277 違和感だらけの調査 ※別視点あり
<イナリ視点>
「ぜえ、はあ……」
イナリは何とか化け物の群れから逃げ延び、元居た部屋に籠ることに成功した。イナリが先ほど倒した化け物の死体のおかげで、他の化け物がすぐにはここに来れないのも好都合だ。
「さて、どうするかのう……」
イナリは懐からブラストブルーベリーを一粒取り出して口に運びつつ、息を整えながら考える。
まず頭によぎる選択肢は、「指輪の転移機能で天界に逃げる」である。それでアースを呼んで対処してもらえば、事態は収まるだろう。情けない選択肢ではあるが、割と真面目に命が懸かっている状況だし、誰も咎めはしないはずだ。
だが、少し考えておきたい点がある。それは、アースは基本的にイナリの為に動いているという点だ。
つまりどういうことかというと、イナリが天界に帰ったら、ここに戻る理由を失ったアースは悠長にアルトとの話し合いを開始し、この研究所の惨状が当分放置される可能性があるということである。
となると、半ばイナリがここに連れてきたような側面があるイオリやサニーなどの面々を放置して逃げるというのは、わだかまりが残る可能性があるだろう。尤も、現時点で彼女らの状況は不明だが。
では、アースの「ちょっと耐えて」という言葉を信じて、ここで待つのはどうだろうか?
結論から言えば、これも中々難しいものがある。なぜなら、神の「ちょっと」はそこそこ時間がかかるからだ。
今でこそイナリが居る部屋は安全地帯だが、それがいつまで続くかはわからないし、そう長くはもたないことも本能的に察している。故に、アースの言葉に従って「ちょっと」待っていようものなら、その頃にはイナリと化け物は一体化している可能性も全然あり得るというわけだ。
「のうアースよ、もう少し早く来れぬか?」
「待って、出来れば一回で話を纏めたいの。さっきはイナリでも対処できたんだから、気を付けて対処すればきっと大丈夫よ。頑張って、貴方ならできるって信じてるわ!」
「……ううむ」
こうしてアースに救援を催促してみるも、戦闘力皆無のイナリが対処できてしまったためか、化け物の脅威度がかなり低く見積もられている様子だ。
まさか、泣き喚いて助けを求めていた方が事態が円滑に進んだかもしれないなどと、誰が想像できただろうか?せめて一瞬だけでもこっちに来て、化け物に挨拶してくれればよいのだが。
「……いや、待つのじゃ」
改めて状況を見直せば、この危機的状況、化け物に対抗できるのはイナリだけ。
熟練の魔術師や戦闘に慣れた獣人ですら手も足も出ない存在を、一人の豊穣神が倒して救い出したら、きっと皆イナリを敬い、崇めてくれるのではなかろうか。
「……ふむ、悪くは無いのう」
今回に関して言えば、困難ではあるが、不可能ではない。ブラストブルーベリーのおかげで体力問題は何とかなるし、今いるこの安全地帯を活用して上手い事対処すれば、実現可能な範疇だ。
「よしっ、この我が窮地を救って見せようではないか!」
イナリは両手で頬をぺちりと叩いて気合を入れ直し、化け物犇めく廊下に向けて歩を進めた。
……本当に窮地になったらアースが来てくれるはずだと、そう信じて。
<エリス視点>
私達がしばらく指定されたエリアを警備していると、以前カイトさんと面会する際にも会った回復術師の神官を見かけました。何やら慌てている様子で、私を見るなり駆け寄ってきます。
「エリスさん、エリスさんって回復術師ですよね!?」
「え?は、はい」
「あの、離れが襲撃されてて、怪我人が七名ほど出てるんです!急いで回復術師を集めろって言われてて。私だけじゃ足りないし、顔見知りも少なくて困ってるんです!ちょっと来てくれませんか?」
「え、ええ。お力になりたいのは山々なのですが、私、警備の依頼を受けていまして、ここが担当で――」
「もう離れが襲撃されてますし、どうせこんな所来ないですって!何か言われたら私も謝りますから、お仲間さんも一緒に来てください!」
彼女は有無を言わせないような態度で話を押し進め、私達は襲撃されたという離れに向かうことになりました。
そこには、七名の神官や学者の方々が、回復術師による治療を受けている光景がありました。
「で、あなた方がこちらにいらっしゃったと。はあ……」
「エリスさん達は『虹色旅団』というすごい冒険者さんなんですよ!きっと事態の解決に貢献してくれるはずです!」
「ええ、存じ上げておりますとも。ええ。……彼らへの説明は私からします。それに、回復術師ももう足りています。君はもう、治療の補助に回りなさい」
この場を取り仕切っている様子の壮年の神官は、露骨に顔を顰めてため息をつき、私達をここに招いた神官を退席させました。……今度、彼女には美味しいランチを御馳走してあげましょう。
「……さて、状況についてですが。見ての通り、離れが襲撃されました。犯人はここを警備していた二人の神官に襲い掛かった後、何らかの方法で離れに侵入したようです」
「何らかの方法というのは?」
「不明です。離れは玄関以外に出入りできる場所は無く、全ての窓は鉄格子と結界で保護されています。転移術が使われた可能性もありますが、現時点で魔法を発動した形跡は確認されていません」
「……ん?なのに、犯人が中に入ったことはわかるんだ?」
「はい。一階の研究室にいた魔術師や研究者が襲撃されていました。曰く、三人の狐系の獣人に襲われたとのことです。この点からも、やはり魔術が行使された可能性は否定されます」
「……三人、狐系の獣人?」
「それってもしかして……」
「はい。あなた方のパーティメンバーでもある、イナリとその共犯者の犯行と見ています」
