50 方針の再認識 ※別視点あり
リーゼのおかげで調理魔道具の使い方を理解したイナリは、家の裏の井戸とキッチンにある鍋を使ってお茶を淹れた。
急須などが無いので、食器棚などから代用できそうなものを探すなど、かなり手探りではあったが、案外何とかなるものである。
そして何より、まともな鍋なのがとても快適であった。やはりイナリが魔の森で暮らしていた時に使っていたような、碌に熱が通らないような鍋ではダメなのだ。微妙に木の味がしていたし。
「成長を感じるのじゃ……」
リビングにあるソファに座り込み、お茶を飲みながら、イナリは呟く。
そもそもイナリは、地球に居たころから人間の文明には碌に触れてこなかった。だから、簡単な操作で水が出る井戸や、一瞬で火をつけられるコンロなどを使う度、内心興奮している。何より、それに適応しているという感覚が実に心地よい。
悦に浸りながらお茶を飲んだ後は、エリスが用意した高級なクッキーを一つまみ。
「至福じゃ……。愛飲するお茶に美味な菓子。そして雨風をしのげる快適な環境に便利な道具。素晴らしいのじゃ」
イナリは、今までの暮らしは何だったのかというくらいの快適さを噛みしめていた。
「……いや、魔道具、生活に根付きすぎではなかろうか」
そして、現実に戻ってきた。
自身が魔王だなんだという話で完全に忘れていたが、神的視点では、欲深い人間が神殺しを狙い始める可能性を考えると、あまり魔術関係の技術が進むのはよろしくないのだ。
断じて、「魔道具って最高~!!」などと言いながらソファに横になっている場合ではないのである。
名前からしても、魔道具と魔術研究の間には関係性があるだろう。完全な推測ではあるものの、魔術研究が進んでいるからこそ魔道具が出来ているはずだ。
つまり、少し周りを見るだけで魔道具の存在が確認できるような環境は、既にそれだけ魔術研究が進んでいることの裏付けでもあると言えるだろう。
アルトやイナリの未来を考えると魔術はできるだけ発展しないでほしいところだが、現状を鑑みるに、ここから魔術の発展を抑えることは不可能だろうし、むしろ加速するまであるだろう。
というのも、イナリの権能は食糧難を解決するといった方面で強みを発揮するものだからだ。アルトもイナリに農業を起点とした文明発展を期待しているようだが、どうあがいても魔術が衰える方向に進むことは無いだろう。
あるいは、もし周辺の土地の植物の成長を抑制する力があれば、人間に脅しをかけて、逆に文明の成長を抑えることもできるかもしれないが、無い袖は振れないのだ。
それに、それはアルトの本意とは真逆であるし、そのようなことをしたら間違いなく邪神認定からの即討伐だろう。神に死の概念があるのかは知らないが。
「うーむ。ままならぬな」
直近のアルトとの通信で、イナリは特にこれに関して何かをする必要はないと結論付けられていた。
しかし将来的に人間に襲われるというのは困るし、不可視術やらも対処法が生まれてしまうかもしれないので、どうにか自身の力でもって解決策を探ろうとはしていたが、これは不可能だろう。
アルトがうまいこと良い策を見つけてくれることを祈るばかりである。
しかし、何もしないのはやはり落ち着かない。せめてアルトに人間が何をしているかを伝えるくらいの仕事はできるだろう。アルトと会話している限りだと、彼は今の地上についてほぼ何も把握していなさそうだったので、そういった情報は役に立つだろう。
「まずは……錬金術師とやらを見に行くべきかの」
リーゼによれば、イナリが持っているブラストブルーベリーに関する情報は何か彼らにとって良いものになる可能性があるらしい。
それを口実に彼らの活動する場所へと赴き、様子を見ることで何か情報が得られるかもしれない。
「全く、我が使命に加えて、魔王だのなんだのと言われておるし、魔術が発展すると面倒なことになるしで、やることが山積みじゃな」
魔王扱いされることをうまく回避するべく、リズには自身が神であることは伝えているが、アルトとの繋がりや、魔術文明に関する事柄については誰にも伝えていないし、伝えるつもりもない。そして、察されてはならない。
差し当たってはイナリが魔王扱いされていることをどうにかするのが第一優先だが、並行して人間について調べていく。これが今後の大まかな方針となるだろう。
「それにしてもあやつらは今、何をしているかの……」
イナリはクッキーをまた一つ口に運び、パーティメンバーの面々に思いを馳せた。
<エリス視点>
「なあ、魔物の数が多すぎないか?」
「うーん、聞いてはいたけど、想像してたより多いね。そこまで強いのがいないのは幸いだけど」
襲い掛かってきたトレントの幹をディルさんが両断しながら文句を言い、それにエリックさんが答えます。
