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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
人間の街へ

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49 硬貨と奴隷と錬金術

100pt突破、ありがとうございます!

「まず、この硬貨の価値を知りたいのじゃ。人間の経済についてはようわかっておらでな、何か、これと物品を交換するというくらいしかわかっておらんのじゃ」


「イナリさん、今まで支払いとかしたことないのですか?」


「ないのじゃ。多分知らん間にリズやらエリスやらがしておったのではないかの。それに、今までは硬貨を投げられることの方が多かったのじゃ」


 地球に居たころ、イナリの居た神社には賽銭箱があり、そこに人間が硬貨を投げ込んで手を合わせていたのを思い出しながらイナリは語った。


 なお、イナリは人間が何を祈願しているのかは全く理解していなかったので、ただそれを眺めていただけだった。当然、硬貨を使ったこともない。


「んん……。個人の過去の詮索はご法度なのですが、イナリさんの過去がすごい気になります……。まあそれはさておいて、話を戻しましょうか」


 当然、リーゼはそんな背景を知る由もないので、脳内ではイナリが大人から硬貨を投げつけられて痛がっている様子しか想像できなかった。


 イナリにその辺の事情を聞きたい気持ちをぐっとこらえて、リーゼは質問に答える。


「そうですねえ、何かいい例は……。例えば今食べているこの肉は、この街で良く売られている牛系の肉です」


「……ふむ」


 牛肉ではなく、牛「系」の肉というところが少し引っかかったが、異世界だし牛と言っても色々あるのだろうとイナリは納得した。


「これが大体一食分で銅貨二枚です。で、その銅貨百枚分の価値を持つのが銀貨一枚です。さらに銀貨百枚で金貨一枚、それが十枚で大金貨一枚です。普通に生活する分には銀貨までしかお目にかかることは無いですね」


「なるほどの。つまり我がエリスから貰った銀貨一枚と銅貨五十枚というのは……」


「ええっと、普通、子供に持たせる額ではないですね。……その、すごく大切にされていらっしゃるみたいですね」


「いや、子供ではないのじゃがな?で、この額はそんなにすごいのかや?」


「参考までに、その金額で何ができるかと言いますと、まずギルドの酒場で三食しっかり食べられます。それこそイナリさんが以前間違えて頼んでいたオムライスも二回ほど食べられます」


「その話はもう忘れさせてほしいのじゃ。というか何で知っておるのじゃ?」


 イナリは目の前にオムライスが聳え立つ光景を思い出して顔をしかめた。リーゼはその様子をよそに説明を続ける。


「あとは冒険者ギルドがおすすめしている一般的な宿でも一週間は泊まれますね。食事つきならその半分程度になりますが」


「なるほどの。一日空けるだけなのに渡される額ではなさそうじゃな……」


「そういうことですね。ですが少し安心しました」


「安心?何がじゃ?」


「イナリさんはエリックさん達に……厳密にはエリスさんに、かもしれませんけど……かなり手厚く保護されているからです。それに尊重もされているようですからね」


 リーゼが顔を少し伏せて説明を続ける。


「冒険者の中には、出先で保護した奴隷や身元不明者を蔑ろにしたりする人も少なくなくてですね……。保護して数日後に手放して路頭に迷わせたりするならまだいい方で、酷いと魔物の囮役をやらせたりと、奴隷同然の事をさせることもあるのです。冒険者ギルドとしても問題視してはいるのですが、中々無くならないのです。……ここでそんなことを言ってもどうしようもないのですがね」


「ふむ。人間はいつでも愚かということじゃな。……ところで、奴隷はこの街では禁止されているみたいなことをディルがこの前言っておったのじゃが、その辺どうなっておるのじゃ?」


 リーゼの話で出てきた奴隷について疑問に思ったイナリはそれについて尋ねた。


「禁止はされていませんよ。恐らく、強制的に命令を聞かせる首輪などを無理やりつける隷属が禁止されているということと混ざっているのではないでしょうか」


「ああ、何かそんなこと言ってた気がするのじゃ……」


「ただ、この街に奴隷を取引しているような所は無いですね。あくまでも他所から奴隷を連れてくる権力者などのために認めているというだけというのが実態で、基本的には奴隷制については反対の立場なのです。所謂裏社会では違法な奴隷が取引されているなんて噂もありますがね……。イナリさんも気を付けてくださいね?この街は治安が良い方ですが、犯罪が無いというわけはないのです」


「うむ、肝に銘じるのじゃ」


 イナリは肉をフォークで刺して口に運びながら返事を返した。


「次の質問なのじゃが、先ほど少し名前が出ておった、れんきんじゅつし?とやらは一体どういった者なのじゃ?何か、マンドラゴラが脱走したとか言ってたのは知っておるのじゃが」


