」
「本当だ。可愛いね」
「あ、ありがとうございます」
尊敬する先輩方に褒められて照れくさくて頬が火照る。今日は真っ白なワンピースに黄色やオレンジの花々の刺繍が入ったものを身に付けてきた。なんとなく、夏のお昼の気楽な食事会らしいかなぁって……。パープルグレーの長い髪は可愛く編み込んでもらって、後ろに垂らしている。
そんなセレスティア様こそ、爽やかな夏のガーデンパーティーにピッタリな空色のワンピース姿で、すっごく可愛い。髪はハーフアップにしていて素敵すぎる。そしてその隣に寄り添っているオリバー殿下は、真っ白なシャツを着ていてとても爽やかだ。仲良し爽やかカップル。眩しい。
「レイモンドも来ているよ。ほら、向こうに」
「あら、本当ですわね」
本当は気付いていたけど、なんとなくオリバー殿下に合わせた。
「ふふ。二人でゆっくり楽しんでいってね。ここは学園ではないんだし、気にせず過ごすといいわ」
「は、はい。ありがとうございます」
セレスティア様は、私とレイが学園では節度を保って他人行儀にしていると思っていらっしゃるから、今の発言が出たのだろう。すみません、本当はただ単にそんなに仲良くないんです…。
……それに……。
(……ちょっと待って。あれ、何?)
さっきチラッと見た時には気付かなかったけれど……、レイの隣に侍っているじゃないの。いつものように。
ミランダ嬢が。ベッタリと。
(し、しかも……すごい格好してる……)
お昼のガーデンパーティーとは思えないほど華美な装いのミランダ嬢に度肝を抜かれる。ショッキングピンクの目がチカチカするほど鮮やかなロングドレスはたっぷりの裾の襞がファッサァァァと周囲に広がり、そのドレス全体にふんだんにあしらわれた宝石が、眩しい日差しの元ビカーッと輝き、目をくらませる。しかも肩は大胆に露出して、盛りこぼれんばかりの胸の谷間は、思わず目を逸らしたくなる。きらびやかなネックレスにイヤリング……。メ、メイクも濃いな……。唇真っ赤っかじゃないの。張り切り具合が伝わってくる。
その姿でレイやアシェル・バーンズ侯爵令息などの男性方の中に交じり、甲高い声でキャッキャとはしゃいでいた。
(ち、近寄りたくない……)
私がその集団から目を逸らして反対側に行こうとすると、
「あれっ?グレース嬢!グレース嬢、来てたんだね!」
バーンズ侯爵令息の高らかな声が背中から聞こえてきた。
(……よし。この賑やかさの中で聞こえなかったふりを…)
「おーい!グレース嬢!グレース嬢こっちにおいでよぉ~!」
(…………。)
私は一呼吸おくと、観念して満面の笑みを浮かべ、振り向いた。