「なるほど」
「……もしよろしければ、あなた方に侵入者イナリを対処して頂けますか?現状手がかりは少ないですが、かつてそれと共に過ごしたこともあるあなた方ならばきっと、事態を収めることが出来るかもしれません。あるいは、身の潔白を真に証明することも出来ましょう」
この神官の方のイナリさんを下に見る様な態度に、私としては納得いかないところが多々あります。特に、同じパーティメンバーを戦わせようとする采配に。
それはそうと、犯人の一人はイオリさんでしょうが、他の二人とは誰なのでしょう?彼女は殆ど私の部屋で暮らしていましたし、協力者を得るのはかなり大変だと思うのです。
「なお、現時点で襲撃者が教会を去った可能性は低く、まだ離れに潜伏している可能性が高いことに留意してください。それらの生死は問わず、事態が収拾されれば依頼は達成したと判断させて頂き、報酬を追加させて頂きます。失敗しても罰則はございません」
「理解しました。引き受けましょう」
「ありがとうございます。一時的に離れへの立ち入りを許可しますので、こちらのブローチをお持ちください。これで結界を通過することができます」
神官の方は私達にアルト教の紋章が入った、普通とは違うデザインのブローチを手渡すと、一礼してその場を去りました。
「……随分な無理難題じゃねえか?どうすんだこれ」
「失敗してもいいんでしょ?なら気楽にいけばいいんじゃないの?」
「いや、今の話はあくまで、『今回の依頼の報酬を支払わないことは無い』ことを確認しただけだよ。だから、失敗は今後の活動に響く可能性がある……」
「そういうこった。でも断るに足る理由も無いし、中々面倒なことになったな。せめて応援でも寄越せばいいんだが……」
「ですが、あまり大勢で押し掛けても離れがギュウギュウになるだけですし、その……イナリさんが他の方の手にかかるのは気に入りません」
「んー、そっか。楽な仕事だと思ったのになぁー……」
「ま、グズグズ言ってても始まらねえか。さっさと行こうぜ」
「そうだね」
皆さんと雑談を交わしつつ、私達は離れに立ち入ります。
「で、どうする?とりあえず適当に見てまわる?」
「まあ、そうするしかないんだけど。……何と言うか、変だ」
「そうですね。寧ろ、変じゃない点の方が少ないまでありますね」
私はエリックさんの声に大きく頷いて返しました。
「離れに侵入者が居るとわかっているのに、怪我人がすぐそこで治療を受けていたり、離れを包囲しているわけでもないのが不自然すぎる。普通、もっと緊迫感があって然るべきだと思うんだけど……」
「……そういえばそうだね。というか、さっきの感じからして、リズ達が来ることも想定外っぽい感じだったよね?」
「となると……何だ?そもそも侵入者なんて居なくて、達成不可能な依頼を課して俺達を嵌めようとしているとか、そういう話か?いくら何でも悪質すぎるだろ。俺たちが何したってんだ?」
「ディルさん、流石にそれは無いと思います。離れはこの教会において重要な場所ですし、私達がここに入れている時点で、何もないということは考えにくいです」
「うん。……とりあえず、警戒はしつつ調べてみよう」
エリックさんの一声で、皆での探索が始まりました。
そして、探索はほんの十数分で終了します。
「……部屋が、少なすぎる」
エリックさんが困惑を露わにしつつ呟くと、リズさんが杖で床をコツコツと鳴らしながら口を開きます。
「割と真面目にさ。これ、侵入者なんて居なかったオチじゃないの?」
「いや、一階のあちこちで獣人由来の体毛が見つかったから、何かしらいるのは間違いない。二階には無かったから、そっちに行った可能性が低いこともわかっている」
「……体毛って言い方、何か嫌だな……」
「わかります」
「それは仕方ねえだろ……」
リズさんの言葉に深く同意したところ、ディルさんは顔を顰めて返します。こんな冗談を交し合っていられるほど、この場所には緊張感がありません。
「……でも、行き先が無いんだ。さっきの神官の言葉が全て真実だと仮定すると、侵入者はこの階に潜伏していることになる。でも、結果は見ての通りだ」
「リズ知ってるよ。こういうのは大抵、隠し扉とかがあるんだよ」
「うん。今回に関してはその線を検討したほうがいいと思う」
「ならやっぱり、本棚をずらすとか、カーペットを捲るのが鉄板だよね。そこの研究室に、お誂え向きのがあったよ!」
リズさんは高揚した様子で研究室へ移動し、複数ある部屋の本棚を一つ一つ、体を使って押していきます。そして、ある本棚に体当たりしたところで、リズさんが怪訝な表情を作ります。
「……ん?これだけ建付けが悪いね。ディル、この本棚、ぶっ飛ばしてよ!」
「わかった。弁償することになったら、費用はお前が負担しろよ」
「えぇっ!?ごめん、ならやっぱ無し……ああっ!?」
リズさんの制止も虚しく、ディルさんは本棚に体当たりし、何か金具を破壊するような音と共に本棚を押し飛ばしました。
その向こうには、明らかに意味ありげな下り階段があります。
「わお。なんか、すごそうなのが出てきたね」
「ここからが本番だね。僕が先頭で行くよ。皆、気を引き締めていこう」
盾を構えたエリックさんを先頭に、私達は階段を下りはじめました。
「ねえ、ところでさ。こうやって成果はあったわけだし、もしさっきの弁償を要求されても、それはパーティの資金から下ろしてくれるよね。ね?」
「リズ、その話は後にしよう」
「そ、そんな。リズ、最近魔道具を買ったから金欠なんだよ?」
「……その話も後でしようか」
リズさんの言葉に、エリックさんがやや声色を低くして返しました。




