446 ちょっとだけ、ちょっとだけですわ!!
「――いいから触らせなさいませ!さあ!」
「や、やめてください!何なんですか急に!?せめて説明を、説明をしてください!!」
エリスに触れたい「時詠みの聖女」改めランティスは、もはや聖女としての体裁をかなぐり捨ててエリスに迫っていた。
一方のエリスは、イナリが普段使っている毛布にくるまって身を隠し、まるで新種のスライムかのようにもぞもぞ動いて抵抗していた。
「――そこまでじゃぁ!!」
そんな混沌とした現場に、新たな混乱要素が追加された――それは勿論、イナリである。
その後ろには、車いすを「操縦」していたリズと、それに脚力だけで追いついてきた怪物たち……エリックとディルの姿がある。高等級の冒険者の本気は伊達ではない。
そう、アースと共にエリスの危機を察知したイナリは、魂が抜けるような気分に陥ったのも束の間、アースに軽く別れの挨拶をして、「虹色旅団」の面々に声を掛け、真っすぐに教会へと戻ってきたのである。
ランティスと会うことを避けるために外出したイナリが、その努力を無に帰すことになると理解してなお、戻ってきたのである。
「へへ、まさかこの車いすの性能をフルに活かす時が来るなんてね……」
「先行して道を開いてくれたエリックに、あとで感謝しておけよ」
「久々に本気で動くのが、街の人たちに道を開けてもらうためだとはね……」
「お主ら、本当に感謝するのじゃ」
協力してくれた面々に感謝の言葉を掛けつつ、イナリは正面を見る。
エリスは見たところまだ何もされていないようだし、間に合ったと思っていいだろう。ただ、それでも直接確認したいと思った。
「エリスよ、無事かや?」
「イナリさん!ど、どうしてここに……!?」
「そんなの、お主が『時詠みの聖女』に迫られておると知って駆け付けたに決まっておろう!」
「チッ、邪魔が入りましたわね!」
イナリの言葉に、ランティスが舌打ちをする。
「……なあ、完全に悪人みたいな言動してるアレが、伝説の聖女なんだよな……?」
「ちょっと……話に聞いていたよりも愉快な方みたいだね」
「そこ、聞こえておりますわよ!」
ディルとエリックの言葉を耳にした「アレ」ことランティスは、先ほどまでの粗暴な佇まいが嘘かのように優雅に一同の前に立ち、一礼する。
「私の名前はランティス――巷では『時詠みの聖女』と呼ばれております。私の細やかな力で迷える人々を導くことこそ、私の至上の喜びであり、務めでもありますの」
白くドレスに近い形状の神官服に身を包み、長くツヤのある金髪は、ぐるぐるとバネのような形状で頭の両端にまとめられている。白く傷の無い肌や、黄昏時の空のような紫色の瞳、どこをとっても高貴さを感じさせる少女であった。
その様子は、さながらどこかの国の姫かのようだ。尤も、先ほどまでの醜態を見る前であればの話だが。
「急に落ち着かれると怖えな」
あのディルですら恐れをなすというのだから、それはもう相当なものだろう。
「で?その高尚な聖女とやらが、何故エリスを襲っておるのじゃ?」
「それは勿論、このお方は過去に類を見ないほどの可能性を秘めていらっしゃるからですわ!過去を見れば、その秘密がわかるかもしれませんのよ!」
「先ほどからずっと可能性可能性って、この人怖いんですよぉ……!」
エリスがこれまでに聞いたことが無いような困惑の声を上げている。
「……何じゃ、エリスに一目惚れして迫っていたとか、そういうわけではないのかや?」
「そんなはしたないことはしませんわ。私、時間をかけて想いを重ねたいタイプですの」
「そうか……」
ランティスの趣向はどうでもいいとして、イナリはひとまず安堵した。少なくとも、イナリが懸念していたような事態が起こる余地は全く無かったと見てよさそうだ。
「……では、仮にエリスがお主の期待するような者だったとしたら、どうするつもりじゃ?」
「それは勿論、私の拠点へお招きして可能性の探求をさせて頂きますわ。当然、衣食住、全てにおいて満足のいく待遇を保証いたしますし……その上で、この方の望む最上の可能性を実現するお手伝いをするとお約束いたしましょう」
