97 方針転換
「あの、イナリちゃんが魔王の誕生を阻止しようとしてた人みたいな説は消えたとはいえ、今のところ皆のイナリちゃんに対する認識って、めっちゃ重い過去がある人ではあるんだからね?」
リズがイナリに指を指して、念押しするように伝えてくる。
「だからさ、過去に死体処理の経験があるとか言ったら、そりゃ空気重くなるに決まってるよ。……一応聞くけど、本当の話?」
「うむ。あいや、勿論、我が手をかけたわけでは無いからの」
「そっか。まあ、冒険者ならいつかそういう機会にも遭うだろうし、無い話ではないんだけどさ……。まあいっか。で、聞きたい事ってなに?」
長引かせても良いことのない話題なので、リズは話を切り替えるようにイナリに用件を尋ねた。
「我の考えが正しければ、神託とやらが下されたはずじゃ。それを受けた人間はどのように動いているかや?」
「えっ、神託が下りたこと知ってるの?……ああいや、神様なら知ってるのは当然か」
「う、うむ。それで、どうじゃ?」
リズは恐らく、何故アルトから下された神託をイナリが知っているのかということに疑問を持ったのだろう。
しかし幸い、リズが勝手に納得してくれたようなので、イナリはアルトとの繋がりをバラさずに済んだことに内心安堵した。
イナリの想定通りに事が進んでいるのであれば、人間は一週間後に真の魔王が出現する事を知っており、現在魔の森に魔王がいるという認識が誤りであることに気がついているはずだ。
あるいは、アルトが提案した迂遠極まりない文言の解釈が誤っていても、アルトの働きによって、魔王が複数体存在しえないということに気がつけば、ここに魔王なるものが存在しないという事実にたどり着いてくれるはずだ。
「うーんと、確か……テイル国に一週間後に魔王が出る。油断せず日々を過ごせ、みたいな感じだったかな?」
「……他には?」
「ん?いや、これで全部だよ」
「……我が魔王である事実が拭われる可能性は?」
「無いと思うよ。何か、ここに来る途中、新聞で二体の魔王とか書いてあったのも見たし、エリス姉さんも二体目の魔王がどうこう言ってたし」
「……はあぁぁぁ、何が大丈夫じゃ、あやつ、適当言いおったのう……!」
イナリは小声で呟きながら激怒した。自身が魔王でないことを伝えるための文言がまるで伝わっていないではないか。
とはいえ、イナリには一体どういう過程を経てそのような神託に変貌したのかわからないし、それをここで騒いでもしょうがないだろう。
イナリは一呼吸おいて気を静める。
「だ、大丈夫?何か、一瞬すごい形相だったんだけど」
「ふぅー……大丈夫じゃ。うむ、大丈夫じゃ」
「そ、そう?」
イナリが平静を取り戻したところで、リズが思い立ったように尋ねてくる。
「あ、そういえばリズも聞きたい事あったんだけど、イナリちゃんは何で魔境化を進行させたの?」
「……怒らないで聞いてほしいのじゃが。その、事故みたいなものなんじゃ。……そこに畑があるじゃろ?」
「あ、ごめん、何かもう、オチが見えたかも」
「……だってこの辺の木、無尽蔵に育つんじゃもん。そんなことになると誰が思うかや。前の時点で育ち切ったものだと思うのが自然じゃろ」
「それはリズからは何も言えないけど……。あ、一応言っておくけど、外にいるトレントは多分全部イナリちゃんに向かってるから、間違っても外に出ちゃダメだよ。今までの比じゃないくらい活発化してたし、取り込まれたら本当にヤバいよ」
「うう、こんなはずではなかったんじゃ……」
イナリは頭を抱えて悩み込む。
「こうなると、我の見込みも中々希望薄と見えるのう」
「見込みって……時間が解決するみたいな話だっけ?」
「うむ。本来は、真の魔王が出現したら、魔王としての我は忘れ去られ、そのまま溶暗するという計画だったのじゃ」
「……ふうん?」
リズは何か思うことがあったのか、少し間をおいてから反応した。そんなリズをよそに、イナリは話を進める。
「それでの、リズよ、少し考えておったのじゃが……」
イナリは一呼吸おいてから、リズに考えを告げる。
「我の魔王説を払拭する計画は頓挫したのじゃ。故に、計画を変更しようと思うての」
