420 やさぐれ豊穣神 ※別視点あり
<イナリ視点>
空には暗雲が立ち込め、強風が吹き荒れる。数秒に一度の頻度で落雷し、あちこちに生えているブラストブルーベリーやテルミットペッパーによって炎が広がっていく。
「はは、もうどうにでもなったらいいのじゃ」
世界の終末のような光景を前に、この場にあった人影は全て無くなった。今この場に残っている存在は、倒壊した社の傍に座ってガン萎えしている狐少女、イナリくらいのものである。
その落ち込みようは凄まじく、木の焦げ臭い香りが体に移っていようが、強風によって自慢の長髪が荒れ放題になっていようが、全く揺らぐことがない。きっとここに豪雨が加わったとて、この心境が変わることは無いだろう。
「てっきりこうなるところまで織り込み済みなのかと思っていたわ。それを抜きにしたって、ここまで落ち込むことなの?」
「ここは我が丹精込めて整備して、初めてこの世界に我の存在を刻んだ場所なのじゃ。それがああも簡単に乗っ取られ、焼かれ、朽ちていくなど……こんな、こんな最期があってよいのか?」
イナリはアースへ向けて切に訴えた。なお、社が倒壊する決め手となった一撃がイナリ自身が生み出した落雷であるということは禁句である。
「……そんなに嫌なら私が直すこともできなくはないけれど」
「いや、それはちょっと違うんじゃよなあ」
「め、面倒くさいわね……」
やれやれこれだから創造神は、と言わんばかりにため息をつくイナリに対し、アースは僅かに顔を顰めた。
「真面目な話、建て替えるのも悪くは無いが、これもいい機会じゃ。ここは遺構にでもしておいて、別の場所へ越そうかと思うておる。場所は決めておらぬし、何をしたらいいのかもてんでわからぬ故、すぐにとはいかぬじゃろうがの」
「そ、前向きな事を考えてるなら結構よ。このままふて寝でも始めたらどうしようかと思ってたところだったわ」
「気分的にはそうしたくて堪らないがの」
イナリは皮肉るように笑って返した。
なお、平和に会話をしている二人だが、辺りは既に、何処を見ても赤い炎が見える立派な山火事状態である。かなり暑いし、普通の人間であれば呼吸困難にもなっているだろう環境だ。
果たしてこの場に居た人間の何割が脱出しただろうか。最初の落雷から今のような状態が生まれるまでに幾らか余裕はあったので、少なくとも冒険者の面々に犠牲者は出ていないと思うが。
「そろそろ例の植物も燃え尽きた頃合いじゃろう。そろそろ雨を降らすのじゃ」
イナリは意識を空に集中し、雨を降らせるために雲を弄り始めた。
<アリシア視点>
魔の森へと続く街門の前に、白い鎧に身を包んだ騎士隊が整列している。彼らはアルト教の存在を維持するための兵士、聖騎士団と呼ばれる集団だ。
神官は教会の運営や維持、布教が主な務めである一方、聖騎士団は異教徒の排除や教会関係者の護衛、魔王関連の初期調査や近隣住民の避難誘導が主な務めであるという点で異なる。部隊をまとめる隊長になるには、厳しい審査を通過しないといけないのだとか。
「――聖女様、状況をご報告いたします」
私の前に立って敬礼の姿勢を取ったのは、メルモート地区の騎士団長だ。
「約十五分程前、魔の森で活動を行っていた複数の冒険者より『魔の森』にて異変があったとの報告がございました。一部の木々が異常に巨大化し、半球状の領域を生み出したとのことです」
「『樹侵食の災厄』……ついに動き出してしまったのですね」
「……ここ数日、魔の森には異教徒が住んでいるとの噂がございました。排除に踏み切るに至る証拠が足りず、動くことができず……力不足を恥じるばかりです」
「ご尽力頂いたのですから、そう卑下なさらないでください」
騎士団長が謝ってくるが、悪いのは彼ではなく、私やこの街の上層部だ。
私は異教徒については以前イナリちゃんから聞かされていた。あの時は「気にしなくていい」と言ったが、とんでもない。私が提言して、もっと早く対応するべきだったのだ。