「気に食わんのう」
「はい?」
イナリの呟きにランティスが怪訝な声を上げる。だからこそ、イナリは良く聞こえるように言い直す。
「気に食わんと、言ったのじゃ」
「な、何を……」
「それでエリスが頷くと決めつけて疑わない、お主のその態度が気に食わぬ」
イナリはリズに手で合図し、車いすをエリスの傍まで運んでもらい、毛布の隙間からエリスに手を伸ばす。毛布の中は見えないが、エリスがその手をしっかり掴み返す。
「エリスは意思のある存在であって、お主の実験のための材料ではないのじゃ。だからこそ、エリスの意思すら無視して全てを進めようとするその態度は、気に食わぬ」
イナリが真っ直ぐにランティスに向けて告げると、彼女はしばし狼狽えた後、しゅんと項垂れる。
「……それは確かにそうですわね。少々、事を急ぎ過ぎましたわ。獣人なのに、随分と豊かな心をお持ちなのですね」
「余計なお世話じゃ」
イナリは尻尾を振りながらランティスの言葉を突っぱねた。
「あと、お主は周囲から求められて感覚が麻痺しておるのかも知れぬが、誰もが過去を読み取られて喜ぶとは思わぬ事じゃ。相手が嫌がることをしておいて、何が聖女か」
「い、言いますわね……」
ランティスはぐぐぐと歯ぎしりする。イナリが詰めれば割とすぐに折れたアリシアとは違い、ランティスはそこそこ食い下がるタイプの聖女のようである。
「それなら、これを使ってもよろしくてよ?」
ランティスが懐から一枚のスクロールを取り出すと、すかさずリズが声を上げる。
「禁言のスクロール……」
「何じゃそれは?」
「簡単に言うと、あれに書き加えた内容を口にできなくなるっていうスクロールのことだよ」
「そこの魔術師様の仰る通りです。私はこれを、この身に刻んでおりますの。その内容は『同意なき過去の他言』……つまり、私が聖魔法を通して知った過去を、同意なしに他者に伝えることはできないのですわ」
「なら、それを持ち歩く意味はないのでは?」
エリックが指摘すると、ランティスが首を横に振る。
「いえ、意味はありますわ。残念ながら、私がこう言っても信じて頂けないこともありまして。そういう時、その都度体に刻んだスクロールを見せるだなんて、はしたないでしょう? ですから、目の前でこのスクロールを重ね掛けすることで、信用して頂いていますの」
「その点の配慮は一丁前にしておるのじゃな」
「お褒め頂き光栄ですわ」
ランティスは皮肉交じりにイナリに頭を下げた。
「……とのことじゃが。エリスよ、お主の考えに変わりはあるかの?」
「ありません」
「……どうしてかしら?」
「たとえ私にどのような未来があるとしても、私はイナリさんの傍に居る選択をするからです」
「でしたら、その中でも最も良いものを――」
「いえ、それは私が決めたいのです。最上でなくとも、私が考えて決めて選んだ未来のイナリさんと一緒に居たいのです」
「え、エリス……!」
「ですから、貴方のお話はお受けできません」
毛布から顔を覗かせたエリスが、イナリを抱きしめながらランティスを見据えて告げた。
「はぁ……貴方のお気持ちはよく理解しましたわ。それに、お二人に割って入る余地がないことも、よく理解いたしました。あるいは、お二人でご一緒に、というのは……?」
細やかな期待を込めたランティスの視線に対し、イナリはふるふると首を振った。それに呼応してエリスも拒絶の意を示す。
「まあ、そうですわよね……」
ランティスは深くため息を零し、項垂れ――そして、ベッドに倒れ込む。
「ですが、やはり可能性の探求を進展させるためにも、その過去を少し見せて頂きたいのです。先っちょだけ、先っちょだけでいいのですわ!どうか、どうか!!」
「……伝説の聖女様のこんなとこ、見たくなかった……」
ランティスの聖女らしからぬ姿に絶句したのは、一体誰の声だったのか……あるいは、この部屋にいる全員の総意だったのかもしれない。




