83 マンドラゴラの抱擁
「おまたせディル。行こっか」
イナリとリズは部屋を出て、扉の横で腕を組んで壁にもたれかかっているディルに声をかける。
「おう。その、ハイドラさんは寝てたのか?」
「確かに寝ておったのじゃが、それを起こして用件を話し終えたら、また寝てしまったのじゃ。」
「そうか、錬金術師だし徹夜でもしてたんだろうな。お前、迷惑はかけなかったか?例えば尻尾がものに当たってぶちまけたりとか」
「そんなことしておらぬわ!全く、お主は我の事を見くびりすぎではなかろうか」
「そうは言うがな、実際、お前は既に色々やらかしまくってるんだから妥当な評価だろ」
「……ふむ。この話はやめにしようかの」
「思い当たる節があったようで何よりだ。これで本気でわからないとか言い出したらどうしようかと思ってたんだ」
「ディル、それは流石に嘗めすぎでしょ……」
「そうはいってもな、こいつにどの程度常識が通用するか―」
「この話は終わりじゃ、さっさと行くのじゃ!」
イナリはこの話を長引かせると分が悪くなりそうな気配を感じたので、ディルの背中を押して歩かせ、議論を強引に切り上げさせた。
そして一行がギルドの出口へと向かうと、ロビーの端で五人の錬金術師が、網をもってマンドラゴラを囲い込んでいた。
「よし、やっと角に追い詰めたんだ、絶対に逃がすなよ……」
「頼む、そろそろ捕まってくれ……」
「おお、あれが錬金術師というものかや……。マンドラゴラとやらをちと見てみるとするかの」
初めて見るハイドラ以外の錬金術師の姿に僅かばかりの感動を覚えつつ、イナリは錬金術師達の間からマンドラゴラがどのような姿であるのかを確認する。
その姿は、例えるならば人型に見える大根のような容貌であった。
植物なのか魔物なのか、はたまた動物なのかはわからないが、小動物感も相まって可愛げがある。
「しかし、すごい絵面じゃな……」
角にいるマンドラゴラを大人たちが囲む様子は中々に圧巻される。どうやら四人が逃げないように囲い込んで、一人が網で捕らえるという分担をしているようだ。
その様子をしばらく眺めているが、状況はあまり芳しくないように見える。
見た目に反して意外な素早さを見せるマンドラゴラに対して、流石に錬金術師の体力は冒険者や兵士ほど秀でておらず、若干疲労が見え隠れしているのだ。
「お主ら、何かできぬのか?例えばリズの魔法で拘束するじゃとか、ディルが持ち前の素早さで捕らえるじゃとか、色々できそうじゃろ?」
その様子を見かねて、イナリが他の二人に問いかける。
「リズは無理かも。多分、拘束系の魔法を使うにしても、そもそも小さいから拘束可能なサイズじゃなさそう。あるいはちぎっちゃってもいいならできるけど、錬金術師の人たちがどう使うかわからないから、手を出すのはちょっと……」
「ふむ、そうかや。ディルはどうじゃ」
「俺も勢い余って握り潰しそうだから無理だな」
「なるほど、論外というわけじゃな」
「……ディルって盗賊だよね?戦士とかじゃないよね?」
「音を立てない技術や素早くナイフを投げる技術には、数多の訓練が伴う。そして筋力を鍛えることもまた重要というわけだ」
「何じゃかそれっぽく言うておるが、単に力の制御が不可能と言う話じゃろ」
三人が会話をしていると、突然錬金術師たちの方から声があがる。
何事かとそちらの方を見ると、一人の錬金術師の足の間をマンドラゴラがスライディングして抜けてきて、そのままイナリの方へと向かって走ってくる。
「おい、また逃げたぞ!」
「おい、民間人がいるぞ!?そこの子、危ない!」
「のじゃ?」
錬金術師達が警告してくるも、突然の事にイナリは反応できず、マンドラゴラがイナリの方へと突っ込んでくる。
そしてそのままイナリの胸に向かって飛び込んでくると、そこで静止した。
「………」
ロビーに沈黙が訪れた。
事情を全く呑み込めていないイナリは、とりあえず抱きついて来たマンドラゴラを抱えて疑問符を浮かべる。
咄嗟にイナリを守ろうと、杖や短剣を構えたリズとディルもぽかんとした表情をしている。
錬金術師達もまた、網を構えたまま何が起こったのか理解できないような表情をしていた。
「……その、捕まえたのじゃ」
イナリは、ひとまず認識できた事実を声に出す。
「捕まったね……」
「捕まったな……」
状況が呑み込めて来ると、錬金術師の一人がイナリに向けて話しかけてくる。
「ええっと、そこの君。突然危険な目に合わせてしまって申し訳ない。そしてマンドラゴラを捕まえてくれてありがとう。ひとまず、収容場所に戻すから、引き渡してもらってもいいかな?」
「わかったのじゃ」
「いやあ、こんなにマンドラゴラがおとなしくなるのは初めて見るよ。今度から、マンドラゴラが逃げたときは君を呼ぼうかな」
「はは、我は冒険者じゃから、依頼としてなら受けられるじゃろうな。そしたら我が来てやらんでもないのじゃ」
