451 引き金探し
ランティスの口からイナリの運命が告げられてしまった以上、もはや誤魔化すことは不可能であった。
出来れば心配をかけずに内々で済ませるのが一番だったのだが、仕方があるまい。イナリは観念して、ランティスと共に一連の流れを説明した。
「そんな、イナリさんが……どうして……」
「我も心当たりが無さすぎてのう。我らで考えて、不安の種を潰していくほかあるまいな」
ランティスもイナリも普通ではない地位に居るので、比較的一般人枠のエリスも事情を知ったのはある意味よかったことなのかもしれない。
まあ、エリス当人は顔面蒼白で、腕に抱いているイナリを離さないように必死な様子だが。
そんな様子を眺めつつ、ランティスは腕を組み、念押しするように告げる。
「『我らで』とは言いますが……私はあくまで仕事としてここに来ておりますから、付きっきりになるわけにはいきません。せいぜい一日一回、十分程度の面会が関の山でしょう。あまり関わりすぎると、また不興を買いかねませんもの」
「ふむ。聖騎士というのは、随分とお主を慕っておるようじゃの」
「ええ。普段はあらゆる危機を事前に遠ざけて下さる、非常に頼れる方々ですのよ」
「その理屈だと、我は排除されるべき危機というわけじゃの」
「実際、私は酷い目に遭いましたからね。忘れたとは言わせませんわよ?」
「……まあ、何じゃ。その節はすまなかったのう」
「……」
半ば開き直るように平謝りしたイナリを、ランティスは黙って見ていた。この顔は恐らく、禁言に抵触する何かを言おうとしたのだろう。
ランティスはしばらく不自然な間を置いた後、一つ息をついてぱんと手を鳴らす。
「ひとまず、こうしましょう。少なくとも二日以上は猶予がありそうですから、お二方で色々と案を出して、対策をなさってください。私は毎朝ここに来て、死の『可能性』に変化があったか確認しに来ます」
「ふむ……わかったのじゃ。エリスもそれでよいか?」
「はい。イナリさんは、私が絶対に守り抜きます」
「では決まりですわね。私は今日のところは失礼いたします。また明日、お会いいたしましょう」
ランティスはそう言い残すと、ひらひらとした服を靡かせながら、イナリの寝室を後にした。
「さて、どこから考えたものか」
「ひとまず、思いついたものを書き出してみましょうか」
エリスが懐から手帳を取り出し、二人で見られるように枕元に広げる。その上にはもちまるも控えており、文字盤を叩く準備もばっちりなようだ。
……三人寄れば文殊の知恵というが、いくら賢いと言っても、スライムを一人に数えられるのかは議論の余地がありそうだ。
「まず確定で懸念すべきものは聖騎士でしょうね」
エリスが手帳に「聖騎士」とペンを走らせる。
「ランティスの言が正しければ、我を殺る気満々だったみたいじゃしな」
そして、今後も不興を買えば剣を抜かれる危険があるのだから堪ったものではない。
「……まさかとは思うが、聖騎士の機嫌を取り続けねばならないなんてことはあるまいな?我、嫌じゃぞ?」
「私も、イナリさんが聖騎士に媚びているところは想像したくないですが……『時詠みの聖女』様に対して変なことをしなければ大丈夫だと思います。それか――」
エリスはイナリを見て続ける。
「――正体がバレたりしなければ」
「そっちもあったのう……」
いつだかエリスが説明してくれていたが、アルト教の世界観を大きく揺るがすことをすると聖騎士が飛んでくるというような話をしていた。
細かいところは地域差があったり、厳密な線引きが無いのが中々に不穏ではあるが、少なくともこの教会を警護している聖騎士は「お堅い」側の人種だ。イナリが「我神なんじゃよな~」とか言えば、あっという間にイナリ串が出来上がることだろう。
アリシアは上手く言いくるめて、ランティスは能力を逆に利用して無力化したが、それは相手が個人だったからこそ成立した話だ。聖騎士のような団体に対して同じような手法でやり過ごすのは、かなり無理がある。
「しかしウィルディアでもあるまいし、我が神とわかるほどの能があるとは思えんのじゃ」
「ひとまず、注意しつつ生活するようにしましょう。他には何がありますかね?」
エリスが手帳に文字を書き込みながら続ける。だがベッドの上で暮らしてばかりのイナリが出せる考えなど限られている。
「うーむ……部外者が乗り込んでくるとか?」
「聖騎士や神官の目を搔い潜って教会に侵入し、わざわざ病人の部屋に来て、イナリさんを暗殺するってことですか?」
「……命を狙われる心当たりもないし、無理があるのう」