「ひとまず額面な定義は、錬金術という手法で資源を創り出したり、ある素材を別の素材に転換しようとしたりといったことを研究する人たちの事ですね」


「ふむ?」


「ですが最近はもう少し広義的になってまして、魔道具や機械を作ったりする人々も錬金術師という括りになっていますね」


「ふむ、さっきの料理に使ったアレとか、この家の裏の井戸とかの事じゃな」


「そうですね。前者とはかなり系統が違うように思うかもしれませんが、根本的なところでは研究による下積みが重要になってくるという点で同じということです」


「ふーむ。さっきブラストブルーベリーの話を持ち込むと云々と言っておったじゃろ?それについて聞いても良いじゃろうか?」


「あまり錬金術周りは詳しくは無いのですが、ブラストブルーベリーを摂取するなんて恐ろしいことは、誰もやっていないと思うんですよね。基本的には火薬の代替的な位置づけの果物なので。ですから、疲労の回復の用途で非常に効果的となると、何らかの製品の開発の糸口として彼らが情報料を出してくれるのではないかなと、思ったのです」


「皆そう言うが、流石に一人くらいブラストブルーベリー食べたことある者はおると思うのじゃがな……」


「魔物ですら食べないことで有名ですからね。それに、食べた人はもれなく死亡しているために、記録上は誰も食べたことが無いということでしょう」


「結構ひどいことを言われておる気がするのじゃ……」


「コホン。ともあれですね。イナリさんがブラストブルーベリーに関する話を持ち込めば、ポーションの研究をしている人辺りが喜んでくれると思います」


「なるほどの。追々検討するとしようかの」


「それがいいと思います。もしかしたらイナリさんの収入にもつながるかもしれませんよ」


 イナリは現状金銭に対する頓着は無に等しいので、「覚えてたらやろうかな」程度の気持ちであった。


「あとは……そうじゃな。文字って、書けた方が良いじゃろうか?」


「ああ、イナリさん、独自の文字使ってましたよね……。うーん、どうでしょうか」


 イナリが日本語で署名をした書類をリーゼに手渡したとき、彼女は一瞬動揺していたのだ。


「私としては、読めれば生活上問題は無いと思います。手紙や筆談の必要性が生じたときや、契約書にサインをする事態が頻発する場合はその限りではありませんが」


「うーむ。今のところそう言った予定はないのじゃ。手紙を出す相手もおらんのじゃ」


「そ、そうですか……。もし文字を学びたい場合は、パーティの方々に聞けば教えてもらえると思いますし、私やギルドでもお助けできます。ギルドでも文字の読み書きに関するサポートはしていますからね。他にも、この街の図書館にも文字に関する本が収められています。ともあれ、イナリさんが必要性を感じたらでも、全然大丈夫ですよ」


 リーゼがイナリの返事に一瞬悲しげな表情を見せるも、すぐにイナリに色々な情報を提供してくれた。


 こうして話している間に、二人とも食事を食べ終えた。


「さて、もうすぐ休憩時間が終わりますので私はギルドに戻らないといけません……。他に聞きたいことはありますか?」


「まあ、差し当たっては無いのじゃ。あ、これ食べるかの?」


 リーゼが席を立ったところで、イナリはテーブルの端のクッキーをリーゼの前に差し出した。


「あ、では一つ頂き……え、これ、すごい高いお菓子じゃないですか」


「そうなのかや。何も考えずに食べておったのじゃが」


「これはこの量だと…銀貨三枚は堅いですね。砂糖も使われてますし、相場次第ではもっと高いかもしれません……」


「な、なんと……」


 どうやらエリスが用意してくれたお菓子は高級品であったらしい。しかしこれが彼女の財力のなせる業なのか、懐事情を無視してイナリのために用意してくれたのかで話は大きく変わってくるだろう。


 普段、イナリは「うまいものを献上せよ」などと偉そうに言っているし、地球に居たころもお供え物をたくさん食べていたのだからして、貢がれることには何の抵抗もない。


 しかしさすがに、身近な人に身を切ってまで用意されたとなると、少々気になるところがある。


「では、私はこれで失礼します。お菓子、ごちそうさまでした。もし何かあったらギルドの方へお越しください!」


 イナリの思考をよそに、リーゼはイナリに挨拶を済ませてリビングを出る。


「う、うむ。世話になったのじゃ」


 時間が押しているのか、リーゼが若干急ぎ気味で動いていたので、それを玄関まで見送った。


 そして席に戻り、再び一人になったところで席に座りクッキーをつまむ。


「……銀貨三枚の味がするのじゃ……」


 イナリは硬貨入れのコインとクッキーを交互に見て、何も考えずに十個くらい食べたのは失敗であったかと、密かに後悔した。

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