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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
魔の森の騒乱

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91 魔の森調査 ※別視点

リズ視点です。

「リーゼさん、今魔の森はどうなっているんだ?」


 ディルがリーゼさんに魔の森の状況を確認する。


「確認されたのは明るくなってからの事なのですが……植物が一夜にして急成長しまして、先行調査に赴いたパーティの報告によると、成長した木々が今まで以上に光を遮るようになり、森の中の明るさが大幅に下がっていたようで、少し入ったらほぼ夜と同じくらいの明るさになっているようです」


「あぁー……」


 リーゼさんの返答に、思いがけず変な声が出ちゃった。……別に変なリアクションではない、はず。


 というのも、イナリちゃんに関する事情を大体知っているリズにとっては「あぁ、イナリちゃん何かやっちゃったんだなあ」くらいにしか思えなかったから。


 というか、事情を色々聞かされた時には「時間が解決してくれる」とか言ってたけど、魔境化を深刻化させてどうするんだろう?リズには何だか悪化の一途を辿っているようにしか思えないけれど。


 あるいは事故だとしたら、確か作物を育てるとか言ってたし、それで横着した結果、魔境化を進めちゃったとか……?


いや、そんなのは流石に無いか。流石にイナリちゃんの事を嘗めすぎた。


「どどどど、どうしましょう。イナリさんが……」


「落ち着け。あいつは不可視術を使ってるから、余程の事が無けりゃ安全なはずだ。それにあいつの家の周りも魔物が近寄れないようになってたろ」


「そ、それはそうですが……」


 エリス姉さんは動揺してるけど、ディルの言う通りイナリちゃんは不可視術を使ってるから、危険が及ぶ心配はほぼ無いかな。


「その、イナリさんというのは……?」


 と、そんな様子を見ていたリーゼさんが、不可視術の影響でイナリちゃんのことがよくわからなくなっているみたいで質問してきた。


 ……これ、イナリちゃんが不可視術を使う度、毎回やらなきゃいけないのかな。だとしたら、ちょっとコミュニケーションに難が生じて困るなあ。


「ええっと、リズ達のパーティの仲間だよ。ちょっと訳あって思い出せなかったりするかもしれないけど、頑張って思い出して!」


「えーっと……あぁ、あの黄色い子ですか。……え、今、森の中にいるんですか!?魔境化に巻き込まれてますよね!?」


 適当に思い出すようにリーゼさんを応援したら「黄色い子」という記憶が蘇ったみたい。


 ちょっと思い出し方が曖昧な気もするけれど、完全に記憶から抹消されてた門番さんのケースよりはマシかな。この辺も落ち着いたら考察しておいた方が良いかも。


「ああ。何ともタイミングの悪いことにな……」


 ディルはそう言うし、多分皆そういう風に思ってるからこそ、緊迫した空気感になってるんだろうけど、確実に魔境化の原因もイナリちゃんだからなあ。


 今のリズ、変な顔になってないと良いんだけど。正直、いつか隠し通すのに限界を迎えそうだよ、イナリちゃん……。


「で、では少し急ぎ目に情報の続きを述べます……。トレントの動きも今までの数倍は活発になっているようです。先遣隊は機敏に動くトレントを捕捉した時点で、十分な準備なしでは危険と判断して撤退してきています」


「……あの、余程の事、起こりそうじゃないですか?」


 エリス姉さんがギギギと首を回してディルの方を見る。


「……あー、まあ、なんだ。……何とかなるだろ」


「ディル、その返答は根拠が無さ過ぎて不安を煽るだけだよ」


 でもちょっとリズも不安になってきたな。イナリちゃんの事だから、よくわからない理由でトレントに向かって突っ込んでいったりしかねない。


 何というか、申し訳ないんだけど、その様子が容易に想像できる。


 やっぱり、ちょっと急いだほうが良いかも……。


「ひとまず、かなり急ぎでここまで来たので、情報はこれくらいです。あまり有益な情報が少なくて申し訳ないのですが……」


 椅子に座ったリーゼさんが少し頭を下げる。


「いやいやそんな、リーゼさんや先遣隊の人たちは十分やってくれたと思いますよ」


「ありがとうございます。肝心の報酬は未定ですが、ギルド長名義でこの依頼は出されていますので、気にしなくても問題ありません。万が一出し渋ったりしようものなら私が出させます」


 ……リーゼさん、冒険者の間だとギルド長より権限が強いんじゃって噂されてるけど、こういうところがその噂が立つ所以なんだろうなあ。この街の冒険者の大半はリーゼ「さん」って呼ぶのも、多分そういうことなんだろうし……。


「わかりました。その依頼、受けます。皆問題ないね?」


 リズがそんなことを考えていたらエリック兄さんが依頼を受けることにしたようで、皆に合意を求めてきたので、それに頷き返す。


「よし、じゃあ急いで行こう。五分後にはここを出るつもりで。あ、リーゼさんはゆっくりしていっても大丈夫なので、よければ少し休んでいってください」


「ありがとうございます、少しだけ休ませていただきます……」


 そんなわけで、とりあえず話はまとまったから、急いで準備しなきゃね。




「うーん、前情報の通りだね」


 エリック兄さんが目の前の景色を見て呟いた。


 リズ達は今、イナリちゃんの家の近くに続く川を辿ってきて、ちょうど丘と魔の森の境界の辺りに差し掛かった。


 魔の森を見ると、リーゼさんからの前情報にあった通り、木が全体的に高くなっていて葉も生い茂り、その下はかなり暗かった。


 川がある部分は割かし日が入るから全然問題ないけれど、多分、街道や魔の森の領域内の村や集落はかなり厳しいことになっているんだろうなあと思う程度には、かなり深刻な感じになっている。


「何か、思った以上に樹海って感じだね?」


「ああ、こりゃひでえな。今まではただの前哨戦で、これからが本番ってか?」


「この中にイナリさんが……心配です……」


 イナリちゃんの事情を知らない人から見たら、これは魔王の仕業と思っても仕方ないかもしれない。


イナリちゃんが魔境化を進行させたのは、本当にどういう意図なんだろう……?


