89 魔王出現の知らせ ※別視点
教会視点 → エリス視点です。
エリスと別れた後、アリシアは教会の聖堂で目を閉じて祈り、神託を待つ。
その後ろには、教会の神託を解釈することを専門とする神官や神官長などの重要な役職に就いている人々が待機している。
神託が下される前には決まって、空にある特定の星が、一定周期で、しかも昼夜問わず観測できるように光ると伝えられており、今回もそれが観測されたためにアリシアは神託を待つこととなっているのだ。
場を緊張感のある静寂が満たし、どれだけ時間が経ったかがわからなくなり始めたところで、アリシアの透き通るような言葉がその場に響く。
「神託が下ります。……『爪と牙が交錯せし地、十四度天が回りし時、飢餓をもたらす厄災が降臨するだろう。賽は投げられた。認識を正し、危機に備えよ』……以上になります」
「……わかりました。聖女様、夜分に大変お疲れさまでした。後は我々にお任せして、本日はお休みください」
神官長はアリシアにそう促しながら聖女の私室へと続く扉を開く。
「承知いたしました。神官長、よろしくお願いいたします」
アリシアはそう言い残すと、聖堂を後にした。そして扉が閉まると、にわかに聖堂が騒がしくなる。
「どういうことだ!?魔王は既に魔の森にいるのではなかったのか!?」
「もしかしたら二体目の魔王ということかもしれません。ああ、何ということだ……」
喧騒の中に聞こえる神官の嘆きが神官長の耳に入る。
普段ならすぐに静めて議論に入るところだが、今回は少々事情が異なるために、思考が渋滞している。
前回の神託によって、既に魔王は出現したとされていたはずだ。歴史上、複数の魔王が同時に存在することはかつてなかったはずである。
そのため、今回の神託は前回の神託に続いて特殊であると言わざるをえない。
しかし、前回の神託の解釈が間違っているという可能性はほぼ無いだろう。事実、ヒイデリの丘は魔境化しており、被害も大規模とまでは行かないものの、それなりに出ているのだ。
この国の王であるエルギウス王にここでの神託の解釈を伝達した時こそ、他の教会や、アルト教の聖地であるアルテミア国などから様々な反論を受けたものの、その被害に裏付けされたことにより魔王の出現が認定されたのだ。
つまり、今回の神託は、歴史上存在しなかった、第二の魔王の出現の示唆に他ならないのだ。
神官長は一呼吸置いた後、神託を書き留めた紙を手に持って、場を静めるべく声を出す。
「……皆さん、まずは落ち着いて神託を整理していきましょう。まずは……『爪と牙が交錯せし地』ですが……これは、過去の神託を参照すると、テイル国で間違いないでしょうか?」
「はい。この文言はかつて数回神託に登場しており、全てテイル国を指していたことがわかっています」
ここは神官の間の共通認識となっているため、議論の余地は無いだろう。神官長は次の文言に移る。
「次は『十四度天が回りし時』ですが……。これは時間を指しているのでしょうか?」
「恐らくそれで間違いないと思います。およそ一か月を指すものが『六十度天が回りし時』なので……これは一週間ほどでしょうか?」
「……それで間違いなさそうですね。そして次の文言、『飢餓をもたらす厄災が降臨するだろう』……これが、今までの神託の例からすると魔王の出現ということになりますが……」
神官長は言葉を止める。今までは一か月前程度には魔王出現に猶予があったのに、今回は僅か一週間しか猶予が無いのだ。
しかも、既に一体目の魔王が、神託が降りてから魔境化が始まるまでには一か月近い猶予があったものの、自分がいる街のすぐ近くに十日ほど前に出現したばかりである。
「『飢餓をもたらす』ということは、きっと地面を干上がらせるか、不毛の地とするか……そういった系統でしょうな。我らのご近所の魔王とは正反対のようですな」
言葉を止めた神官長に代わって、副神官長があごひげを触りながら意見を述べる。
「副神官長殿は二体目の魔王が同時に出現するということについてどのようにお考えか」
