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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア崩壊

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289 勇者のない所に煙は立たぬ

 時は進んで、翌日の昼下がり。


 イナリは冒険者ギルドの酒場に座り、昼食セットとミックスジュースを堪能していた。


 これらは普段から品目として存在しているらしいが、在庫処分の関係上、普段の数割増しで贅沢に材料を使ったものが提供されているらしい。確かに、気持ち分量が多いようにも見えるし、実にお買い得である。


 イナリの隣には、しばらく共に過ごすことが決まったサニーが、さらにその奥にはイオリの姿もある。


「サニー、野菜も食べるんだ」


「……やだ、これ苦いもん。それに、わたし気づいてるよ?こわいお狐さん、玉ねぎ食べてないでしょ」


「わ、私は食べたら命に関わるんだからしょうがないだろ。だから、予め抜いてもらってるんだし……」


「じゃあわたしも、今度から野菜抜いてもらう」


「それは話が違うだろ。ほら、食べろ!」


「やーだー!」


 何やら不毛なやり取りをしているようだが、仲睦まじいようで何よりである。


 ところで、イオリの玉ねぎが食べられないというのは狐の獣人だからだろうか。


 仮にそうだとして、イナリが玉ねぎを食べても平気なのは何故だろう?イナリの毒に対する耐性の成せる業か、あるいは、あくまで狐の獣人ではなく神の括りだからなのかもしれない。


「……なあ、そろそろ聞いてもいいか」


 イナリが己の身について思案していると、イナリの向かい側で頬杖をついて退屈そうに座るディルが口を開く。


「何じゃ、また子守りは御免などと抜かすのかや。その話なら、我が子供でないから問題ないと結論付けたばかりであろ?」


「そんな結論を出した記憶は無い。そうじゃなくて、どうしてここに居るのかって話だ。理由も聞かされずに『今日は冒険者ギルドで情報収集じゃ!』とか言うもんだから、もっと色々するのかと思っていたんだが」 


「ああ、そういうことかや」


 イナリはディルの馬鹿にするような声真似に不快になりつつ、パンを一口大に千切り取んで口に放り込んだ。


「そういえばお主には言っておらんかったのう。昨日、アースから勇者を迎えるようにと言われておるのじゃ。故に、噂話に耳を立てておかねばならぬ」


「それなら教会の方が良い……とも限らんのか。今の状況だと」


「然り。一応エリスにもその辺の情報収集も任せておるのじゃが、さほど期待はしておらぬ」


 エリスは現在、嫌々教会に赴いている。


 教会の様子を見に行くためというのは建前で、どこぞの狐娘が勇者の私物が入った鞄を回収してほしいと頼み込んだのが専らの理由である。


 とはいえ、イナリとしても勇者の私物、即ち地球の物品の行方が分からなくなるのは後々面倒になりかねないと判断したので、勇者の情報収集という別の目的を与えて後押ししてやった。あるいはイナリが頼んだから頷いただけかもしれないが。


「しかし、カイトが操られてるみたいな話は聞いたが、俺たちが出る幕なんてあるのか?全部アー……あの神が何とかしそうなものだが。教会が信用できないから俺たちの方で保護させた方がマシとか、そういう事か?」


「そうじゃな。それに今は、こやつも居るからの」


 アースの名を出すのを憚ったディルの言葉にイナリは頷き、尻尾でイオリの方を指した。


「ん、なんだ?勇者様は渡さんぞ」


「なるほどな」


 イオリの言葉に、ディルはうんざりとした様子で頷いた。彼女の勇者に対する狂信ぶりは、僅か数日にしてパーティの全員に知れ渡っている。


 それにしても、この予想が正しければ、勇者と合流するとイオリが彼に伴うのは不可避である。


 前もって話していた内容の通りであれば、勇者にはこの後、歪みを対処させたら地球へ送還する予定のはずだが、果たしてアースはその時のことを考えているのだろうか。


 アースとイオリの間に妙なわだかまりが生まれるとそれがイナリの方に飛び火しかねないし、何より、場合によってはこの世界と地球の存在を知りかねない。その辺の問題も見越してくれていると良いのだが。