「エリック、俺はどうしたらいい?先に行くべきか、それともまとまって行動するか?」


 ディルがエリックに聞いているのは、ディルの立ち回りについてかな。


「うーん、この様子だとディルの素早さを活かせないだろうし、視界も悪そうだ。何があるかわからないし、固まっていこう」


「わかった」


 このパーティは、ディルが素早く動き回って周囲を索敵して、見つけた魔物を自分たちの方へ誘導して、エリックが剣と盾による前衛、リズが魔法による後衛、エリス姉さんが聖魔法で支援をしてパパっと倒すというのが基本形。


 でも、今回みたいなディルが動き回るのが難しそうな場合には、エリス姉さんが索敵用の結界で索敵して、ディルが弓と投げナイフを使った中衛に役割変更するという形を取っている。


 ディル曰く、「臨機応変に対応できるのが盗賊の強み」らしい。よくわからないけど、そういうことみたい。


「では広域結界を展開します」


 エリス姉さんが結界を展開する。この索敵方法にも一長一短ある。


 ディルのような盗賊の索敵は罠を仕掛けたり、誘導したりすることが出来る他、魔物の種類や大きさなどがしっかりと伝達できる。


 代わりに、素早く動けるだけの広さや視認性が必要になる。ほかにも、盗賊の持つ魔物の知識が浅かったり、いい加減だったりすると伝達性のメリットが帳消しにされたり、擬態系の魔物等を見落とすことがあるなんて言うデメリットもある。


 エリス姉さんみたいな結界式の索敵は、範囲内なら、擬態系の魔物でもほぼ確実に、大まかな数やサイズ、方角などの大雑把な情報が得られる。


 その代わりに、常に術者が索敵にかかりきりになるし、範囲内から一歩でも外に居れば検知対象外になってしまうため、高速で動くタイプの魔物なんかにはあまり意味が無かったりするなどのデメリットがある。一応範囲は術者に依存して、エリス姉さんの場合は大体百メートルくらいまで検知できるらしい。


 大抵はそれらをうまく使い分けたり、ある時は両方使うなりしていくのが定石。


 ……そんなことより、リズも聞かないといけないことがあるんだった。


「リズはどうしたらいい?ライトボールはいる?」


「いや、川辺は視界が通るからひとまずは無しでいいよ」


「わかった。必要なら言ってね!」


 何となくわかりきっていることでも確認を入れておくのが大事というのは、経験則のようなもの。


……決して、昔は自分の判断で色々迷惑をかけたからとかでは……ないよ。


「よし、じゃあ行こうか」


 リズ達は慎重に森の中へと足を踏み入れた。




 そして警戒しながら進んだものの、たまに動物型の魔物が襲ってくる以外何事も無く、二時間ほどが経過した。大体、イナリちゃんの家まで折り返しを過ぎたくらいかな。


「……全然魔物が居ねえ。トレント達が活発化したとかいう話は何だったんだ?」


「……妙だね。エリス、広域結界の方は?」


「反応なしです。特に擬態や検知をかいくぐっているというわけでもなさそうです」


「どういうことだ……?」


「これって―いや、何でもないや。気にしないで」


 これはいわゆる、嵐の前の静けさとか、そう言う奴かな。そう言いたくなったけれど、なんだか縁起が悪そうだからギリギリ言わないでおくことにした。


「こんな魔境化が進んでおいてトレントの一体もいないなんてあるか?」


「やっぱり、流石におかしいですよね」


「何か異常が起こっているのは確かだね。引き返すわけにもいかないし、ひとまず警戒は続けたまま、今の調子で進んでいこう」


「そうだね」


 リズ達は川に沿って、引き続き進んでいった。




 そしてもうすぐイナリちゃんの家の近くまで着きそうだと思ったところで、突然エリス姉さんがひえ、と声をあげ立ち止まった。


「な、何!?どうしたの?」


「大丈夫か?」


「ええ、ええっと、その」


「エリス、落ち着いて。どうしたの?」


 エリス姉さんがこんなに取り乱すなんて珍しい。


 ……いや、イナリちゃんが関わると常に取り乱しているようなものだけど、それを除けば、とても珍しい。


 エリス姉さんが深呼吸をすると、若干震える声で情報を伝えてきた。


「し、進行方向に、魔物を検知しました。中型から大型です。数は……わかりません」


 エリス姉さんの言葉に、全員黙って進行方向に目を向ける。


 最初は他の木々と同じような木だと思ったんだけど、よく見ると何だかもぞもぞと動いている。それは全てトレントだった。


「うわっ、キモ……」


 リズは思わず、素で感想をこぼしちゃったけど……無理もないよね?

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