「全くもって根拠のない予想の範疇でしかないですが、以前の神託と今回の神託が少々通例と異なることを鑑みると、二つで一つのような性質を持っており、実質的には一体であるのではないかと考えていますな。植物による侵食と、干ばつか砂漠化か、そういった系統による侵食。出現間隔が狭いことも併せて、何かつながりがあると考えるのこともできるのではないでしょうかな?」
「なるほど、そういった考え方もあるのですね……」
「実際、現在すでにいる一体目は今のところ地形に変化こそもたらしたものの、かつての魔王と比べればさほど大きな害は無いでしょう。それも併せてこの結論を出したのです。とはいえ、まだ只の老人の妄言に過ぎませんからな、聞き流してくださって結構です」
「いえ、参考になりましたし、二体魔王がいると考えるよりは希望が持てる考え方でした。ありがとうございます」
神官長は気を持ち直して、議論の進行を再開する。
「神託の後半部、『賽は投げられた。認識を正し、危機に備えよ』……これは前回に続いて前例のない文言ですね。これについて何か意見のある方は?」
この文言の解釈について、神官長は周囲に尋ねる。
「これは、苦難が待っている我々に対するアルト神からの激励の言葉ではないでしょうか?」
神官の一人がそう意見を出すが、すぐに他の神官がそれに反論する。
「流石に、それは恣意的な解釈が過ぎるのではないか?」
「しかし、事実として現在、未だかつて起こったことが無いことが起きているのです。ともすれば、このような解釈もできるのでは?」
「しかし、過去の神託においてそういった……少々言い方に問題があるかもしれないが、中身のないような文言は無かったはずだ。何か意味を見出すべきだろう」
「しかし……『賽は投げられた』という文言の指すところがはっきりしませんね」
「賽というのは賭け事に使う立方体の物のことだろう?それが投げられているというのはつまり、既に事態は動き始めているということであろう。つまり、先ほど副神官長殿が申しあげたように、一体目の魔王は動き始めている。そういうことを述べているのだろう」
そう述べた神官に、神官長は頷く。
「私としても、その解釈が妥当であると考えます。続けて、『危機に備えよ』は良いとして、その前に置かれている『認識を改めよ』とはどのような事だと思われますか?」
神官長が問いかけると、また別の神官が意見を述べる。
「何か見落としていることがあるか、あるいは意識の欠如があるのでしょうか?」
「確かにそういった理由によるものの可能性は高いですが……しかし何を見落としているのでしょう?」
神官長が問いかけると、場に静寂が訪れる。誰一人として心当たりがないのだ。
「……ひとまず、何か見落としがある可能性があるということを頭の片隅に入れておくことが重要ということでしょうか。あるいは、それこそ戒めとしての文言でしょうかね。何か気づいたことがあったら、この会議が終わった後であっても、いつでも意見を出してください」
ひとまず、「わかりませんでした」でお開きにするわけにはいかないので、神官長は現在の議論を纏めに入る。
「ひとまず、一般向けには『一週間後にテイル国にて魔王が出現する。既に事態は進行している故、油断せず日々を過ごすように』と告知することと致しましょう。私はこれから王都へ向かって他の教会と解釈の共有に向かいます。前回に次いで、私が不在の間は副神官長殿に委ねることとします。では本日は解散とします。それでは失礼します」
そう言うと神官長は聖堂を出ていき、残された神官もまばらに部屋を出ていった。
<エリス視点>
「皆さん、今日、イナリさんに会いに行くのはどうですか」
イナリさんが家に帰ってから三日目。私はパーティの仲間と朝食をとっているところで、メンバーの皆さんに提案します。
「……随分突然だな。まあ別にいつにするか決めてなかったわけだし、悪いとは言わんが」
「私、もうイナリさんなしで過ごせる最長日数が二日ということがわかってしまいました。見てください。手が震えてしまっています。禁断症状です」
「エリス姉さん、重症が過ぎるよ」
