225 飛竜港
商会に馬と馬車を返却した一行は、ベイリアをナイアの教会に送り届けた。なお、積み荷は一旦商会の倉庫を間借りし、預かってもらうことになった。
「改めて、『虹色旅団』の皆様、ここまで乗せて頂きありがとうございました!しかも、わざわざ教会まで送って頂けるなんて……」
「いえ、ついでなので気にしないでください」
ベイリアの言葉にエリックが答える。
「それにしても、ここにグレイベルさんもいるはずなのですが……見当たりませんね?教会の中に居ると良いのですが……」
「それか、もしかしたら検問所が詰まっているのかもしれませんね。僕達の方でも気にかけておきます」
「ええ、お願いします!ああそれと、後日、依頼に関する手続きを済ませ、調査報告を送りますので、そちらについても。それでは、私はこれで失礼します!皆様に主神の加護があらんことを!」
ベイリアは手を振りながら教会に入っていった。
「……さて、僕達は予定通り、飛竜港の方を見に行こうと思うのだけど……ええっと、そろそろ聞いておこうか。イナリちゃんはどうしたのかな?」
「べつに」
問いかけてくるエリックに対し、イナリはそっぽを向いた。
「ええとですね、私が不用意な事を言ったばかりに、機嫌を損ねてしまいまして……」
「何やってんだ……」
「私、一部始終を見てたんですけど、不幸な事故って感じでした……」
「そ、そっか……じゃあ、丁度いい時間だし、先にご飯を食べようか」
「うむ」
イナリが短く返事を返すと、ハイドラが手を上げて発言する。
「あ、それなら私、行きたいところがあります!きっとイナリちゃんも気に入ると思うので、そこに行きませんか?」
「いいね、案内してもらってもいいかな?」
「大丈夫ですよ!……でも、私だけで決めちゃっていいんですか?」
「うん、僕達だとギルド飯くらいしか選択肢が無いからね……」
「ああ、なるほど……でも私も、噂で知っているだけなので似たようなものですかね?」
ハイドラは苦笑しつつ、皆の先頭に立って歩き始めた。
行き先は街の一角に構えた店舗で、魔物を使った料理の専門店であった。細かいところはよくわからないが、曰く、物流が盛んなナイアを象徴する店の一つなのだとか。
魔物料理は好き嫌いが別れるらしいが、イナリ達の中に魔物料理に対する抵抗感がある者は居らず、何事も無く料理を堪能した。
会計時にエリックをはじめとした皆の顔に驚愕の色が浮かんでいたのが気になるが、ともかく、イナリの機嫌は直ったのだから、それ以上に重要なことなどないはずだ。
食事を終えた一行は、今度こそ飛竜港へと赴いた。そこで目にした景色に、イナリは感嘆する。
「これは、壮観じゃな……」
「ふふ、初めて見ると驚きますよね」
飛竜港は街の北の方に位置していて、ほぼほぼ草原と言って差し支えない程に広大な土地を占有している。そこには十体以上の、多様な飛竜もといドラゴンが留まっている。
個体差こそ幅広いが、近くで籠のようなものに荷物を積み込んでいる人間や、刷毛か何かでドラゴンの体を磨いている人間の大きさと対比してみれば、その殆どがその辺の下手な家屋より大きいことは窺える。きっと踏み潰されようものなら、ぺしゃんこになることは確定であろう。
「飛竜港ではな、何をどう輸送するかによってどのドラゴンを使うかが変わるんだ。早さを重視なら小型になるし、量を重視するなら大型になる、って具合だ」
「殆どの場合、ポーションとか、精密な魔道具の輸送には向いてないんだよねえ。割れちゃったり、凍っちゃったり、そんな感じで」
「ふむ」
皆の解説にイナリは声を返した瞬間、一体のドラゴンが籠を手に掴んで羽をはためかせて飛び上がり、そのまま頭上を通過していった。その勢いにイナリがのけ反ると、そっとエリスがそれを受け止めてくれた。
「大丈夫ですか?」
「う、うむ……」
「イナリさん、びっくりするほど軽いですもんね。飛ばされないように抱える必要がありますね」
エリスはそう言うと、有無を言わさずイナリを抱え上げた。普段ならばほぼほぼイナリと接触するための口実でしかないのだが、今回ばかりは妥当な判断かもしれない。
「ひとまず、受付小屋に行こうか」
エリックの言葉に従い、皆は近くの小屋へと移動する。金属で補強されている辺り、街を構成する建物よりも余程しっかりした建造物のように見えるのだが、ドラゴンと並べるとやや見劣りする。
小屋の中の受付に着くと、エリックがそこにいる男性に向けて口を開く。
「こんにちは、人、五人で飛竜便の予約をしたいのですが」
「かしこまりました。現在の空き状況は……一番近いのは、二日後の朝になります。二人と三人に分かれても問題が無ければ、今夜と明日の便をご利用になれますが、如何なさいますか?」
