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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア復興

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247 ゴブリンのゴタゴタ

 イナリ達はそのまま昼を迎え、ギルドの事務員に頼んで、酒場の厨房で適当な料理を作ってもらうことになった。今更なことではあるが、酒場の料理人や受付もギルド事務の管轄であったらしい。


 リズと向かい合って料理の完成を待っていると、脳内にエリスの声が響く。


 内容は「一緒にお昼を食べたい」との事らしいので、快諾しておいた。……それにしても、神託とは、このような事をやり取りするためのものであっただろうか。本来はもっと建設的な使い方をするべきはずなのだが、一体どうしてこうなったのだろう。


 イナリがそんなことを考えているうちに、間もなく冒険者ギルドの扉が開く。


「む、来たようじゃな」


 イナリが扉の方を見ると、そこにいたのは銀髪の神官ではなく、茶色いウサギ耳を持った錬金術師であった。リズもまたそれに気がつくと、席を立って口を開く。


「あれ、ハイドラちゃん。どしたの?」


「えへへ。作業が一区切りしたから、ちょっと遊びに来ちゃったんだ」


 ハイドラは小さく手を振りながら歩み寄ってくる。


「そうなんだ。ご飯は食べた?」


「まだだよ。一緒に食べてもいいかな?」


「いいよ!……すみませーん、もう一人分お願いしまーす!」


 リズが厨房に向けて声を上げ、再び席につき、ハイドラもその隣に座る。


「ところでハイドラよ、お主、今は何をしておるのじゃ?」


 建前上はハイドラが一日中錬金術ギルドのラボに籠り群青神薬を作っていることになっているが、実際はそんなことは無く、イナリ達と同様に暇を持て余しているはずなのだ。


 それに、アルテミアに来てからというもの、イナリが群青神薬を作るためにラボに赴くと、彼女は寝ていることが多く、会話をする機会に乏しい。そんなわけで、実際彼女が何をしているのかはよくわからないのだ。


「ええっと、最近はこの街のポーション供給維持のために、一般的なポーションを量産してたよ。傷薬とか、汎用の毒消しとか……」


「ああ、どこも同じような感じなのじゃな……」


「そんな感じ。最近は改善してきてるけど、まだ供給は追いついてないから。あ、リズちゃんも冒険者さんが増えてきて、忙しくなってきてるんじゃない?」


「えっ?あ、ああうん、ソウダネ……」


 リズは目を泳がせながら答えた。暇で仕方無かったとはとても言えない雰囲気であった。


「あ、あとイナリちゃんの噂も聞いたよ!」


「む、我か?」


「うん。なんか、ゴブリンの集落を絶対に壊滅させる狐の女の子がいるって。……該当者、一人しかいないよね?」


「……何か、我ってものすごく特定されやすいのじゃろうか」


「ん、んー……この街、二十人に一人くらいの割合で獣人が居るはずだけど……狐系の人は居なかったかも?もっと言うと、『動ける人』って時点で相当絞り込まれちゃうか」


 リズが苦笑しながらイナリの言葉に頷く。


「……まあ良い。区別されないということはそれ即ち凡庸ということ。故に、我は唯一無二の存在なのじゃ。うむ、うむ……」


 己の組み上げた完璧な理論に、イナリは腕を組んで頷いた。


「ちなみに、どんな感じで戦ってるの?イナリちゃんが戦うところ、逆立ちしても思いうかばないんだけど」


「あー……秘密じゃ。冒険者の手の内は明かさないのが鉄則だとディルが言っておったのじゃ」


「あ、それもそっか……」


 ハイドラは残念そうに項垂れた。


 なお、不可視術を使っていることは説明できない関係上、イナリがゴブリンの拠点を潰す時、「虹色旅団」以外のメンバーは一切同行しないように気を配りつつ、対外的には、エリックやディルの支援の下、こっそり忍び寄って爆弾を仕掛けているということになっている。


 閑話休題。イナリが料理を待ってぼっとしていると、再びイナリの脳内にエリスの声が流れる。


 ――すみません、急患が来てしまったので、一緒にお昼を食べられなくなってしまいました。本当にごめんなさい。


 ――わかった。


 エリスの言葉に、イナリは端的に返した。


 エリスが来られなくなったのは残念だし、ここは神たるイナリを優先してほしい気持ちはある。しかし、それで「急患?知りません。さあ食べましょう!」とか言われても、それはそれで色々と心配になってしまう。


 イナリが返事を返したところで、丁度料理が完成する。


 今回は、何かの肉のステーキ、パン、聞き覚えの無い果物のジャム、聞き覚えの無い野菜のサラダで構成された冒険者ギルドの定番、「昼セット1」である。安いし量も丁度良いのだが、パンが硬く、肉も中々噛み切れないので、咬合力のないイナリにとっては少々食べ辛いのが玉に瑕である。