「そうか、君たちは冒険者だったか。通りでお仲間の二人もただ者じゃ無さそうだ」
イナリは錬金術師と談笑しながら、体にくっついたマンドラゴラを引き離そうとした。しかしマンドラゴラは離れない。
「……む?どうやらそれなりに力があると見えるのう」
「へえ、意外と力もちなんだね」
「まあさっきも機敏に動いてたからな、生半可な筋力じゃ、ああはならないだろう。……マンドラゴラに筋肉があるのかは知らんが」
思ったよりもしっかりとイナリにくっついていたマンドラゴラを、今度は力を入れて引っ張る。しかしビクともしない。
「……は、離れぬ」
「え?」
「離れないのじゃ!!!」
慌てるイナリを見て、再び一同に緊張が走る。
「いや待て、イナリ、お前は元々力が無いんだからそのせいだろ。俺がやる。……潰さないように気を付けないとダメだよな?」
「できれば潰さないで欲しいところだ。これの悲鳴を聞くと、一時的にとはいえ精神がやられるからな。潰したり傷つけない限りは問題ない」
「そうか、じゃあ少し気を付けないとな……。リズ、イナリの方を支えてくれ」
「うん、わかった」
ディルの指示に従ってリズがイナリの腰を掴むと、ディルがマンドラゴラの胴部分を掴んで引っ張る。
「何だこいつ、全然離れねえ……!」
「ぐえ、わ、我の、体が、ちぎれる……」
「ちょ、ディル、一回ストップ!!」
イナリの悲鳴を聞いたリズが一旦ディルにストップをかける。
それを聞きディルが手を離すと、イナリは床に倒れる。しかし倒れてもなお、マンドラゴラはイナリにしがみつき続ける。
「だ、大丈夫?イナリちゃん」
「こ、腰が……。か、体が裂けるかと思うたのじゃ……」
「イナリ、悪いな……。何か他の方法にした方が良さそうだな?」
恐らくイナリは頑丈なので、体が千切れることは無いだろう。とはいえ痛覚はしっかりあるので、苦しいことには変わりないのだ。
「なあ、見たところ引き剝がすのは難しそうだ。何か方法は無いか?」
ディルが錬金術師の方を見て尋ねる。
「ああ、普段は網で捕まえて、鎮静剤を投与して収容しているから、鎮静薬で安全にはがせるだろう。うーん、経費削減できるかと思ったが無理そうだなあ……」
どうやら錬金術師は、鎮静剤を節約しようとしていたようである。
イナリにしがみついてから落ち着いた様子のマンドラゴラを見たら、そのような発想も出てくるのだろうが、床で倒れているイナリからしたらいい迷惑である。
「というか、何でマンドラゴラが逃げてるの?この鉄の扉もそうだけど。収容所の方に付けたら良かったんじゃないの?」
リズが横の重い鉄の扉を軽くたたきながら尋ねる。
「マンドラゴラが逃げてる理由は監視を潜り抜けるからだな。魔王の影響を受けてからというもの、今までには絶対に起こりえなかったような事態が連続で起こっているんだ」
「あー……。でも鉄の扉を収容所じゃなくて、ギルドの出入り口にしたのは何でなの?」
「ここだけの話だが、収容所の改修は我々が費用を出さないといけないが、ギルドの入り口の改修はギルドの予算が使えるからだ」
「うっわぁ、なんか、聞かなきゃよかったなあ」
錬金術ギルドの生々しい経済事情に触れてしまったリズは、苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「まあその話は忘れてくれ。ひとまず、鎮静剤を打つぞ」
床に倒れるイナリの横にしゃがみ込み、先端が短剣のようになっている道具を使って、マンドラゴラに鎮静剤を打つ。
そしてマンドラゴラを抱えると、あっさりとイナリの体から剥がれた。
「ふう、これで一件落着だ。では我々はこれを収容するのでこれで失礼するよ」
そう言い残し、錬金術師達は立ち去り、その場にはイナリ達が残された。
「のう、一体我は何のためにこのような目に……?」
「その、災難だったな……。今度森から帰ってきた美味いものでも奢ってやるよ」
「うむ……」
「なんか、錬金術師って大体あんな感じなんだね。ちょっと、こう、ズレてるというか……」
恐らく、魔王(仮)の影響により活発になったマンドラゴラがイナリにくっついたのは、トレントと同じような理由なのだろう。
最初はトレントとは違って、ただくっついてくるだけなのだから愛いものなどと思っていたが、とんだ間違いであった。
「とりあえず、錬金術ギルドから依頼が来ても断るのじゃ。絶対じゃ」
「まあ、それが賢明だろうな」
「なんか、全体的に杜撰で、いつか取り返しがつかないことが起こりそうだよね……。イナリちゃん、立てる?」
「うむ、大丈夫じゃ」
リズがイナリに手を出して、引き上げる。
「全く、酷い目にあったのじゃ。思いがけず時間も食ってしもうたし、さっさと家に帰るとするのじゃ。……あ、扉を開けてもらってもよいかの?」
「おう」
謎のトラブルに見舞われつつ、イナリ達は錬金術師ギルドを出ていった。




