96 会議は続く
「イナリさん、お茶美味しかったです、ごちそうさまでした」
「うむ、美味かったじゃろう?」
「ええ、とても。毎日淹れて欲しいくらいですね」
「茶の木はお主らの家の庭に植えてあるからの。また振舞うとするのじゃ」
「是非お願いします。……それで、ですね。ひとまずこの神器の沙汰は決まったのですが……まだ私たちが話すべきことはたくさんありますよね」
「そうだね、差し当たっては今日からの方針を決めるべきか。さっきエリスは川の方に行ったんだよね、何か変化はあった?」
「いえ、見たところ私たちがこちら側に入ってきた時と変わっていませんでしたね。なので、安全なここに拠点を構えて外側のトレントを一掃するのが良いと思ったのですが、どうでしょうか?」
「それが出来たら一番良いけど、いくつか気になることはあるかな。まず、ここがずっと安全な保障はある?」
「確証はありませんけれども……しかし、かといってここから出るのも中々骨が折れそうです。それにその場合、イナリさんを置いていくわけにもいきませんからね」
「まあ、死ぬ気でやれば行けなくもないだろうけどな。流石にそれをやるにしても明日以降だろうが」
「うーん、その案、リズは反対するよ」
「なんだ、疲れたからか?へっ、ヤワだなあ。もっと鍛えたらどうだ?」
「違……いや、前向きに検討しとく」
ディルがリズの背をバシバシと叩きながら揶揄い、リズは頬を引き攣らせながらそれに答える。
リズがこの案に反対したのは、トレントがイナリに向かって進んできていることを分かっているためだ。きっと、イナリを外に連れ出そうものなら、そのまま街までトレントを連れていくことになるだろう。
リズはイナリに関して詳しい事情を言うことはできないので、疲労を理由として反対していると思って揶揄ってくるディルを、甘んじて受け入れることにしたのだ。
その様子を見たディルは、普段なら食いついてくるリズが大人しく引き下がったことに拍子抜けしたような表情になっていた。
「イナリちゃんはここが安全な理由について何か知ってるかな?そこからここが本当に安全か判断できるかもしれないから、何か知ってたら教えて欲しいな」
「ん?わからぬよ?」
「……そっかあ」
少しぐらい何か情報が得られるだろうと踏んでの質問であったが、エリックが得られた情報は皆無であった。エリックは言葉にこそ出していないものの、がっかり感が滲み出ていた。
「何となくだけど、リズはあそこの青い石が何かしてるんじゃないかと思うよ」
リズがイナリの家の鳥居の下に置いてある石を指さす。
「あれは……結局よくわからないままだった石ですか」
「うん。あの石ね、何かエネルギーを出しているってのはわかったんだけど、それが何をしているのかは全然わからなかったんだよね。でも、そのエネルギーがここに来る魔物を防ぐために使われているとしたら辻褄はあうかなって。イナリちゃんがスライムすら見た事無いのも、これなら納得できない?」
「……イナリお前、スライムも見た事ねえのか?ここに来るまでに見る機会なんていくらでもあるだろ」
「……あー、何か、超絶ラッキーだったみたいな?」
「何だそりゃ……」
リズはイナリが最初からここにいるという前提で推理していたが、他の皆はどこかからここまでイナリが移動して来たと考えている。
そのため、スライムを見たことが無いことの異常性がより一層際立ってしまっており、ディルから指摘を受けてしまった。
リズは超理論で捻じ伏せたが、内心ヒヤヒヤであった。
「なるほど。リズさんはあのように言っていますが、イナリさんは何か知っていますか?」
「うーむ、あれは我が装飾としてあそこに置いたものじゃが……。我が知る限り、あれには疲労回復の効果があっての、あれを抱えるとちょっと元気になるのじゃ。あ、勿論、近くにいるだけでも恩恵は得られるのじゃ」
「うーん、リズの推理が当たってるかどうかはわからなさそうかなあ……。あれ?ていうか、この前リズ達がここに来た時、魔物使いの人は普通だったよね?んんん……??」
「この石が果たして魔物に対して何か作用しておるのかはわからぬな。そもそも、我が居たところには魔物というものが存在しなかった故の、仮にそのような力があったとして、我は知りようが無いのじゃ」
「そんな場所あるの……?」
考え込んでしまったリズを引き戻すべく発したイナリの言葉に、リズやパーティの面々は困惑する。
リズがイナリについて知っているのはイナリが天界から落ちてきたところからなので、地球の存在については知らないのだ。
しかし、それをあまり深堀されても困るので、イナリは話の軌道をもとに戻すことにする。
「まあ詳しいところはさておいてじゃ。それなりの期間我はここで暮らしておったが、危機らしい危機はほぼ無いと言ってよいのじゃ。故に、明日突然ここがトレントであふれるようなことも無かろうて。安心して良いのじゃ」
「まあ、そういうことならほぼ安全だと思っておいて良いのかな。一応、皆で分担して、定期的にトレントの様子を監視しておこう」
エリックがイナリの家周辺の安全性についての議論の結論を述べて、次の話に移る。
「それじゃ、次の問題。トレントがどの程度の数いるかわからないから、何日ここに滞在することになるかわからないけど、食料とかは大丈夫かな?水は川から手に入りそうだけど」