 そんな食事を堪能していると、勢いよく冒険者ギルドの扉が開かれ、男の声がギルドに響く。


「――誰か居ないか!?」


 彼は辺りを見回し、リズの姿を認めると、肩で息をしつつ、ややフラつきながら歩み寄ってくる。


 彼は確か最近復帰した冒険者の一人だが、普段は寡黙で、声を上げる類の人間ではない。それによく見ると、彼の革鎧には血がついているし、何やら穏やかではなさそうである。


 リズもそう思ったのか、緊張感を伴った表情で彼に尋ねる。


「どうしたの?何かあった?」


「ゴブリンに捨て身の特攻をされた!」


「捨て身とな?」


「ああ。狭所で油を被って松明片手に突っ込んでくるとか、ゴブリンごと槍で貫いたりするんだ」


「な、中々凄まじいのう……」


 ゴブリンの倫理観に、イナリは密かに震えた。


「今回はまさにそれをされた形だ。たまたま近くにいたエリックさん達のおかげで撤退はできたが……長引きすぎたのか、あっちも大分手段を選ばなくなってきてる。森の罠の密度も上がってきたし、そろそろ大詰めかもしれない」


「確かに最近、森を歩いていると紐に引っかかることが多かったのじゃ。どうせ何もならんと思ってそのまま突っ切っておったが、あれ、罠だったのじゃろか」


「……その、よく無事だったね」


 イナリの硬さを知らないハイドラは、半ば引き気味に呟いた。


「イナリちゃんは置いておくとして……ちょっとマズいね。応援に行った方がいい?他のところにも連絡する?」


「守衛所の方には連れが行ってるし、仲間の治療のために教会にも行っているから、連絡はなくてもいいはずだ。ただ……勇者が要るし、応援に行っても無駄かもしれないな……」


「え、なんで勇者?」


 リズは露骨に顔を顰めて尋ねる。


「わからん。当たり前のように最初から小隊に混ざってたが、そっちで何か聞いてないのか?」


「いや、知らないけど……勇者一人だった?」


「いや、四、五人くらい連れが居た」


「そっか。じゃあ、独断ではないんだ……。ちなみに、勇者は戦えてた?」


「腰は引けてたが、囮役としてはどこの戦士よりも優秀だったと思う。勇者が来たおかげで迅速に撤退できたのは事実だ」


「囮役って……。勇者なのに、ゴブリンをなぎ倒したとかじゃないんだ……?」


「うーん……とりあえず、事情は把握したよ。後の事はこっちで進めるから、今日はもう休んでていいよ!」


「ああ、恩に着る」


「あ、私のポーションも提供します。もし気に入ったら、是非買ってください!ウサギマークが目印です!」


「あ、ああ……ありがとう」


 ハイドラはいそいそと鞄からポーションを取り出して冒険者の男の手に握らせた。商売魂逞しい彼女に、冒険者の男はたじろぎながらポーションを受け取り、ギルドを後にした。


「さてと……。ついにリズの暇な時間も終わりそうだね」


 リズは大きな肉を口に入れて噛み切り、意気込むように呟いた。


「……ん?リズちゃん、今まで暇だったの?」


「え?……あっ、いや、えっと。これは違くて――」


 リズはふるふると首を振りながら言い淀んだ。その様は何とも情けないものであった。




 夕方になると、エリックとディル、二名の兵士、そして勇者カイトが冒険者ギルドへ入ってきた。ハイドラは錬金術ギルドに帰ったので、イナリとリズ、そして事務員一名の三人で出迎える。


「皆様、大変お疲れさまでした。無事帰還されたこと、大変嬉しく思います」


「皆、お疲れ様!あ、それに勇者も、おつかれ」


「おつかれじゃ」


 多少洗ったのだろうが、全員防具の一部に血の跡が付着していて、傷も複数見受けられる。きっと激戦が繰り広げられたのであろうが、疲弊した様子なのはカイトただ一人である。


「なんか、僕だけやたら塩対応なんですけど……」


 カイトが肩を落とすと、ディルが彼の肩を組んでリズを咎める。


「リズ、こいつはゴブリンに袋叩きにされながらも耐え続けた男だ。もう少しちゃんと労ってやってくれ」


「……マジで、メチャクチャ怖かったんですよ……」


「……まあ、うん。お疲れ様……」


 袋叩きにされたのは流石に堪えたのだろう。カイトの顔色は悪く、無駄に元気よく謝罪をしてきた彼の姿は無かった。リズも思うところがあったのか、大人しくディルの言葉に従った。


「それで、ちょっと守衛所の方から話があるんだ」


 話に一区切りついたと判断したエリックが、兵士の一人に話を促す。


「はい。此度の事態を受け、我々は数日中にゴブリンの本格的な殲滅作戦を決行する話が上がっておりまして、冒険者ギルドにも可能な限りの支援をお願いしたいのです」


「……それってリズが決めていい事なの……?」


「ええ、現在のギルド長代理は貴方ですから。万が一、後々問題になった場合、我々がサポートすることをお約束いたします」


「うーん、そういうことなら……。具体的な作戦とかはもう決まってますか?」


「いえ、具体的な人員規模も含め、具体的には決まっておりません。ただ、森林を焼却・冷凍などすることも視野に入れております」


「んー……りょーかい。出来る限りの協力はしますが、具体的な作戦を練って改めて相談に来て欲しいです。報酬の話も詰めないといけないので」


「わかりました。後日、改めて伺わせていただきます。ご協力感謝します」


 兵士はそう言うと、アルト教特有の祈りらしき姿勢をとった後、ギルドを後にした。


「……うーん、中々大変なことになったねえ」


 リズの呟きはギルドに響いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >こっそり忍び寄って爆弾を仕掛けているということになっている。 これはこれで怖い 斥候系の人はイナリが自分の後ろに回るのを過剰に警戒しそう
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