表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
豊穣神と勇者と冒険者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

338/456

337 来た、見られた、(何故か)勝った

 ある程度開けた場所で馬車を止めたイナリ一行は、焚火を囲んで親睦を深めることになった。


「改めて自己紹介を。我々は『疾風』、俺とチャーリーの組と、エナとカミラの組が合併して出来たパーティだ。俺が魔術師、チャーリーが盗賊、エナが狩人、カミラが騎士だ」


「ふむ」


 ダンテの言葉にイナリは干し肉片手に相槌を打ちつつ、「疾風」の面々に目を向けた。このパーティのメンバーのうち三人の名前は既に把握しているので、消去法でチャラい男がチャーリーなのだろう。


 それはそうと、パーティの職業構成は「虹色旅団」とは全く違う。イナリは全く見ていなかったが、戦い方も様相が異なるのであろう。


「これは興味本位の質問なのじゃが、パーティ名はどのように決めたのじゃ?」


「俺の発案だ!結成当初は『そよ風』で、等級がある程度上がったらそのたび強くしていくって感じ。どうよ、ワクワクするっしょ?」


「う、うむ?」


 距離の詰め方が急なチャーリーに、イナリは若干困惑しつつ適当に相槌を打った。そよ風が疾風になったのは分かるが、その行きつく先は何になるのだろう。台風とかだろうか?


「ともかく趣旨は理解できたし、良き名ではないかの。のう、エリックよ?」


「あはは、僕もそう思うよ……」


 悪戯心が疼いたイナリがによによとしながらエリックに問えば、彼は羞恥心を誤魔化すように苦笑した。


 その様子に僅かな満足感を感じつつ、イナリは干し肉を口に放り込む。……エリックの配慮で一口サイズにされてはいるのだが、結局嚙み切れないので延々と咀嚼することになるのは変わりない。


「ところでさ、俺からイナリちゃんに質問してもいい?」


「ひふほんひほふほひゃ」


「何て?」


「……んぐ。質問によるのじゃ。一つ、何か言うてみるがよい」


「えぇー、一つ?じゃあ好きなタイプとか――」


 チャーリーがイナリに何か問おうとした直後、隣に居たダンテが彼の後頭部を杖で殴って黙らせた。


「失礼。少々この馬鹿に説教をしたいので、時間を貰えるか」


「あ、ああうむ……。すごい音がしたが大丈夫かや」


「こいつは頑丈な奴だ。ご心配なく」


 ダンテはチャーリーを引きずって離れていった。


「のうエリックよ。あやつが言いかけておった、たいぷ?とは何じゃ」


「……エリスに聞いたらいいよ」


「ふむ?」


 エリックがここで答えない辺り、恐らく大した質問ではなかったのだろう。イナリはこのことを頭の片隅に留めておいて、思い出したら聞くくらいにすることにした。


 男二人組が移動した先をぼうっと眺めていると、重厚感のある鎧をガチャリと音を鳴らしながらカミラが声を上げる。


「イナリさん。少し聞きたいことがある」


「何じゃ?」


「貴方には姉が居るというのは本当か?」


「うむ、居るのじゃ」


「それは、黒いドレスに身を包んだ黒髪の狐獣人で間違いないか」


「そうじゃが……それがどうかしたのかや?」


 イナリが訝しみつつ問えば、カミラが隣に座って右往左往しているエナを一瞥する。何やら楽しい話というわけではなさそうだし、外見も相まって、まるで何かの尋問かのような様相である。


「カミラ、それは言わないでいいよ……?」


「それはないじゃろう。ここで話を切り上げられると、我も気になって眠れなくなりそうじゃ。我はお主らが何を話そうと怒ったりせぬから、続けるがよい」


「……エナが以前、ギルドで貴方の姉君に話しかけただけでとんでもない殺気を向けられたらしい。それからというもの、獣人が苦手になってしまったんだ」


「ほう、そのようなことが。お主、何か変な事を言うたりしたのかや」


「ふ、服を褒めただけ、だったんですけど……」


「なんと」


 イナリは絶句した。アースがこの世界で行動した時間などほんの一瞬だろうに、その短期間の間に一人の少女にトラウマを与えてしまったようである。


 尤も、殺気を向けられるというのが具体的にどういった事象なのかは定かでない。ただ、アースに威圧されたらイナリでも委縮してしまうだろうから、それに近いものだろうということで一旦理解した。