「ひとまず、三日分の保存食はあります。この前用意したばかりのもので、先ほどの戦闘での損傷も無かったので、問題なく食べられますよ」
「そこに我の畑があるじゃろ?あそこにこの前手に入れた種を色々と植えたからの、必要に応じて食べることを許してやるのじゃ」
「それはありがたいんだが、まだ植えて二日三日とかだよな。俺の見間違いじゃなければ実が生りはじめているように見えるんだが……アレ、食って大丈夫なのか?」
「失礼な。何なら今お主らが飲んだお茶は我がここで育てた物じゃ。何も問題なかったじゃろ?まあ、嫌なら食べなければよい話よの」
「……今のは俺が悪かったな」
「ふん、わかればよいのじゃ」
「作物があんなに育ってるのは魔境化の影響だろうけど、やっぱり地味だけど腐っても魔王ってことかな。土地に与える影響力は凄まじいね。魔王って何が目的なんだろうね」
アルトの説明を聞いた限りだと、魔王は世界の歪みによって生じたものであるからして、目的など無いのだろう。
しかし、今回の件に関しては、魔境化によって作物が育ったのではなく、作物を育てた結果魔境化が進んだというのが真相である。
イナリが真相を告げようものなら、とんでもないことになる事間違いなしである。
「ともあれ、食料関係も問題ないと思っていいかな。じゃあ、特に他に案が無ければエリスの案を採用するけど、他に何かある人はいる?」
エリックが面々に確認すると、ディルが手を挙げる。
「街の方に連絡はしなくても良いのか?」
「あー、一応調査期間の指定はないけれど……。あまりにも長く音信不通になると、探索隊とかが組まれるかもしれないね」
「探索隊にここの周りのトレントが刺激されて、街の方に行ったらマズいだろ。今の道中はかなり安全になってたし、俺だけならトレント共の包囲を抜けて街まで連絡できるが、どうだ?」
「そうだね、一応伝えておいてもらえるかな?」
「わかった。応援の要請は必要か?」
「どうだろう、外側は安全じゃないし、囲まれたら危ないよね。ここに入ってこれたら良いけど、それも容易じゃないだろうし……」
「あー、そうだな……。魔王がどう出るかわからないし、万が一に備えて街の防衛に徹してもらう方が良さそうか」
「うん、それがいいだろうね。……他に何かあるかな?」
エリックが他に何か話したいことが無いか改めて確認する。
「リズは無いよ」
「私も大丈夫です」
「よし、じゃあエリスの案を採用しようか。これでこの話も終わりかな。それで次は……」
エリックがイナリの方を見るのにつられて、他のメンバーもイナリの方を見る。
「先ほどイナリさんがサラッと言っていた、冒険者を襲おうとしていた者の話を聞きたいのですが」
「む、では少し話すとするのじゃ」
イナリはエリスからの要望に応えて、目撃した怪しげな男の情報を語ることにした。
「我がここに来た初日の夜じゃな、丁度今この辺で冒険者の輩が野営をしておったのじゃが、そこの茂みから短刀を構えて、そ奴らを見ておったのじゃ」
イナリは近くにあった茂みを指さす。
「ものすごい形相をしておったし、服装もかなり怪しげで、明らかに冒険者の輩を害そうとしておることを察しての。それで我は、ここで死人を出すのは困ると思うて、音を鳴らして襲撃者の目論見を妨げてやったわけじゃ!ふふん、すごいじゃろ」
「凄いしとても偉いんですけど、『死人を出すのは困る』っていう言葉にものすごい引っかかりを覚えますね。こう、『彼らを守りたい』とか言うのが普通じゃないですか……?」
エリスはイナリを撫でて誉めつつ、その言動に感じた違和感を指摘する。
「いや、実際我は困るのじゃ。仮にここで死体が出たら、死体を処理するのは我なのじゃぞ?昔何度かやったことがあるとはいえの、お主らや人間らに妙な誤解されては困るし、何度やっても慣れるものではないのじゃ」
「昔、何度か……あぁ……ええっと、すみません。変な事を聞いてしまいましたね……」
イナリの言葉に、何か察したような表情をするエリスが謝りながらイナリに抱きつく。
「聞いちゃ悪いんだが、イナリお前、一体どういう生活してたんだ……。あ、いや、言わなくていいぞ」
「何じゃ急に、別に謝ることでも無かろうに。まあというわけで、それで、我の妨害になすすべなく、襲撃者は舌打ちしながら走り去っていったわけじゃよ!」
イナリは胸を張って己の功績を誇示するが、既に場の空気はそれを称えるような空気感ではなく、重めな空気が漂っていた。
「うん、とりあえず、事情は理解したよ……」
「……何じゃ、元気が無いのう。先の戦闘で疲れてしまったのかの。ブラストブルーベリーを食べるかや?」
「イナリちゃん、それを食べられるのはイナリちゃんだけだから、間違っても食べさせたりしようとしないで」
「はは、わかっておるのじゃ。冗談じゃよ、冗談。……リズよ、ちと我の手伝いをしてくれぬかや」
「ん?どうしたの?」
イナリはエリスの腕から抜け出して、リズを呼んでその場から少し離れた位置に移動した。
「手伝いというのはただの口実でちと二人で話したいことがあっての。……まず、どうしてあやつらは急に元気を失くしたのじゃ?」
「……イナリちゃん、それマジで言ってる……?」
リズの驚愕した表情に、イナリは首を傾げて返した。