ディルさんが言うように、私たちは森に入って二、三時間ほどで、普段冒険者ギルドで受ける魔物掃討系の依頼の倍以上の頻度で、トレントや動物系の魔物に襲われています。
「でも、全体的に強くなってるよね。リズ達が魔境化に巻き込まれた直後の倍くらい?」
「木の実とかが多くなってそれを食べて魔物が力をつけているとか、魔王に直接力を送り込まれているとか、色々な説があるけど、強くなっているのは確かだね」
「別動隊のパーティの方々は大丈夫でしょうか……」
この依頼はメルモートの街の等級が6以上のパーティを数多く集めており、森に入る前には五十人近くの冒険者がいました。
ほぼ全員が長いこと冒険者として活動するベテランですが、大型の魔物を短期決戦で仕留めるようなスタイルで戦うような人にはきっと辛いことでしょうし、そうでなくても常に魔物に襲われるのは気が気でないです。
さっさとこんな依頼終わらせてイナリさんの尻尾で癒されたいところですが……。
流石に毎朝リズさんにベッドから落とされるのに辟易しているでしょうし、そろそろ一緒に寝られる日も近いのではないかと思っています。
出かける前に美味しいお菓子も用意しましたので、好感度上昇間違いなしです。ふふ……。
「エリス姉さん、もしかしてイナリちゃんの事考えてる?油断しちゃダメだよ?」
「大丈夫ですよ。特に広域結界に魔物は入ってきていませんし、問題ありません」
「そう?なんかイナリちゃんの事考えてるときの顔してたから、気になったんだ」
少々意識が別の方向に向いていたことがリズさんに察知されてしまったようです。というか、私がイナリさんの事を考えてるときの顔って何なのでしょうか。
……それはさておき、広域結界、厳密には魔物感知広域結界は、特に何かを防いだりはしないのですが、その代わりに結界を通過すると方向や大きさがわかる、掃討系の作戦では欠かせない結界です。
基本的に回復術師なので、結界を専門とする結界師には腕は劣りますがね。
ともあれ、これがあるからこそ、こうしてイナリさんの事を考えていられるのです。
イナリさんは最初会った時は魔物疑惑も含めて不思議な子だと思いましたが――厳密には、今も不思議な子だと思っていますが――それも含めて可愛らしく、微笑ましいと思います。そして何より、目が離せないというか、心配でしょうがないです。
まず出会った時点で魔物疑惑がありましたし、食べたら死ぬようなキノコを食べていますし、何故か拘留されますし。
それに、神官の一人として、イナリさんには人前で神だ何だと言い出すのは本当にやめてほしいですね。何があるかわからないですし。
……それにしても、どうして魔物除けの結界に弾かれたのでしょうか?結局、未だに解決していません。
まあ、イナリさんが魔物だったら一生もののトラウマでしたでしょうし、そうではなくてよかったということにしておきましょう。
ちなみに、私がイナリさんを気にかけているのは、もちろん耳や尻尾が柔らかくて可愛いからというだけではありません。
孤児院で働く神官の方のように子供の世話をすることが夢だったものの、回復術に適性があったことから回復術師の道を歩んだせいで子供と触れ合う機会が無く、悲しく思っていたことも理由として挙げられるでしょう。
もちろん、今の冒険者としての生活が嫌だということは決してありませんが。
む、結界に魔物が反応しましたね。
「皆さん、魔物が接近しています。三体、恐らく中型の動物系です。警戒してください」
「りょうかーい!」
「わかった」
まだ、この作戦が終わるのは相当先でしょう。
「流石に暗くなってきたし野営の準備をしたいな。どこか安全そうな場所を探そう」
日が傾き、影が増えてきたところでエリックさんが提案します。
今は途中で合流したパーティと一緒に行動しているので、十人余りの人数がいます。この中では私達のパーティが一番等級が高いためか、自動的にエリックさんが指揮を執るような形になっています。エリックさんの人望もあるのかもしれませんが。
「わかりました。僕が従魔を使って辺りを探索します。少々お待ちを」
別のパーティの魔物使いの男性が鳥を飛ばして辺りを探索するようです。
私たちのパーティ、現「虹色旅団」では普段ならディルさんが偵察を担当しますが、現在のように環境が不透明な場合には彼のような職業の方が安全に活躍できるでしょう。
しばらく魔物使いの男性を中心に周辺を守っていると、彼が口を開きます。
「近くに何か……建物があるようです。近くに川もあります。人も魔物もいなさそうです」
「よし、じゃあそっちに向かおうか。方角は?」
「こちらです」
魔物使いの男性に従い、私たちは彼の示す方向へ向かいました。
そして歩くこと二分ほどすると、目的地であろう場所に到着しました。
そこには家が一軒建っていて、家の前には何か青白く光る石があり、その前には門のようなものが建てられていました。