「それは随分な災難だったのう、きっとその時のあやつは虫の居所が悪かったのであろうな。……しかし、道理で妙に距離を感じるわけじゃ」


 思い返せば、エナは食事中、全くイナリと目を合わなかったし、口数も少ないように感じた。イナリが窓に張り付いたのを見て些か過剰に驚いていたのも、そういう理由なのだろう。


「ごめんなさい。普段のイナリさんがどんな方かは存じていますし、獣人さんが皆が皆、あんな風じゃないって、頭の中では分かってるんです。でもあの時を思い出すと、どうしても……」


「厳しいわけじゃな、それは仕方あるまい。……カミラと言ったか、お主、それを我に伝えてどうするつもりじゃ?」


「貴方や貴方の姉に謝罪を要求したいわけじゃない。ただ、エナの態度が不審に思われる前に説明しておくべきだと思ったんだ」


「ふむ?」


 カミラの言葉にイナリは釈然としないながらに頷いた。


 謝罪が不要というのは結構だが、代わりに克服するのに協力しろとか、そういう展開も予想していただけに、ただの報告で終わったことに肩透かしを食らったのである。


 そしてちょうど、そこにダンテとチャーリーが戻ってくる。


「イナリさん、うちの馬鹿が失礼して申し訳ない。しっかり言い聞かせたからもう大丈夫だとは思うが、もし同じようなことがあったら殴り倒してくれて構わない」


「ちょいちょい、ダンテさんよ。俺はイナリちゃんと親しくなるために質問しただけなんだから、そこまで言う必要はないっしょ?エリックさん、どう思います?」


「うーん。とりあえず、メルモートに帰ったら夜道に気を付けた方がいい、かな」


「えっ、怖いんですけど?何の話ですか!?」


「……すまない、説教はまだ足りなかったらしい」


 エリックの不穏な言葉に困惑するチャーリーに、「疾風」の面々はため息を零した。




 「疾風」とのちょっとした交流を無事に終え、イナリの護衛訓練旅は二日目を迎えた。天気は晴れ、気温は低め。貴族風の服が見た目より存外暖かくて快適である。


 辺りが明るくなるなり、イナリ達は移動を再開した。今日は昼前には折り返し地点である街に着く予定である。


「のうエリックよ、我は思うたのじゃ」


 イナリは窓に枠に肘を立て、頬杖をつきながら口を開く。


「どうしたの?」


「今のところ、旅は総じて順調じゃ。昨晩だって平和そのものだったし、日程からして、街に着くまでに何かが起こるとも思えぬ」


「ええと、一応、夜中に二回魔物の襲撃があったんだけど……?」


「……我は知らぬから、それは実質無いに等しいのじゃ」


 エリックの言葉をイナリは暴論で捻じ伏せた。


「とにかく!訓練というからには、多少の苦難はあったほうが良いのではないか?そうじゃな、例えば……ああいう連中に包囲されるとか――」


 イナリは窓の外に目をやり、偶然目に留まった獣人の集団を指さした。あまり穏やかではなさそうだなあ、などと思った直後、吠えるような大声が響く。


「――そこの馬車、今すぐ止まれ!!!」


「おお、本当に賊だったようじゃ。……へぶっ」

 

 イナリが他人事のように呟いた直後、馬車が急停車した。そしてイナリはつんのめり、エリックの腹に頭から突っ込んで直撃した。彼が装備しているプレートの鈍い音が馬車内に響く。


「い、痛いのじゃ!何なのじゃ、あやつら!!」


 イナリは八つ当たりも兼ねて声を上げた。エリックはイナリの身を起こしながら、窓の外を見て冷静に事態を分析する。


「こんなのが居るなんて情報は無かったから、他所から流れてきた一団かな。ちょっと拙いかもしれないし、静かにしていた方がいい」


「わ、わかったのじゃ……」


 装備を片手に外の様子を観察するエリックの言葉に、イナリは素直にうなずいた。外の方に耳を傾けてみれば、この馬車を取り囲む獣人のうちの一人が声を上げているのが聞こえる。


