455 二倍でお得
毎朝ランティスに様子を見に来てもらう約束だったので、もちまるには一旦スライムの姿に戻らせておくことにした。
そしてしばらくすると聖騎士を連れたランティスが現れ、イナリに聖魔法を行使して結果を告げる。
「――昨日と何も変わりませんわね」
まあそうだろうな、という感想であった。今のところ、イナリを死へ誘う可能性が最も高いのは、この風邪が悪化する線である。これが治らないことには、状況の変化は見込めないだろう。
あるいは、余命宣告されなかったことを喜ぶべきなのかもしれないが……悪夢で疲弊し、すっかり儚げな雰囲気を纏うようになってしまったイナリには、そんな余裕は無かった。
獣人嫌いであろう聖騎士も、流石に今日はイナリに対して刺々しい視線を向けてくることはない。あるいは、ランティスの計らいで「そういう聖騎士」を近づけないようにしているのかもしれないが。
「私はこの後も予定がありますので、これにてお暇させていただきますわ。どうぞ、お大事になさってくださいませ」
「うむ」
用事を済ませたランティスは、それ以上雑談を交わすこともなく、最低限の問答だけして部屋を後にした。
その様子を見届けたイナリは、ぽつりとつぶやく。
「……我、面倒だと思われておるのかのう?」
「そんなことはないと思います。イナリさん、必要以上に後ろ向きなことを考える必要はありませんよ」
「そうじゃな……」
イナリはエリスに微笑んで返した。
しばらくすると、部屋にもう一人の協力者、ガーディが訪れた。
「――失礼します。 ファトラ様なんですが、今日のお昼に呪いの確認をしに来て下さるそうですっ!」
「あら、思っていたより早いですね」
「お二人の関係がいかに尊いか説明したら、二つ返事で頷いてくださいましたよ!」
「そ、そうですか」
ガーディの言葉にエリスはやや気圧されていた。
「でしたら都合がいいですね。その間に少し、外に出てきましょうかね」
「む、何か用事があるのかや……」
「ハイドラさんのところへ群青新薬を貰いに行ってこようかと」
イナリがエリスの服の裾を掴みながら問いかけると、彼女は微笑みながらイナリの手を握り返してきた。
その傍ら、ガーディが声を上げる。
「群青新薬って……巷で噂の、入手困難なウサギ印のポーションですよね? ……あれ? もしかしてそれって、偶にお見舞いに来てた、ウサギの獣人の子と関係があったりしますか?」
「そうですよ。『虹色旅団』の方で色々と縁がありまして」
「ほえぇ~……エリス様ともなると、そういう伝手もできちゃうんですねぇ……」
もっと言えば、その「群青神薬」を作ったのはイナリだし、売上の一部がイナリの懐へ入ってくるのだが。……今、イナリの貯金はいくらくらいになっているのだろうか。
イナリが己の所持金に思いを馳せていると、ガーディが疑問を口にする。
「ただ……エリス様って外、出られるんですかね?」
「と、言いますと?」
「聖騎士様たちに止められてしまうんじゃないかなぁ、と」
ガーディは頬をかき、言いづらそうにしつつも続ける。
「ほら、お二人って数日間ここに幽閉状態だったじゃないですか。『時詠みの聖女』様のおかげで厳戒態勢は解かれましたけど……多分、まだ納得していない聖騎士様も居ますよ」
「確かに……そうなると厄介ですね」
ガーディの言葉で思い出すのは、昨日ランティスの傍に控えていた聖騎士――確か、フリンジとか言ったか。
あの男はまさに、ランティスの決定に納得していない聖騎士の典型だろう。彼はあくまで獣人嫌いの立場ではあろうが、イナリを助けようとするエリスに対しても、良い感情を抱いているとは考えにくい。
「いくらイナリさんに対する愛の力が無敵だと言っても、それが聖騎士に理解できるかは定かではありません」
「そうですよね……」
エリスとガーディが共鳴し合う一方、愛の力とやらを理解できないイナリは「この人たち何言ってるんだろう?」としか思えなかった。何だか違う意味で頭が痛くなりそうだ。