あるいは上層部にしても、魔王の影響に価値を見出した商人が集まって経済が活性しているからと、「樹侵食の災厄」に対する扱いを緩く見ていたのが問題だ。厳しく監視していれば、その中から異教徒の疑いがある者を見つけることができたかもしれないのに。
全く歯がゆい。アルト神の予言も、イナリちゃんの言葉もあったというのに、どうしてこうも後手後手な対応になってしまったのだろう。
そう自責の念に駆られていると、騎士団長が口を開く。
「もしかしたら『エーサン』は異教徒と関連があるのやも……失礼、徒に推測で語るべきではありませんでした」
「いえ、その可能性は十分にあるかと」
「エーサン」の謎を解明することが「樹侵食の災い」を討つことに繋がる――それがアルト神からの神託が示していたことだ。
しかし、メルモート周辺の街にも協力を得て「エーサン」について調べても、全く有力な情報は見つからず。エリスにイナリちゃんが何か知っていないか聞いても進展なし。そんな状態で今日この日が訪れてしまった。
本当はもっと、何かできることはあったのではないか?
「……後悔したところで、か」
「聖女様、何か仰いましたか?」
「いえ、独り言を。……ですがこうなると、森へ行くべきかどうかが問題ですね」
「ご心配でしたら先鋭隊を出しますが」
「そうですね、一分ほどお時間を頂いても――」
改めて神託やここ最近の動きを考え直す時間を取ろうとした直後、魔の森の方面から二人の少女が現れた。
片方はエルフの冒険者、もう片方はウサギの獣人――随分と珍しい組み合わせに加え、その小さな背に背負われているのは、私が見間違えるはずもない友人の回復術師――エリスだ。
「申し訳ございません、少しここでお待ち下さい――そこのお二方」
騎士団長に一言告げると、見失う前にエリスを運んでいる二人組に声を掛けた。
「……ん?えっ、私達ですか!?」
「申し訳ございません。驚かせてしまいましたね」
「い、いえ。ま、まさか聖女様にお声がけ頂けるなんて……え、ええと、何でしょうか!」
ウサギの少女は耳をぴんと立て、居住まいを正して返してきた。普段ならば可愛らしい仕草だ、なんて癒されていたかもしれないけれど、今はそれどころではない。
「その背に背負っている方は私の大切な友人なのです。まさか、魔王の被害に?」
「え?ええーっと……」
「毒素が強い花畑で盗賊と戦闘になり、催眠魔法を食らい、脳に強い負荷がかかってしまったと聞いている。恐らく、魔王の活動との因果関係は無い」
「そうそう、それです!で、一旦私の工房に連れて行って、ポーションを調合しようと思ってます。……あ、私、錬金術師のハイドラと申します!」
「聖女をさせて頂いています、アリシアと申します。今回は私の友人を助けてくださり、ありがとうございます」
ハイドラと名乗った少女に対し、私は深く頭を下げ、その後エリスの様態を確認する。
確かに、外傷で無いのならば一般的にはポーションの方が有効だ。……でも、私は聖女だから。
「『我らが主神よ、かの者を癒し、安らぎを齎したまえ』」
「す、すごい。流石聖女様……!」
私が回復魔法を使ったことでエリスの顔色が幾らかよくなると、ハイドラさんが感激したように声を上げる。
「念のため、ポーションの調合もお願いいたします。ところで、彼女を襲った賊についてはご存じですか?」
「えっと、そこまでは……」
「そうですか……その情報を下さった方は、今どちらに?」
私が問いかけると、耳を垂らしたハイドラさんに代わり、エルフの少女が口を開く。
「森に居る。成し遂げなければならないことがあると」
「……もしかしてですが、その方は狐の獣人ですか?」
私の問いかけに、二人は顔を合わせてからゆっくりと頷く。
その言葉に、振り返ってもう一度見た森の上空には、巨大な暗雲が立ち込めていた。