リズさんが私を見て慄きます。……自分で手をプルプル震えさせたのは少しやりすぎだったようですが、アピールの効果は抜群のようです。
「ふふ、禁断症状のくだりは冗談ですが、実際会いに行きたいのは本当ですよ。二日が限界というのは本当ですが」
「あ、そこは本当なんだ……」
「というか、それなら明日の方がいいんじゃないのか?あいつは一週間くらい家にいるんだろ?なら今日行って残り四日耐えるより、明日まで三日耐えて、行って帰ってきてまた三日耐えた方が良いだろ」
「はあ、ディルさんは何もわかっていませんね。いつ、誰が、イナリさんの家に一度しか行ってはいけないなんてことを決めたのですか?」
「は?……まさかお前、仕事が無い日は毎日あいつの家まで通おうとしてるのか……?」
「もしできるのならそうしたいところですが、流石に魔の森を一人で行こうとは思っていません。とはいえ、一週間もあれば、二回くらいなら依頼のついでで行けるかと思っています」
「なるほどな。……エリック、どうだ?」
「まあ、そうだね。皆が今から行けるような状態なら、森の魔物の討伐ついでに行ってもいいけど。皆、準備は大丈夫?鍛冶屋に装備の手入れをしてもらってたりとかしてないかい?」
「リズは問題ないよー」
「同じく問題ない。いつ何が起こっても対応できるようにするのが冒険者の務めだ」
「私も行けます。今すぐにでも行けます」
「そうか、じゃあここを片付けて、早めに出ようか」
「了解です、五分で終わらせます」
「エリス、イナリちゃんが関わると本当に極端だよなあ」
立ち上がって急いで片づけを始めた私に、エリックさんが笑いながらそう言ってきますが、これは当然の事です。一秒でも早くイナリさんに会いに行き、一秒でも長く共にいることが重要なのですから。
私が朝食に使った皿を洗って棚にしまっていると、家の戸を誰かが叩いているのが聞こえます。間隔が短くて力強いその音は、どこか焦った様子が感じられます。
「何か、誰か来たみたいだね」
「僕が出るよ。皆は準備してて!」
エリックさんがそう言って外へと向かいます。一体どうしたのでしょう?
昨日アリシア様が神託を受けると言っていましたし、それの伝達でしょうか?しかしそれならば、別に焦るようなことでもないようにも思いますが……。
片づけをしながらエリックさんが戻ってくるのを待っていると、急いでここに来た様子のリーゼさんを伴って、険しい表情をしながらエリックさんが戻ってきます。
どうやら来訪者はリーゼさんだったようですが……何だか嫌な予感がしますね。
「……どうしたのですか?神託の伝達ですか?」
「えっと、リーゼさん、お願いしても良いかな」
「はい。まず、エリスさんが仰る通り、神託が出ました。教会が出した解釈の内容は『一週間後にテイル国にて魔王が出現する。既に事態は進行している故、油断せず日々を過ごすように』とのことです」
「……はい?」
リーゼさんから告げられた神託の内容に耳を疑います。他のメンバーの皆さんも訝しげな表情です。
「あの、魔王というものは一体しか存在しえないもののはずでは……?」
「はい、そのはずなのですが……。神託によればそうとも限らないようですね……」
どうやら二体目の魔王はテイルに出現するようです。ただでさえ治安が悪いあの国がもっと荒れてしまう予感がします。これはかなり暗い知らせでしょう。エリックさんがそういった表情になるのも頷けます。
「その、今回はそれだけではなくてですね、別途で指名依頼をしに来たのです」
「……そうですか」
これは最悪の知らせですね。折角イナリさんに会いに行こうとしていたところで、こんなことになるとは……。
「えっと、リーゼさん、どういう依頼ですか?」
予定変更の悲しみに声が出なくなってしまった私に代わって、リズさんが依頼の内容を問いかけます。
「その、落ち着いて聞いていただきたいのですが……。昨晩以降、魔の森の魔境化が進行しました。虹色旅団の皆さまにはそこの調査をお願いしたいのです」
……どうやら、目的地は変わらないようです。残念ながら、全く嬉しい知らせではありませんでしたが。