「とはいえ、ここで悩んでいても仕方なさそうですね。一回試してきますので、少しの間イナリさんをお任せしてもよろしいですか?」
「はい、任せてくださいっ!」
「イナリさんも、少し待っていてくださいね」
「うむ」
イナリはガーディと共に、意気揚々と部屋を出ていったエリスを見送った。
「――ダメそうですね」
そして、五分そこらで戻ってきた。
「途中まではよかったんですが、出入口付近に近づいた瞬間声を掛けられて、露骨に牽制されました。挙句、『今は大変なあの子の傍に居てあげてください』と。……なんだか気を遣っている風ですけど、単に私を外に行きづらくしているだけですね、あれは」
戻ってきたエリスはわかりやすく不機嫌になっていた。それに、話を聞く限り、イナリをよく思っていない聖騎士は一人や二人ではないのかもしれない。
やはり、ランティスを気絶させたことで、聖騎士たちのイナリに対する印象は本当に悪くなっているようだ。
よくよく考えれば、ランティスが放っておけば聖騎士がイナリを殺害していた可能性があったのだ。聖騎士の「時詠みの聖女」に対する想いは、人望というか、もはや信奉、崇拝の域なのかもしれない。
「ともあれ、エリスよ……手間をかけさせてしまったのう」
「いえ。イナリさんが謝ることはないです」
エリスは椅子に座ると、イナリが被っている毛布の上に顔を埋めた。
「となると、私がエリス様の代わりに行ったほうが良さそうですかね?」
「そうですね……」
自身を指さして尋ねたガーディにエリスが頷く。直後、イナリの頭に陣取っていたもちまるが器用に文字盤を持ち上げ、イナリの腹の上に飛び跳ねて移動した。
「あれ、もちまるちゃん、どうしたんですか。もしかして、ごはんですか?」
ガーディはかなりもちまるを気に入っているようで、いつからか「ちゃん」付けして可愛がるようになっていた。もちまる側もそれなりに懐いている……はずだ。
そんなガーディの一段高い声色の言葉に、もちまるは文字盤の「いいえ」をぺたりと叩く。
『わがはいも てつだう』
「手伝うって……もちまるちゃんがですか?」
『れんしゅう したい』
「……まさか、あの形態でガーディに着いて行こうとしておるのか」
『はい』
「あの形態、というのは?」
首を傾げるガーディをよそに、イナリとエリスは顔を見合わせ、頷きあった。
「もちまるよ、見せてやるのじゃ」
そう指示を出すと、もちまるはイナリの腹から飛び降り、もごもごと膨れ上がってイナリの姿に変化した。真っ白で簡素な服も含め、今のイナリと瓜二つの姿である。
「ガーディよ、紹介するのじゃ。我じゃ」
「違います。もちまるです」
熱に苦しみつつ渾身の冗談をかましたイナリに対し、エリスがすかさず訂正した。
「え、ええっと? もちまるちゃんがイナリさんになって? イナリさんはもちまるさんってことで……え? つまりイナリさんは誰なんですか??」
ガーディは目を回して混乱していた。まあ、イナリ本人ですら困惑したのだから、そういう反応にもなるだろう。
「ガーディさん、落ち着いてください。イナリさんはイナリさん、もちまるはもちまるです」
「そ、そうですよね? すみません、突然のことでビックリしちゃいました……」
エリスの訂正をガーディが飲み込んだ直後、もちまるが手に持っていた文字盤を机に置き、イナリのベッドの隣に潜り込んで並んだ。傍から見れば、二人のイナリが並んで寝ている状態である。
果たして、二人はどちらが本物か見分けられるのだろうか。イナリは黙って二人の反応を観察する。
「ぜ、全然見分けがつかないです……!」
「私にはわかりますよ。今、私を見ている方がイナリさんです」
「……正解じゃ」
迷う素振りも見せず断言してみせたエリスに、イナリは毛布の下で尻尾を揺らしながら頷いた。
「それはそれとして、一回間に挟まってみてもいいですか? 二人のイナリさんに挟まれたらどんな感じか、ちょっと試してみたくて」
「……熱が下がったらの」
エリスは色々な意味でいつも通りであった。




