447 禁言
「大変見苦しいところをお見せしましたわ」
「本当にの」
しばらくして、幾らか冷静さを取り戻して赤面したランティスの言葉をイナリは肯定した。そのイナリの頭を撫でつつ、エリスが口を開く。
「ランティス様。私はたくさんイナリさんと過ごして、秘密を共有した関係なのです。だからこそ、私の一存で見せていいとお答えすることはできません。どうかご理解下さい」
「……そう、ですわね。聖女の権力を振りかざしてまで見たいとは、お、思いませんわ。ええ、まったく……これっぽっちも……」
その割にはかなり心が揺らいでいそうだが、ひとまず言質は取れたとみてよさそうだ。
「イナリさんにも心配をかけてしまいましたね」
「んや、別にちっとも心配しておらんかったけども、たまたまああなっていた状況を知ってしまった以上は介入せざるを得なかっただけじゃし。お主がいつも我の事をお主のもの扱いしておるのじゃから?我がお主を我のものとしてみなすのも道理というか?それはそうとリズが改造した車いすの性能を試す良い契機だとすら思っておったし、何も気にしておらぬし安堵もしておらぬが、まあお主から見て我が焦燥していたように見えておったのなら、それはまあ仕方ないことかもしれぬか」
「すみません、早口すぎて何言ってるか全然聞き取れません」
「とにかく!ちょっとしか心配してなかったのじゃ!」
「ふふ、ちょっとでも心配してくださったのですね」
「それはまあ、そうであろ……」
イナリは己を抱きしめるエリスに身を委ねた。他の「虹色旅団」の面々やランティスの視線などそっちのけである。
「ですが、よかったのでしょうか。その……色々と準備していたじゃないですか」
「ん?ああ。多分大丈夫じゃろ」
エリスの婉曲的な問いにイナリは肯いた。
これは要するに、イナリがランティス――「時詠みの聖女」の前に姿を現してしまってよかったのか、という意味だろう。そう解釈してイナリは頷いて返す。
実際のところ、ここに来るまではエリスのことしか頭に無かったし、ほぼほぼ「なるようになれ」と思いながら来ていた部分はある。
だが冷静に分析してみれば、実際何とかなりそうだというのがイナリの所感であった。
そも、イナリはランティスの魔法を「過去を読んで未来を知る」類のものと推測していた。
しかし先ほどのエリスを巡るやりとりを踏まえれば、過去を知るには直接触れる必要があり、未来……ランティスが言うところの可能性を知る方法はまた別であると見るべきだ。
幸い、イナリが見られて困るのは過去だけだ。つまり、究極的には接触さえしなければどうとでもなるが――。
「我は、むしろ過去を見せるのもアリなのではないかと思うておる」
「え?」
イナリの言葉に「虹色旅団」の面々が驚愕する。実際、最初と真逆の事を言い出しているのだから無理もないだろう。
「イナリちゃん、それはちゃんと考えてるんだよね……?」
「勿論じゃ、我はかしこいからの」
「不安だ……」
イナリはしたり顔をしながらこめかみを指で叩いた。周囲の空気からして全く信用されていなさそうだが、話は続けるしかない。
「ランティスよ、お主の禁言についていくつか聞きたいのじゃ」
「何でしょう?」
イナリの態度に期待を見出したのか、ランティスは若干食い気味に反応する。
「ある者の過去を知れば、必然的にその者と関わりが深い他者の過去にも触れることになろう。それはどうなるのじゃ?」
「勿論、それも禁言の対象になりますわ。制約の穴を突くようなことはできないようになっておりますの」
つまり、エリスの過去を経由して知ったイナリに関する過去も話せないということだろう。
「第三者がお主に何らかの質問をすることで、お主が知った過去を第三者が知る可能性はあるかの?」
「あまりに直接的なものは禁言が発動しますわ。それに、そういった質問にはそもそも答えないようにしておりますの。消去法で判断できたりしてしまうのは、私としても不本意ですから」
「ふむ」
ランティスの返答にイナリは相槌を打つ。
一部は本人の意思で縛っているようだが、原理上、この世に存在するあらゆる料理の名を挙げて、昨晩何を食べたのか特定するようなことはできそうだ。勿論、こんな不毛なことをする者も居ないだろうが……。
ともかく、イナリは一つ、禁言に関するある推測を口にすることにした。
「察するにお主、一度過去を知った者に関連することは、ほぼ何も語れなくなるのではないか?」
「……さて、どうでしょう」
「我は少し疑問に思っていたことがあっての」
すまし顔で答えたランティスに、イナリは前置きして続ける。
「もし過去を知る力があるのなら、あらゆる事件の解決に引っ張りだこになるはずじゃ。しかし、お主にはいくつも逸話があるというのに、事件を解決したような話は一つも無いように見える。それは、お主の禁言のせいではないか?」
「それは私の身体が一つしかないからですわ。私はアルト神に遣える聖女ではありますが、所詮は人の身。不本意ではありますが、手の届く範囲にも限度がありますの」
「なるほどのう」
実際、ランティスの逸話全てを知っているわけではないし、半分くらいは鎌をかけただけだが、上手く躱されてしまったようだ。
イナリは一旦切り口を変えて攻めることにする。
「それはそうと、お主の力は物に対しても有効と聞いたのじゃ。それはどうなのじゃ?」
「ええ。でも過去を見るのが限界で、可能性を見出すことはできませんの」
「禁言はどうなるのじゃ?」
「勿論、発動しませんわ。人じゃありませんもの」
「例えば、お主が過去を見た人物に縁のある物だった場合はどうじゃ?」
「……その場合は、言及できなくなりますわね」
「そうか」
この辺りは概ね予想通りである。やはり、禁言の範囲はかなり広くとられると見ていいだろう。
「過去を知られることを恐れる方はたまにいますが、貴方ほど慎重な方は初めてですわ。いいですこと?先ほども申しました通り、私は制約の穴を突くような真似はしませんの。ですから、安心して過去を見せて頂いて構いませんわ」
「最後に一つよいかの?」
「し、しつこいですわね……何ですの?」
ランティスは辟易とした表情でイナリを見る。別に初めから気にしていないが、彼女の中でイナリの好感度はかなり低くなっているだろう。
「世の中には、エルフやドワーフなどの人間より寿命が長い種族が居るじゃろ?当然過去も長くなると思うのじゃが、それでお主に負荷は掛かるかの?」
「ああ、それでしたらお構いなく。数百年程度なら大して魔法の行使に支障はありませんわ。……なぜ、この状況でそんなことを聞かれるのかわかりかねますが」
「ああいや、万が一お主の頭が破裂したりしたら困るからの」
「なんてことを考えておりますの!?」
物騒なことを告げるイナリに、ランティスは声を上げた。
「まったく、貴方がたはこの獣人にどんな教育を施しておりまして?」
「うちの狐がすみませんね。後で礼儀をちゃんと教えておくんで……」
ランティスに平謝りするディルのことは放っておいて、イナリは熟考する。流石に不安を覚えたのか、イナリの尻尾を撫でていたエリスも声を上げる。
「あの、イナリさん。私を心配して下さる気持ちは嬉しいですが、そんな細かいところまで詰めて何の意味が――」
「うむ、決めたのじゃ」
イナリはエリスの言葉を遮り、ランティスに向けて手を差し出した。
「お主、我の過去を見るがよい」
「えっ」
「……貴方の過去を見て何になるんですの?」
イナリの言葉に、部屋にいる全員が困惑の声を上げた。




