252 待機、再び
己の務めを果たしたイナリ達は捕縛されていた人間らを連れ、設営されていた拠点に引き返した。
救助した者らを兵士に引き渡して解散し、「虹色旅団」が集まっていた場所に戻ると、そこには別働隊に参加していたリズとエリックの姿があった。
リズがイナリの姿を認めると、片手を上げて声をかけてくる。
「おかえり、イナリちゃん。あと勇者も」
「うむ。……ここにおるのはお主らだけかや。他の二人は何処に?」
「ディルはまだ作戦中。エリス姉さんはあっちのテントで怪我人の治療」
「ふむ。……ところで、我の隊でも幾らか負傷した者があったが、全体ではどのくらい怪我人がおるのかや」
「んー……エリック兄さん、どれくらいかな?」
「どうだろう。全体で百人程度、戦闘従事者がその半分程度だから……傷の具合を考えなければ、五人に一人くらいかな」
「それは中々の数じゃな」
「重傷とまでいかないものも含めたらそんなものだよ。……ところで、カイト君はどうだった?うまくやれたかい」
エリックが気遣うように話を振ると、カイトは考えるそぶりを見せ、そして口を開く。
「うーん。少し恐怖感は拭えたというか、殴れば何とかなるな、とは思いました。まだ怖い事には変わりないですけどね」
「え、何かディルよりヤバい脳筋が生まれそうになってない?大丈夫?」
「しかしな、我から言わせてもらえばまだまだじゃぞ。こやつ、剣を振る間ずっと腰が引けておったし、最後だって我が不意打ちされそうになっているところを救ってやったのじゃ」
「そうですね。ちょっとビックリしました。あんな漫画みたいなこと、本当にあるんですね……」
「マンガが何かはわからないけど……イナリちゃんって結構その辺、思い切りがいいよね」
「ま、我じゃからの」
エリックの言葉に、イナリは胸を張って答えた。
「ところでこの前、イナリちゃんも剣を持つと腰が引けるってエリス姉さんが言ってたよ。その点はどうお考えですか、イナリちゃん?」
「はて、何の事やらさっぱりじゃ」
「そっか……」
その後、残りの分隊も集合し前半戦が終了すると、しばし間を置いて、三組の戦闘隊が出撃し、いよいよ後半戦に入った……のだが。
「納得いかんのじゃ。あのカイトが洞窟へ向かったというのに、我は何故待機させられておる?」
イナリは未だに、人が出払って閑散とした拠点に居た。
記憶が正しければ、先ほどカイトと居たときも同じようなことを口走った気がする。今回一緒にいるのはカイトではなく、エリスだが。
「イナリさん攻撃手段は爆破か風刃ですから、洞窟での活動には優れないでしょう。何なら、知らない間に穴に落ちて姿を消してしまいそうですからね」
「……ううむ、我、邪険にされておる気がしてならんのじゃ……」
「まさか。私はいつでもイナリさんの事を第一に考えていますよ?」
エリスはそう言うと、おもむろにイナリを抱きしめた。……多分、これがしたかっただけだ。彼女は満足すると、真面目な面持ちで続ける。
「……まあ、真面目に言うなら、適材適所というものですね。私達は、皆さんが良い知らせを持って帰ってくることを祈っておきましょう」
「物は言いようじゃな。しかしそれを言うなら、お主は何故ここに居るのじゃ?現に怪我人が出ておるわけじゃし、回復役は重要ではないのかや。お主、何か言ってたじゃろ、冒険者として活動できる回復術師は云々、と」
「それは私も思っていたのですが、痛いところを突きますね。……どうにも、目標の洞窟がどこも窮屈みたいで。回復術師に人数を割くなら、そもそも怪我しないよう結界術師を採用しよう、という運びになったようです」
「なるほどの」
簡単に言うと、予防と対処のどちらを優先すべきか、という話だろうか。
ともあれ、まともな結界術師をベイリア以外に知らないイナリは、とりあえず頷くことにした。エリスも結界を扱うことはできたはずだが、彼女の力では不十分らしい。
さて、この場に置いていかれた二人は、一旦食事を摂ることにした。周辺に居る他の見知らぬ待機組の面々も食事や仮眠をとっているようなので、咎められることは無いはずだ。
イナリはエリスが簡単な料理を作る様子を眺めながら、ふと思いついたことを尋ねる。