「ええ、別に金目のものがあるってわけでもありませんし、イナリさんに変な目を向ける輩は全部排除してますからね」
「じゃよなぁ……ん?今なんか――」
「――他に、何かありますか?」
しれっとすごいことを言っていた気がするが、ペンを動かす手を止めて謎の圧を放つエリスを前に、イナリは言葉を飲み込んだ。
「神官はどうじゃろか。ほら、我、以前皆を勘違いさせてしまったじゃろ?」
「嫉妬や逆恨みですか。うーん……一つの可能性として考えるべきではありますね。あるとすれば、食事に何か仕込まれるとかでしょうか」
「なんと。我の数少ない楽しみである食事さえ、満足に楽しめなくなってしまうのかや?」
「私が毒見をしましょう」
以前、魔術師の男は「神官は誰もが異端を排除する技術を教わる」と言っていたが……その中に暗殺術の類も含まれていないことを祈るばかりである。
こうしてエリスが手帳にどんどん考えを書き込んでいき、あっという間にページが埋まってしまった。
「……この調子では、全てを疑わねばならなくなりそうじゃのう」
「イナリさんを守るためには仕方がないことです。……しかし、信頼できる人が少なすぎますね。外からエリックさん達を呼ぶこともできませんし……」
「我が信頼できそうなのは、お主にもちまる、ランティス……あとはガーディ辺りも頼って良いかもしれぬか?」
「確かに、ガーディさんは私達に対する理解もありますしね。それにアリシアさんも……あっでも、最近ちょっと怖いんでしたっけ」
「うむ。……まさか、アリシアも警戒する必要があるのかの?」
「イナリさんがそう思うなら、そうして頂いた方がいいでしょうね。不審な点があったらすぐに教えてください」
エリスが手帳にアリシアの名前を記した。きっと友人を疑うのは辛いだろう。そのペンを走らせる手は、やや重く見えた。
「そうなると、頼れるのは三人と一スライム、しかもまともに動けるのは二人だけ、と。……割と詰んでおらぬか?」
ランティスは対策をするようにと言っていたが、イナリができる対策などたかが知れている。実質的に一番働かないといけないのはエリスになるはずで、その負担が大きいことも想像に難くない。
「いざというときはイナリさんを抱えて逃げます。大丈夫です!私は強いですから、聖騎士からもきっと逃げられます!」
エリスは自信ありげに意気込む。確かにエリスの本職は回復術師だが冒険者としても一流で、聖騎士とはいい勝負ができるのかもしれない。だが――。
「……我は、エリスには無理をしてほしくないのじゃ」
イナリはエリスの服をきゅっとつまみながら、ぽつりとつぶやいた。
「お主が森で洗脳されて大変なことになったとき、我はかなり焦燥したのじゃ。お主に万が一のことがあったらと思うと……不安で仕方なかったのじゃ」
イナリはベッドに体を預け、上目遣いにエリスを見て、にへらと笑う。
「今になってわかったのじゃ。お主がいつも我を心配する気持ちは、こういうものだったのじゃな。お主はよく、何を犠牲にしても我を優先しようとするが……お主のことも、大切にしてほしいのじゃ」
「イナリさん……わかりました」
エリスはイナリを強く抱きしめ、目と鼻の距離まで顔を寄せる。エリスの青い瞳に、イナリの紅い瞳が映って混ざる。
「気持ちを伝えてくれて、ありがとうございます。とても嬉しかったです。これからはイナリさん第一ではなく、私達第一に考えることにします。私だって、イナリさんを悲しませたくはありませんからね」
「うむ」
二人はしばらく見つめ合い、くすりと笑い合った。
「くふふ、らしくないことを言ってしまったからかのう?何だか体が熱いのじゃ」
「ふふ、お顔が真っ赤ですね。こんなに熱くなっちゃって……ん?なんか、本当に熱くないですか?」
「んぅ……?」
和やかな空気から一変、エリスは慌てた様子でイナリの身体をぺたぺたと触り、蒼白になる。
「イナリさん、熱が出てるじゃないですか!?」
「ほえ……?」
「大変です!すぐに看病用の道具を持ってこないと」
言われてみれば、少し体が怠いような気がする。とろんとした目をしたイナリを前に、エリスは慌ててベッドから身を起こす。
すると途端にベッドが広くなり、イナリの心に形容しがたい寂しさが生まれる。その心理は内に留めることができず、するりと口から漏れ出てゆく。
「いかないでほしいのじゃ……」
「っ!……三十秒くらいで戻りますから」
「……わかったのじゃ。三十秒だけじゃぞ?」
イナリの言葉を聞いたエリスは、凄まじい勢いで部屋を飛び出していった。




