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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
魔の森の騒乱

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95 三つのプラン

 エリスが指を折りながら選択肢を提示する。


「まず一つ目、イナリさんを教会に告発するか、あるいは自首をさせる、ですが……」


「わ、我、また売られるのかや……?嫌じゃ……我は別に悪事を働いておらぬのに……」


 ディルからの視線を受けてエリスの背後へと隠れたイナリが、エリスの服の端を掴む。


「……見ての通りです。どうやらイナリさんは過去に似たような経験をされているようで……。言うまでもなく、無しでしょう。論外です」


 エリスが背後に隠れたイナリの頭を撫でて宥める。


「エリスよ、ディルの我を見る目を見よ。あれは我を売ろうとする者の目じゃ」


「ああ可哀そうなイナリさん、私が守りますから大丈夫ですよ……」


 イナリが身を隠すようにエリスに近づくと、エリスがおもむろにそれを抱きとめる。


「……その茶番を止めてもらっていいか?多少目つきが悪い自覚はあるし、気にしてるんだ。……ところで質問なんだが」


「はい、何でしょう」


「イナリが持っていた神器を教会に渡して終わりで良くないか?それが一番話が早いし、丸く収まるだろ。別にイナリがずっと持ってた事なんて伏せて、偶々今日見つけたことにすりゃいいんだ」


「……あの、お忘れかもしれませんが、一応私も教会に属する神官なのですが?虚偽報告しろと?」


「あー……そうだな、何でもない、忘れてくれ」


「……まあいいでしょう。私もそうしようかと考えましたし。しかしですね……」


「これは我の物じゃ。どうして我が見ず知らずの輩にこれを授ける必要があるのじゃ?」


「……イナリさんはこう言っていますし、イナリさんの数少ない私物を取り上げるのは……何とも言えない罪悪感があります。私には無理です」


「まあ何となく事情は理解した。とりあえず、それも無しってことだな」


「はい。で、二つ目、この神器の存在ごと隠蔽する、ですが……これも難しいでしょうね」


「何故じゃ?我らが全員黙っておればよい話じゃろ」


「イナリさん、私たちと一緒に過ごしている間、この剣はずっとここに置いてありましたよね?」


「うむ、そうじゃな」


「この前、私達を含む冒険者たちがここに滞在していたのです。それはつまり、今後も何者かがここに来て、場合によってはイナリさんの家を物色する可能性も視野に入れなくてはならないということです」


「そういえば、昨日魔の森の中の安全地帯がどうこうとか言っている人が居たなあ。多分ここの事だと思うんだけど」


 エリスの言葉を聞いたエリックが情報を捕捉する。


「ああそれ、もしかしてチャラいのが居たパーティではなかろうか?一昨日見たのじゃ。……あっ、あと、それを襲おうとしていた男も見たのじゃ!」


 イナリは手を叩いて、元々パーティに共有する予定だった話をする。


「……ねえ、イナリちゃんさ、何か超重要そうなこと言わなかった?」


「と、とりあえずそれは後で聞くとしてですね、先にこっちの話を一区切りさせましょう」


 イナリによる思わぬ爆弾の投下によって話の腰が折れかけたが、エリスが強引に軌道修正を図る。


「ええっと、どういう話でしたっけ……そう、ここに人が来るってことはですね、その剣の存在が露呈しうるということです。あるいは、私達が知らないだけで、既にこの神器の存在が知られている可能性もあります。万が一、行方が分からなくなったりしては大変でしょう」


「それはそうかもしれぬが、このような剣は、ガルテとやらの鍛冶屋に似たようなのがたくさんあったと思うのじゃ。わざわざこの剣を盗む意味は無いのではないかや?」


「イナリちゃんは普段剣を持たないからわからないかもしれないけど、普段から剣を握るような人には、この剣が相当質のいいものだっていうのはすぐにわかるよ。そもそも、鍬にしても火おこしに使っても刃こぼれしないのは、その時点で異常だよ」


「……確かにそうじゃな」


 エリックからの指摘にイナリは納得する。確かに、普通の剣では、イナリの乱暴な使い方にはとても耐えられないだろう。


「それに、前私達がここに来た時に、一緒に来たパーティの方々にはここがイナリさんの家であるという話をしてしまったので、ここに神器があるとなると……」


「我と紐づいてしまうわけじゃな。ううむ。中々うまいこと行かぬのう」


 イナリは腕を組んで唸る。


「本当にすみません。私が勝手にしゃべってしまったばかりに……」


「いや、ただここに人が来る分には、我は別に構わぬからの、そこは気にせんでも良いのじゃ。あ、この土地を我が与り知らぬものに売りつけるとかなら話は別じゃが」


「どういうことですか?そんなことしませんよ……?」


「なら良いのじゃ」


「よかったです、ありがとうございます。ともあれ、そういうわけでですね、二つ目の案も無しです。むしろこの方法は、失敗するとイナリさんだけでなく私達も裁かれますし、何も良いことは無いです」


「リズも隠し事得意じゃないし、その方法じゃなくてよかったよ。……となると最後の『特段の理由』を作る、だっけ?それになるのかな」


「はい。これが一番現実的かつ、誰も損せずに済むと私は踏んでいます」


「とりあえず、具体的な作戦を聞いても良いかな?」


 エリスの言葉に、エリックが詳細な説明を求める。恐らく、ここにいる面々の内、誰一人としてエリスの意図するところが想像できていないのだろう。


「はい。まずこの『神器集中管理法』ですが、ある一定の理由があって、それが妥当と認められれば法による制限の対象外となり、神器を所持していても問題にならなくなります」