「ところで、皆ここを発つ前に何か持って行ったようじゃが。アレは何じゃ?」
イナリは少し離れた位置にある箱を指さした。そこには、現在イナリが二つ持たされている発信機に似た大きさの、しかし全く機能が異なりそうな外見の魔道具が積まれていた。
「ああ、あれはですね」
エリスはそう言いながら魔道具を手に取ってイナリに見せる。
「崩落時のための救命魔道具です。炭鉱での作業などには必須の道具ですね」
「たんこう……我それ、よく知らんのじゃよな……」
「確かに、何となくのイメージこそありますけど、しっかり理解している人は少ないかもしれませんね。きっと私もそうです」
イナリの言葉をフォローするようにエリスが返す。
だが、少し補足するならば、イナリの言う「炭鉱をよく知らない」というのは、言葉を聞いたことがあるだけで、本当にそれが何なのかがわからない、という意味合いである。
つまり、採掘という文化とは無縁のイナリの脳内では、何か探検するための孔、「探孔」などという超解釈がなされているのだが、エリスは知る由もない。
「それで、この道具ですが。洞窟が崩落した際、上方に土魔法を放ち、崩落まで三秒から七秒ほどの時間を稼いでくれます」
「崩落というのは、天井が崩れて潰れることじゃよな?……そんな時間で何が出来るのじゃ」
「まあ、お守りに近いものですね。洞窟全体が崩れるでもない限り、これのおかげで助かった事例というのは多々あるようですし、採掘業者の死亡率も下がったとか。詳しくはリズさんに聞くといいと思います。きっと、私なんかより余程詳しいですよ」
「それは遠慮するのじゃ」
「そうですか。……はいイナリさん、簡単なものですが出来ましたよ」
「うむ、感謝するのじゃ」
イナリはエリスから食事がまとまった皿を受け取ると、エリスと共に近くの岩に座って頬張りながら、目の前に置かれている救命魔道具を見て尋ねる。
「……ちなみにじゃが、あれを持つということは、これが必要になる機会があるということなのじゃろうか」
「いえ、先ほども言いましたが、あくまでお守りですから。無いよりはあった方がいいというものです」
「それはお主が持つ『お守り』もかや。そういう事ならば、再び我が回収と処分を請け負うのじゃ。お主のことじゃし、今も持っておるのじゃろ?」
「いえ、これは無くてはならないものですから、話が違いますよ?」
「……そうか」
エリスが「お守り」を忍ばせているであろう場所を守るように構える様子を後目に、イナリはガリガリと音を鳴らし、硬いパンを頬張った。
己の仲間と呼べる人間や、色々な意味でこの世界の命運を握る勇者が洞窟へ赴いた今、目の前にある救命魔道具が働くような機会が来なければよいのだが。
その後、二時間かそこらの時が経つと、ディルが参加していた小隊が戻り、三十分ほど遅れてリズが参加していた小隊も戻ってきた。いずれも無事、ゴブリンを掃討しきったらしい。
そんなわけで、残りはエリックとカイトが参加していた小隊を残すのみである。
「……戻ってこないのう」
「戻って来ねえな」
「そうですねえ」
イナリが空を飛ぶ鳥を眺めながら呟けば、ディルとエリスが続く。
「もう戻ってきていい頃だと思うけど、何かあったのかな。思ったより洞窟が深かったとか?」
「ありえなくはないが……あるいは、本拠地の中でも本拠地だった、とかか?」
「何じゃその頭の悪そうな推理は」
「つまり俺が言いたいのは……俺たちが向かってたのはまだ一角で、親玉はそこに居るんじゃないか、ってことだ」
ディルがそう言った直後、茂みをかき分けて一人の兵士が拠点に駆け込み、そのまま作戦会議をするためのテントへ入っていった。これを怪しんだイナリは、耳を澄ませて何かわからないか探ってみることにした。
しかし、少々距離が離れている上に、辺りでは雑談に洒落込む者も多く、中々聞き取るのには苦労する。
「……キングが籠って……巻き添え……可能性が……」
「む、何だか不穏な響きじゃ。ディルよ、行くのじゃ」
「ああ、元々そのつもりだ。……なあ、最近思うんだが、お前、俺を便利に使ってないか?」
「最近じゃなくて、割と前からそうじゃぞ」
「……お前なあ……」
手をひらひらと振って答えるイナリに、ディルは呆れてため息をついた。