「お前たち、この馬車に積んでいる荷物を全て置いていけ!それとも、我らの牙でお前らの体を真っ二つにされたいか!」


「どうにも典型的な強盗のようじゃな。こちらは馬車じゃし、強行突破はできぬのか?」


「獣人相手じゃなければそれも手だったかもしれないね」


「ああ、確かに。絶対に追いつかれるのう」


 エリックの言葉にイナリは頷いた。いつぞや、自身が獣人集落に誘拐された時のことを思い出せば、馬車で獣人の集団を撒くことの難しさは簡単に察することができる。


「ではどうするのじゃ、迎撃かや?」


「今回に関しては武力の差が大きすぎるし、護衛対象の無事が第一だ。こういう時は――」


 イナリの問いにエリックが答えるよりも先に、外からダンテの声が上がる。


「荷物を明け渡したら見逃すと約束するか?」


「ああ、いいだろう!」


「わかった、荷物を置いていこう」


「よし。人間が全部、お前のように話の分かるやつならいいんだが」


 あっけなく投降するダンテに、イナリは目が点になった。


「……投降かや?何じゃ、情けないのう」


「見えるだけでも相手は僕たちの倍は居るだろうし、これは仕方ない判断だ。馬車は見逃してくれそうだし、後で補給するからダメージは少なくて済むね」


「しかし、そううまく話が進むものじゃろか?相手が約束を守る保証など無いのじゃ」


「その時はその時だね。万が一戦いになった時は僕が時間を稼ぐから、皆と一緒に少しでも遠くに逃げるんだ。いいね?」


「う、ううむ……」


 縁起でもないことを言うエリックに、イナリは唸り声で返した。現在馬車を囲む獣人らの強さはわからないが、エリックでも無傷で乗り切れるとは到底思えないのが正直なところだ。


「おい、何をコソコソしてやがる!」


 外に居た獣人の一人が馬車の扉を勢いよく開けて怒鳴りつける。委縮したイナリは思わず耳を畳んでしまった。


「我々が荷物を回収している間、お前らは外で大人しくしていろ!いいか、そうしたら余計な争いは……いや待て。お前は、いや、貴方は……!?」


「む?我か」


 先ほどまで意気揚々と声を荒げていた獣人は、イナリの姿を見るなり顔を青ざめさせていく。


「な、なぜ貴方がここに?……す、すまない、貴方がこの馬車に乗っているとは知らなかったんだ。今すぐ皆を下がらせる。邪魔をする気はなかったし、今後二度と姿も見せない!だから見逃してくれ!」


 イナリは目に見えて狼狽える獣人の様子に困惑したが、すぐにその原因に思い当たった。恐らく彼は、イナリをイオリと誤認してこのような態度を取っているのだろう。


 それにしたって、イナリに引けを取らないほどに高い自尊心を持つ獣人の態度をここまで豹変させるとは、イオリは彼らに何をしたのだろうか。それが気になって仕方ないが、今は狐の威を借りることにした。


 イナリは居住まいを正すと、足を組み、最大限尊大な態度で返す。


「貴様らに構っている余裕はない。疾く我の前から去ね」


「わ、わかった。おい、お前ら、撤収だ!今すぐだ!」


「ボス?こんな子狐にビビッてどうしたんです?」


「うるせえ、死にたくなかったら今すぐ引け!」


 イナリの言葉を聞いた獣人は、事態が把握できていない仲間に怒鳴りつけながら、瞬く間に尻尾を巻いて逃げていった。


「……何か知らんが、なんとかなったのじゃ。やはり、苦難は無いに越したことはないのう」


 恐らく、この場において事態を把握しているのはイナリただ一人だろう。イナリの暢気な呟きに答える者は無く、後には獣人たちによって中途半端に地面に降ろされた荷物が残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