「その理由というのは例えばどういうものじゃ?」


「例えば、一番有名なものだと、神器をもって魔王を倒す、勇者という者がいるのですが、これは討伐期間に限り神器の所持を認められています」


「ふむ。しかし我は勇者ではない故、まるで意味が無いのう」


「他にも、大きすぎたり重すぎたりして移動が困難な物や、動かすと効力が損なわれる可能性がある神器も対象外になることがあります。……この例の場合、そもそも所持が難しいので、基本的には教会の集中管理の対象にならない、という捉え方をしていただければ結構です」


「そんなものがあるのかや。しかし、それも今の話とはあまり関係が無さそうじゃな」


「そうですね。しかし重要なことはですね。今言った事例は、実は、明文化されていないのです」


 エリスがしたり顔で告げる。しかし、恐らく重要な事なのだろうが、イナリにはそれの何が重要な事なのか全く分からないので、呆けてしまう。他の面々も「だから何なんだ」と言いたげな表情である。


「だから何なんだ?」


 皆を代表するようにディルがエリスに問いかける。


「……こほん。ええっと、つまりですね。この法、頑張ればいくらでも捻じ曲げられるんですよね」


 エリスが少し顔を赤くしながら言い直す。ついでに恥じらいをごまかすためか、イナリの頭や尻尾をものすごく撫でられる。摩擦熱によってイナリは微妙に温まってきている。


「……その、一応確認なんだけど、エリス姉さんって神官なんだよね?この話が始まった時点で思ってたんだけど、ゴリゴリ教会の意に反しまくってない?大丈夫なの?」


 リズが困惑した表情でエリスに問いかける。


「ええ。私、別にそこまで教会に熱心っていうスタンスではないですし、そもそも教会の意向は神の意向と同じとは限りませんし。それに、今はイナリさんの方が大事ですからね。大丈夫、神は赦してくれます」


「それ、絶対そんなお手軽便利フレーズみたいに使う言葉じゃないと思うんだけどなあ……。まあいいや、それで、どうやって捻じ曲げるの?」


「ぶっちゃけ、教会が認めてくれれば何でもいいのですよ。というわけで、聖女様から許可を頂こうかと」


「急に話が飛んだ感じがするなあ」


「実際、聖女様の発言力はすごいですから。発言力で言ったら教会長より上ですからね、聖女様が白と言ったら全部白みたいなもんですよ」


「……エリス、どうにかイナリちゃんを救いたいんだろうけど、流石に無茶苦茶すぎてパーティのリーダーとしては承諾しかねるよ。そもそもどうやって聖女様に会うつもりなのかな」


 エリスの非現実的な作戦に、エリックは悩まし気に苦言を呈する。


「そこは抜かりありません。私、聖女様と親友ですからね。会うのはそんなに大変な事ではないですよ」


 この発言に、聖女が何なのかが、何か偉い役職であること以外イマイチピンと来ていないイナリを除いた面々が驚愕する。


 そして一瞬沈黙が流れた後、ディルがエリスに問う。


「……なあそれ、エリスが一方的に聖女さんと友達だと勝手に思っているみたいなオチじゃないよな?」


「失礼な、私と聖女様はお互い支えあって同じ訓練所を出た仲なのですよ!?」


「本当かよ?今まで一回もそんな素振り見せた事無いだろ」


「別に見せる必要もありませんからね。むしろ、変に知られたら、見ず知らずの輩から何か口添えしてくれとか、そんな感じの頼み事が大量にきて碌なことにならないのが目に見えています」


「へぇー、教会でも政治的な駆け引きからは逃れられないんだねえ。魔法学校も似たようなものだったけど」


「人間というのは欲深すぎじゃ」


 イナリが神社を失ったのだって、結局のところ金の問題なのだ。イナリは端的に感想を述べた。


「そうですよ。というわけで、今回はイナリさんを救うための特別措置みたいなものですから、あまり変な期待はしないでくださいね」


「その辺の線引きは、流石に皆わかってると思うよ。というか、そもそも僕達だって等級8の冒険者で、どちらかと言うと変な輩に声を掛けられる側だしね……」


 エリックの言葉には何か過去にそういう経験があったのだと察するだけのものがあり、イナリは具体的に何があったのか気になったものの、聞かないでおくことにした。


「とにかく、私の計画を簡単にまとめると、街に戻ったらイナリさんと一緒に教会で聖女様とお話しして、許可を頂いて来よう、というものです。そしたら全て解決、というわけです」


「でもエリス、もし聖女様が許可を下さらなかったらどうするかは考えてる?」


「うーん、あまりそうなることは想定していませんし、意地でも許可をもぎ取るつもりですが。そうですね、もし許可が下りなかったら、イナリさんと夜逃げしましょうかね。きっと悪くは無いでしょう」


「……まあ、そこまでの覚悟があるのなら、エリスの事を信じようか」


「ええ、任せてください」


「……ところで、そもそもの話なんだが、俺たちがこの話を知る必要ってあったのか?巻き込まれた感が否めないし、エリスとイナリの二人でやりゃよかった話じゃねえか?」


「何か食い違いが起こって教会にイナリさんの神器の情報が行ってしまっては困りますし。それにほら、私たちはパーティでしょう?巻き込めるなら巻き込んでおかないと」


「……何か、腑に落ちねえなあ」


 ディルは茶を一口飲み、首を傾げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >そもそも教会の意向は神の意向と同じとは限りませんし 神託に文字数制限あるから人間側の解釈次第で乖離するしね イナリの事とか
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