「ところで、もう明日ここを出る前提で皆動いてるんだが、日程に影響は出ないんだろうな?」


「うん?あー……うむ」


「考えてないんだな。どうする、今からでもエリックを止めてくるか?今ならまだ間に合うかもしれんが」


「んや、もう無理じゃろ……」


 エリックは飛竜便を予約するために発着場へ向かっており、ここに来る道中で別れている。つまりそれなりに時間は経っているわけで、ディルの発言がイナリをフォローするための方便に過ぎないこともわかりきっている。


「飛竜便とやらは金がかかるのであろ?件の報酬もあるし、最悪、我が払ってやらんことも無いのじゃ」


「子供に奢られたら俺たちの面目が立たねえや。……それとこれは真面目なアドバイスだが、大金を使う前にまともな金銭感覚を養っておいた方が良い。金のせいで人生が狂った奴なんて、この世にいくらでも居るからな」


「何じゃ急に。お主、昔なんかあったのかや」


「パーティを組む前の時代に見たってだけだ。……とにかく、金の扱いには気を付けろってこった。自信が無いならエリスに管理してもらいな」


「ううむ……まあ、検討しておくのじゃ」


「日程の件もな。皆怒りはしないだろうが、決断は早めにしないと迷惑ではある」


「ぐう……」


 ディルから放たれる正論の数々に、イナリは唸ることしかできなかった。


 その直後、リズが笑顔でイナリ達の元へと駆け寄ってくる。その手には封筒らしきものが握られている。


「ただいまー!」


「上機嫌じゃな。どうしたのじゃ?」


「リズ、しばらくギルド長代理してたでしょ?その報酬が貰えたの!これでまた魔道具が買えるよ!」


「ほら、あれが金銭感覚が狂った奴の一例だ。リズはもう、金を見ると魔道具以外の物品を連想できなくなっている」


「なんと気の毒な……」


 イナリは、封筒を掲げてくるくると回転し、喜びを露わにする魔術師の少女をまじまじと眺めた。




 夕方を過ぎた頃合いで、エリスとエリックがギルドに現れる。


 ここまでの間、一切勇者の話は耳に入っていない。多少混雑した時間帯こそあったが、「勇者」という単語に対して敏感になっていたイナリの耳が一切その言葉を拾っていないということは、つまりそういう事である。


 勇者がここに来る時間が出立の時間より後とかならまだしも、このままでは日程が不透明になり、動くに動けない状況が生まれてしまう。


 最悪自分だけ残るという選択肢も頭をよぎったが、そうすると絶対に神官一名と狐獣人一名が残るし、再合流の手間を考えると現実的ではないだろう。


 というわけで、何か勇者に関する手がかりが得られていることを期待し、イナリはエリスに声を掛ける。


「エリスよ、勇者の噂はあったかや!」


「いえ、それについては……申し訳ありませんが」


「終わりじゃ……もう何もわからん……」


 謝罪するエリスを見て、イナリは膝をついた。


「あっでも、カイトさんの私物は回収できましたよ。ちゃんと許可も得られました」


 エリスは誇らしげに大きい鞄を掲げた。中身も色々入っていそうな様子である。


「頼んでおいて何だが、よく許可が下りたな。神官共がそれを許すとは思えないが……」


「事情を理解してくれる神官の方を選んで許可をお願いしましたから。あと、しばしば口論やら闘争やらしている現場もありましたが……そういう方々はもう、神官ではないですし」


「あー……神に見放された、的なやつか?」


「そんな感じですね」


 エリスはイオリの問いかけに頷くと、床で膝をついているイナリを拾いあげ、近くの椅子に腰かける。


「で、イナリさんはどうしてしまったのです?」


「ああ、それはな――」


 ディルが事の顛末を伝えると、エリスはイナリの頬をつついて口を開く。


「そういう事でしたか。でしたら、ある意味良い知らせがありますよ」


「良い知らせとな?」


「はい。エリックさん、お願いします」


「うん。飛竜便なんだけど……思ったより混雑しているから、予定より後ろ倒す必要が出てきた」


「本当かや!いつまで猶予があるのじゃ!?」


「明日の夜、あるいは明後日の早朝だね」


「……思ったより猶予が無いのじゃ……」


 エリックの言葉にイナリは一喜一憂した。これ以上事態が停滞する前に、勇者にはこの街に来てほしいものである。

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