「いえ、五人でまとまって行動したいので、二日後の朝でお願いします」
「かしこまりました。ではこちらの誓約書にサインをお願いします」
受付は机から五枚の紙を取り出し、皆それぞれに、羽ペンと共に一枚ずつ渡してきた。一旦エリスの腕から降ろされたイナリは、それを受け取ってまじまじと眺める。
「……これは何じゃ?」
「ええと、誓約書です。簡単に言うと、飛竜便側に相当の落ち度がない限り、いかなる不利益も利用者に帰属するという旨のものですね」
「な、何じゃそれは……」
イナリは慄いた。エリスは何てことないように言うが、割とえげつない誓約なのではなかろうか。
「ちょっと怖いかもしれませんが、飛竜便の皆さんは皆プロですから、そう恐れることはありませんよ。どちらかと言うと、『こういうリスクがあるから分かっておいてくださいね』という念押しの意味合いが強いものです」
「あと、錬金術ギルドあるある、荷物が破損して揉めるのの防止とかもあると思うよ。でも、転落だのなんだの言われるとちょっとドキッとするよね」
「……我、ここ最近で天から地表まで二度転落しておるから、それは別にじゃな」
「……えっ?」
イナリが零した言葉に、ハイドラは固まった。
それをよそに、イナリは他の皆の様子を見様見真似で、ギルド登録時と同様の達筆で署名した。
「え、イナリちゃんのサイン、読めないけど、すごい綺麗……」
「ふふん、これくらい、我にかかればちょちょいじゃ」
イナリは胸を張りつつ、誓約書をエリックに手渡した。
「ハイドラさん、意外かもしれないが、こいつは芸術方面の腕は中々なんだ。……何だか認め難いことだが」
「ほええ……」
「……待つのじゃ。認め難いとは何じゃ?んん??」
イナリがディルに対して迫っているうちに、エリックが皆の誓約書を纏めて受付に提出した。
「はい、確かに確認致しました。では、子供二名、大人三名で、大金貨一枚と金貨二枚になります」
「む、待つのじゃ!我は子供ではないのじゃが?」
「……そうなりますと、皆さんまとめて大人料金で、大金貨一枚と金貨五枚となりますが……」
「うむ、それでよいのじゃ」
「いや、良くないが。すみません、最初の方の価格でお願いします」
イナリの言葉にディルが慌てて割って入ると、受付は静かに笑いながら頷く。
「ええ、畏まりました。なお、荷物に関して、皆様の体重を大幅に上回るようなものを輸送される場合、追加料金が発生する場合がございます、ご了承ください。その他注意事項は右手の看板をご覧ください」
「はい、わかりました」
「では、以上で予約完了となります。ありがとうございました」
受付の言葉に、イナリ達は小屋を後にした。
その後は軽く飛竜港を見学し、そのまま宿を確保してその日の活動は終了した。
どうやら今日の出費は予定をそれなりに超過したらしく、その帳尻を合わせるためか、宿の格はそこそこで、やや街の中心部からは外れた場所、普通の部屋、普通の食事、風呂は無しといったところである。
ともあれ、イナリにとっては、雨風凌げて、美味な人間の料理が食べられ、暖かな寝具があればそれでよいので、これらについては特に不満はない。
「それじゃ、寝ましょうか。魔力灯を消しますよ」
「はーい!」
「うむ……」
エリスが消灯を呼びかければ、ハイドラが元気よく返事を返す。イナリもそれに倣い、上の空気味に声を返す。
部屋の明かりが消えると、イナリが寝るベッドにエリスも入ってきて、イナリと向かい合って目を見合わせる。
「……イナリさん、夕食時あたりからずっと何か悩んでいますね。何か悩み事があるのなら、相談に乗りますよ?」
「ふむ、流石にお主には分かってしまうか」
「当然ですよ。今までだって、夜にこうしてイナリさんの悩みを聞く機会はたくさんあったでしょう?」
「くふふ、言われてみればそうじゃな。……では話そう。ずっと疑問に思っていたのじゃが――」
「はい」
「どらごんというのは、手が二本、足が二本あるのじゃろうか。それとも足が四本あるのじゃろうか。先ほど我らが見たどらごんが籠を提げていた部位は、手じゃろうか、足じゃろうか?」
「……えっ、それで悩んでいたのですか?それだけ?」
「うむ」
イナリが頷けば、エリスは面白いほど露骨に困惑した表情を作る。
「……ええと、それじゃあ……前足が二本、後ろ足が二本じゃないですか?」
「では、二足歩行するどらごんが居たらどうなるのじゃ?それでも前足後ろ足なのかや?」
「……イナリさん、そんなことを考えるのはやめて、もう寝ましょう。ね?」
「いや、これは重大な……むぐぐ」
エリスにやや力強めに抱きしめられ、イナリは半強制的に黙らされた。しばらくもごもごと喋っていたイナリだが、気がつけばそのまま眠りに落ちていた。