「……具体的にはどうするの?」
「エリスやエリック、ディルにも我の事を話そうかと思っておるのじゃ。今なら他の者はおらぬし、絶好の機会じゃ。どう思うじゃろうか」
「うーん、エリック兄さんとディルは多分大丈夫。エリス姉さんも……教会の人だけど、何か大丈夫そうな感じはする、かも……?」
「むしろ、我にはエリスが敵対する未来が見えぬ」
元々は最初にイナリの置かれた状況に気がついたウィルディアとの話し合いの結果、教会との繋がりのあるエリスには、イナリが魔王であるといった話は伏せることにしていた。
しかし、ここ数日間共に過ごしてきて、既にエリスのイナリに対する好感度はかなり高いことがよく判ったので、恐らくエリスがイナリに敵対することは無いだろうと考えた。
加えて、一番良いのは事情を伝えずともイナリ魔王説が解消することであったが、それも今となっては期待するのが難しいだろう。
そうして、イナリはここで自身の置かれている状況を皆に伝えるべきだという結論に至ったのである。
「まあ確かに、イナリちゃんが居なくて禁断症状が出たとか言ってたし、敵対する可能性は無いかも」
「……そんなこと言ってたのかや……」
リズの発言に、イナリはわずかに身震いした。
「まあ、言ってみても良いんじゃないかな?万が一敵対しそうになったら、リズが守ってあげられるよ!大丈夫、防御系の魔法もそれなりには心得てるから!その間に不可視術でも使えば安全になれるはず」
「……しかし、それで、お主は大丈夫なのかや?」
イナリが懸念したのは、万が一パーティ内で軋轢が発生した場合、関係に支障が出るだろうということだ。
「大丈夫!万が一パーティが解散したり、追放されたりしたら先生の所に駆け込めばいいし。ほら、リズ、元々一人は慣れてるから!」
「何とも反応しづらい理由じゃな。ともあれ、そういうことであれば、一つやってみるとするかの」
イナリは離れたところで向き合って座っているエリック達の方を見て意気込んだ。
「わかった。今すぐに言うの?」
「……そのつもりじゃったが、ちと怖いのう……本当に大丈夫かや?」
リズの問いかけに、イナリは再びエリック達に背を向けた。
かなり博打の要素が強い行動なので、少々足が竦む。場合によっては今まで築いた関係が崩壊するのだ。今までまともに人と接したことが無いイナリには、それを失うのは中々に辛いところがある。
「……正直確証はないけど……でもイナリちゃんは八方ふさがりっぽい感じなんでしょ?ならやらないとダメじゃない?」
「……そうじゃな。よし!」
イナリは今度こそエリック達の方に向けて歩いて行き、そして三人の前に立った。
「お主らよ、大事な話がある故、よく聞くのじゃ」
「はい、聞きますよ」
「……なんだよ改まって?」
一切間を置かずにイナリに向き直るエリスに対して、何か普段と様子が違うことを察知したのか、ディルが怪訝な顔で尋ねてくる。
イナリはわずかに体が震えるのを感じながら、本題を告げる。
「実は我、神なんじゃ」
「???」
三人は、突然、普段イナリが定期的に主張していることを、改めて、真面目な面持ちで伝えられて困惑する。
「イナリちゃん、それじゃ伝わらないと思う」
「うん、僕達には全く何が言いたいのかわからなかったよ……」
リズが指摘すると、エリックがそれに頷く。
「そ、それもそうじゃな。コホン。改めて、我は、樹侵食の厄災とか言う魔王だと思われている神じゃ」
「……もっとわからねえ……」
「ええっと、リズが補足するよ。元々イナリちゃんも自分が魔王と同一人物だとは気づいてなかったみたいで、最初に気づいたのはリズの先生なんだよ。ウィルディア先生っていうんだけど」
「我はの、この森を魔境化させたのは事実じゃが、そこに樹侵食の厄災なる別の者が来たのかと思うておったのじゃよ」
「ごめん、もっと順を追って説明して欲しいかな」
「うむ、ではそうじゃな、我がウィルディアにしたのと同じようにするかの……」
イナリはウィルディアとの会話を思い出しながら、パーティのメンバーに自身の置かれている状況を説明し始めた。




