384 護衛パーティとの合流
大変お待たせしました!
「エリスよ、いつまで服のことで悩むつもりじゃ。日が暮れるまで続けるつもりかの?」
早朝、椅子に腰かけているイナリがエリスに向けて声を掛ける。彼女はかれこれ三十分以上、ずっと衣装棚とにらみ合っている。
「す、すみません。そちらが終わるまでには決めます」
「結構前にも同じことを聞いた気がするのじゃが……まあよい、いつぞやのように好き放題着せ替えられるよりはマシじゃ。してリズよ、我の毛の方はどうじゃ。上手く染められておるかの?」
「うん、順調だよ。ほら!」
リズが鏡を持ってイナリの前に立つ。そこには栗毛の狐娘へと変身しつつあるイナリの姿があった。
「初めて会った日にも思ったけど、やっぱりイナリちゃんの髪と尻尾ってすごいよね。サラサラしてるからすごい染めやすいし、エリス姉さんが癖になる気持ちが分かっちゃうよ」
「そうでしょう。だからこそ、染めるなんて畏れ多いことはできなかったのですが」
「ま、必要なこととあらば仕方あるまいて」
イナリは苦笑しつつエリスの言葉に返した。本来髪を染める役目はエリスが担う予定だったが、直前になって色々とごね始めたので、急遽リズが代わったという経緯があった。
「しかしまあ、ある程度割り切ったつもりであったが。実際にやってみると……何だか奇妙な気分になるのう」
イナリはまじまじと己の姿を眺めつつ呟く。
身元の特定を防ぐためとはいえ、自慢の髪や尻尾を染めるほどの覚悟があったかと言われれば、否である。ましてや、こんな「どこにでも居る獣人色」みたいな色合いに身をやつすことになるとは。
数億年単位で同じ髪色で過ごしてきたものだから、普段と異なる色合いの毛が視界に映れば気になるに違いない。しばらくしたら慣れるとは思うが、既に事が済んだらすぐにでも色を戻したい気持ちでいっぱいである。
なお、幸いなことに、毛を染める際に利用した染料は簡単に落とせるものである。
曰く、染料に砕いた魔石の粉末を混ぜて何やかんやすることで簡単に色を落とせるようになっているとのことだが……とにかく、なんかいい感じの染料だということだけ覚えておけばイナリにとっては十分である。
「ところでエリス姉さん、さっきから気になってたんだけどさ。なんか、その棚の右側だけ様子がおかしくない?メイド服とかドレスとかが見えるんだけど、誰が着るのそれ」
「……? ここにあるのは全てイナリさんの服ですよ?」
「……そっか」
一体なぜそんなことを、と言わんばかりにきょとんとするエリスに対し、リズは死んだ目をしながら端的な返事を返し、イナリの毛を染める作業に戻った。
そんな過程を経て、いかにもこの街に暮らす子供のような無難な装いの栗毛の狐娘へと転身したイナリは、魔の森方面の街門へと赴いた。
そして間もなく、門の手前でたむろする冒険者の一団を認める。彼らは以前イナリが護衛訓練を行った際に知り合った冒険者パーティ、「疾風」の面々であった。
「お主らがここに居るということは、此度の件を引き受けたとみてよいかの?」
「ああ、話はエリックさんから聞いている。指名依頼を受けることができて光栄だ。今回はよろしく頼む」
「うむ」
イナリは「疾風」の代表であるダンテが差し出してきた手を握り返した。
彼らがここに居るのは、イナリ達が森へ発つ準備を進めている間に、エリックとディルに護衛役のパーティの手配を進めてもらっていたからだ。
ちなみに、彼らを選定したのはイナリである。そも、イナリとそれなりの接点を持つ冒険者が彼らくらいしかいないというのが一番大きな理由だが、加えて、先日護衛の様子を間近で見ていた分、他より信用できるというのも理由の一つである。
「さて、何か準備することはあるかの?特になければこのまま出発するつもりじゃ」
「ではまずは私の方から。エリックさんから既に聞かされているとは思いますが、私達も少し離れた位置から皆さんの後に続く予定です。……が、予期せぬ事態があった時、まず対応するのは貴方がたです。それを肝に銘じてください」
「ああ。指名を受けた以上、責任は果たさせてもらおう」
緊張した空気を纏ったエリスの言葉に、ダンテは深く頷き、そのまま親指で後方に居る男を指す。
「それに安心してほしい。何かあったときはうちのチャーリーが犠牲になる」
「まあ、それは頼もしいことですね」
エリスがおどけた様子で手を合わせて声を上げると、チャーリーが慌てて声を上げる。
「おい、勘弁してくれよ!エリスさんも真に受けないで……あ、目がマジだ。こ、殺される……」
「ふふ、私は回復術師ですよ?そんなことするわけないじゃないですか」
全く目が笑っていない笑顔を見せるエリスにチャーリーがすくみあがる。その様子を見たリズが、苦笑いしているエナと呆れて甲冑越しに目元を覆うカミラの傍に歩み寄って声を掛ける。
「ねえねえ。あのチャーリーって人、エリス姉さんに何かしたの?」
「この前イナリさんにあまりよくない質問をしたことがあったんですよ。その件で一回詰められたことがあって……」
「傍から見ていたが、あれは生半可な騎士よりよほど恐ろしい殺気を纏っていたぞ」
「あぁー……納得」
「納得できるかの?我、あやつに何かされた記憶が無いのじゃが」
よくわからないが、どうやらイナリが知らないところでエリスとチャーリーの間に何かがあったようである。
何だかモヤモヤとするが、ここは一つ、比較的エリスに口出ししやすい立場にあるイナリが助け船を出すことにしよう。
「エリスよ、その辺にしてやるのじゃ」
「イナリさん……別に何もしてませんよ?」
「そうかもしれぬが、チャーリーがお主を恐れているのは事実じゃからのう」
イナリはエリスとチャーリーの間に立ってエリスを見上げた。
「お主、先から少し刺々しい雰囲気を纏っておるのじゃ。やはり、我と離れるのは不安かの?」
「いえ……はい、そうですね」
他人の目線があることを気にしてか、エリスは一度取り繕おうとした様子を見せたが、はっきりと答え直した。イナリはその様子に微笑しつつ、胸を張って告げる。
「ならば、我とお主が常に通じ合っておることを思い出すがよい。それを踏まえて再度問おう。お主は我を信じられぬか?我が信じたこやつらを、お主は信じられぬか」
「そ、そんなことはありません!私は、私はイナリさんを、信じていますからね!」
「くふふ、ならばよいのじゃ」
イナリの言葉は、実際にエリスとの間で神託を媒介として常に通じあっているので言葉の綾ではない。
すなわち、何かあればすぐにエリスに伝え、駆け付けてもらうことができるので、思っているよりも今回の作戦の危険度は低いと言える。イナリはそれをエリスに思い出させることで、彼女の不安を拭ったというわけだ。
……が、この場でそのことを理解しているのは当事者たる二人のみである。故に、身を寄せ合って頷きあうイナリとエリスは、傍から見るとチャーリーをだしにして公衆の面前でイチャつきだしたようにしか映らなかった。
「ごめんね。あの二人、いつもこんな感じなの」
「いえ、冒険者の間ではもう有名なので大丈夫ですよ」
「それはそれで全然大丈夫じゃない気がするな」
場を繋げるために「疾風」の面々に向けて声を掛けたリズは、杖に体重を乗せてぼやいた。




