450 X日後に死ぬ狐
イナリはしばしランティスの言葉を脳内で処理する。この聖女は今、このままだと死ぬと言ったのか?
「……ま、まったくつまらん冗談じゃ。確かにお主を多少酷い目に遭わせたりもしたが、そんな縁起でもないことを言うでないのじゃ。我、仮にも病人ぞ?」
「いえ、冗談ではございません」
「……ほんとうに?」
「はい」
「見間違いとかでもなく?」
「はい」
イナリが幼気な子供のように問いかければ、ランティスは間髪入れずに頷き、言い聞かせるように言い直す。
「『時詠みの聖女』として改めてお伝えいたしますわ。貴方はこのままだと……何らかの理由で死亡します」
ランティスの言葉を咀嚼したイナリは、頭を押さえつつ口を開いた。
「……我は、予言の類は世迷言と思うておる。……が、聖女として我に進言するというのなら、一考くらいはするのじゃ」
実のところ、イナリが一番に感じたのは恐怖ではなく困惑だった。
というのも、これまで死はおろか、怪我とも縁が無い暮らしをしていた――この世界でだって、せいぜいトレントに切られて少し出血した程度だ。
それが急に「近々死にます」と死相を突き付けられたところで、実感が伴わないのも無理はないことだ。
「で、お主のその……予言とでも言っておこうかの。それは確定事項なのかや?」
ひとまずここは気にすべき点だ。変えられる運命なのかどうかで、死を回避するために頑張るか、辞世の句を詠むかが変わってくるのだ。
そんなイナリの問いに、ランティスは首を振る。
「あくまでこのままであれば、という話です。持病や寿命などでなければ、行動次第で死の可能性を回避できますわ。……一応お尋ねしますが、寿命が近かったりしますの?」
「失敬な。我は見ての通り健康そのものじゃぞ!」
イナリはベッドに横になったまま、最大限胸を張って告げた。しかしランティスの反応は芳しくない。
「一般的に、病衣を着ている方は健康とは言えませんわ。今の貴方、力を取り戻すために療養中なのですわよね?」
「……我はすでに、お主に過去を見せたことを後悔しておるのじゃ」
「奇遇ですわね。私もあなたの記憶を無かったことにしたいですわ」
イナリ側の事情を知ったのだから色々やりやすくなるのかと思えば、そうとも限らないらしい。
あるいは、これがエリスならもっと円滑に……とも思いかけたが、いや、イナリが死ぬ可能性を前に正気を保っていられる保証がないだろう。結局ダメそうである。
「して、猶予は何日じゃ?」
「そうですわね……おそらく明日でしょうか」
「明日!?」
あまりに近すぎる期限にイナリは声を上げた。いくら死を回避できると言ったって、一日できることなどたかが知れている。それこそ辞世の句の準備をするとか。
「先にも言うたが、我は健康じゃし、この後容態が急変するようなこともなかろう。賊が侵入するとか、そういう線なのではないか?」
「賊、ですの?」
普段ならば特段懸念しなくていい線なのだが、今のイナリは神の力を失っているので、普通の人間と変わらない耐久力になっている。試す気はないが、ブラストブルーベリーを食べれば頭が吹き飛ぶし、毒を摂ればちゃんと効くだろう。死の危険があるとすれば、その辺りの線を懸念すべきだ。
「……例えば、先ほどお主が外へやった聖騎士じゃ。あやつが我を害さない保証はあるかや?」
「そんなことは……あっ」
イナリの指摘にランティスが声を上げる。
「私、聖騎士の皆様に無事を知らせていませんでしたわ!」
「……それが原因なのかや?」
「一見獣人である貴方が私にした事を考えると、聖騎士が報復する可能性も大いにありますわ。私が目覚めたことを知らない方もいらっしゃるでしょうし……私、皆様に無事を知らせて参りますわね!」
そう言うと、ランティスはバネのように巻いた金髪を揺らしながら、どたばたと部屋を後にした。
「……聖騎士、血の気が多すぎじゃろ」
あるいは獣人の命が軽いのかもしれないが、いずれにせよ問題が起きる可能性が高いのであれば、今後は関わらないでおくのが吉かもしれない。
イナリが呟くと、壁と枕の間に挟まって大人しくしていたもちまるが、文字盤に体当たりしていた。
『わがはい あるじ まもる』
「くふふ、そうかそうか。お主は愛い奴じゃのう。いざというときは頼りにさせてもらうのじゃ。……というか、お主は居ても大丈夫だったのじゃな?」
ランティスが平然としている辺り、禁言は魔物には適用されないのかもしれない。あるいは、もちまるが禁言に抵触するような内容を理解できていない可能性もあるが。
枕元のもちまるを愛でていると、困惑した様子のエリスが部屋へと戻ってきた。
「――イナリさん。『時詠みの聖女』様が慌てて走って行かれましたが、何かあったのですか?」
……流石に「もしかしたら明日死ぬかもしれなかったらしい」と言うのは拙いだろう。ランティスが対処すれば済む話だからと、ここは適当に濁しておくことにした。
「うむ。簡単に言うと、聖騎士が暴走するかもしれないとのことでの」
「物騒ですね。最近の聖騎士の方々は、ナイア周辺での獣人との戦いも相まってピリピリしているのかもしれませんね……」
「我も迷惑しておるのじゃ」
「さっきの方、イナリさんを睨んでいましたもんね。信じられません!こんなに可愛らしいいきものを怖がらせて、良心が痛まないのでしょうか?」
エリスはイナリの頬をもちもちと揉みつつ、ぷりぷりと怒っていた。
こうしてしばらくの間、神官が狐を揉み、その狐がスライムを揉む、奇妙な空間が誕生した。
しばらくすると、見るからに疲労困憊のランティスが戻ってきた。
「ぜえ、はあ……み、皆さんに無事をお伝えしてきましたわ。これで、大丈夫だと思いますわ……」
「うむ。では、改めて見てみるのじゃ」
「そうですわね……」
ランティスは目元に手を当て、またイナリを凝視する。
「どうじゃ。もう我に危険が迫ってはおらんじゃろう?」
「……ぇ」
「……何じゃその反応は?」
顔を青くして震えるランティスに、イナリは困惑する。そして、イナリを抱きしめていたエリスもまた声を上げる。
「あの、なんのお話をされているのですか?危険というのは……」
「ん?あ、ああいや、別に大した話ではないのじゃが――」
拙い。エリスがいる状態でこの話をしたのは非常に拙かった。
イナリは慌てて取り繕おうとしたが、ランティスの声がそれを遮る。
「――貴方の運命は変わりました。それは間違いありませんわ。やはり、聖騎士が暴走し、行動を起こしかねなかったのでしょう」
「ほう!それは良かったのじゃ。ではもう、我は安全なのじゃな!」
「それが……」
「いやあ、よかったのじゃ!めでたしめでたしじゃ!」
どうにも含みのある言い方、というか「それが」とか言っている時点でもう碌な言葉が続かなそうだが、イナリは気付かないフリをした。
しかし、そんなイナリの意図が伝わるはずもなく、無慈悲にランティスは言葉を続ける。
「貴方は……やはり、近日中に死亡しますわ」
「??????」
ランティスの言葉に、イナリの脳内は疑問符で埋め尽くされた。
「え?イナリさんが……死ぬ……?」
そして、イナリを抱き枕にしていたエリスもまた、ランティスの言葉を呆然と受け止めていた。
イナリの死亡フラグは、まだ折れていないらしい。
明けましておめでとうございます!
新年の頭から死の宣告を受けている「豊穣神イナリの受難」、今年もよろしくお願いいたします。
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