223 ナイアに向かう
皆が起床すると、手早く朝食を食べて、手早く荷物を纏めて馬車に積み込み、二頭の馬、パルとベティ――どっちがどっちかは覚えてないけれども、確かそんな名前だったはずだ――に餌と水を与え、手早く出発の準備を整えた。
イナリ達も馬車に乗り込み、エリックが御者台に着いて、さあ出発しようかというところで、ベイリアとグラヴェルに引き留められた。
「あ、あの!皆さんはナイアに向かっていらっしゃるのですよね?私達も、今回の件を調査するためにナイアに行こうと思っておりまして。……失礼は承知の上で、もしよろしければご一緒させて頂けませんか?代わりと言っては何ですが、結界を張らせていただくので」
「ええ、僕達は問題ありませんよ。ただ……一応確認なのですが、ここを空けて大丈夫なのですか?」
「ええ、大丈夫です!あの村は消えたも同然ですし、今は獣人達が主導しているはずです。それに、監視をしている神官もいるはずなので、問題ありません!……実際、今回の件を踏まえると全然居なさそうですけど、まあ、それはそれで問題にできますし」
「し、強かですね……」
ベイリアの言葉にエリックは苦笑した。そして話がまとまるや否や、ベイリアは馬車に向けて跳ねるように歩み寄ってきた。
「それでは早速、特に置いていって困るものも無いので、お邪魔します!」
「失礼します」
そしてそのままベイリアとグラヴェルも馬車に乗り込み、一同は教会を発った。
「……」
イナリは、ガタガタと揺れる馬車の荷台から、馬車の後方を眺めていた。
そこには、ゴブリンの頭を豚に挿げ替えたような魔物が、聞き苦しい声を上げながら馬車を追いかけるも、透明な壁に行く手を阻まれているという、実に哀れな光景が広がっていた。
「ブフゥ!ビュゴ!」
「『ダートクリエイション』」
「ブフッ――」
グラヴェルの一声で魔物は物理的に土に還り、二度とその騒々しい声を上げることは無くなった。イナリは、その一連の流れを見て静かに呟く。
「前々から思うていたが、この魔法、強すぎないかの……?」
「本当にな、俺たちの出る幕が無いくらいだ。暴れる獣人の捕縛の時も助かったし、相当熟練していると見える。……ん?前々から?」
「ええっと……ほら、リズが使っているところを見たことがあるのじゃ」
「ああ、なるほどな……?」
イナリは僅かに出たボロを慌てて取り繕った。全く、油断も隙も無いものである。
そんな二人の会話を受けて、グラヴェルは丁寧な口調で喋りはじめる。
「お二人とも、買いかぶりすぎですよ。確かに発動自体は一瞬ですが、一度そこに出そうと決めたら発動まで位置調整ができませんし、相手の動きを予想したり、誘導できて初めて有効な魔法ですから。土魔法自体、そういう傾向が強い属性なんです」
「とは言ってもな、あの魔法、この俺でも見切るのには苦労しそうだ。どうだ、街についたら一度手合わせを――」
謙遜するグラヴェルに対して、ディルが手合わせを迫る。
「……まーた始まりましたよ、何で懲りないんですかね?グレイベルさん、この男の打診は全然断って頂いて大丈夫ですからね」
「へー、リズちゃんが言ってたのってこれかあ……!」
エリスは冷めた表情と共にグラヴェルに話しかけ、ハイドラはハイドラで謎の興奮をし始める。
その様子をよそに、イナリは朝方から少し考えていた事を実行に移すことにした。
「ベイリア、そしてグラヴェ……グレイベルよ。お主らに頼みがあるのじゃ」
「はい!何でしょうか?」
「お主ら、今回の件について調べるのじゃろ?我もちと興味がある故、ある程度判明次第、我にも手紙を介して教えて欲しいのじゃ」
実はイナリは今回の一件について、小魚の骨がのどに引っかかった程度の引っかかりを覚えていたのだ。尤も、具体的にどうしてなのかはわからないし、ほぼほぼ直感と断じて良いかもしれない。だが、知っておいた方が良いという感覚があるのだ。
しかし、皆を引き留め、先約を退けてまでするようなことでは無いし、そこまでする情熱がイナリにあるわけでもない。しかも、虹色旅団というパーティの基本方針自体、依頼でもなければ余計なことには関わらないことになっているはずだ。だからこそ、手紙という手段を選択したのである。
イナリの言葉に、ベイリアはしばし考えてから口を開く。
「教会絡みの可能性が高いですし、あまり外に出すべき話でもありませんが……確かに、お仲間が被害に遭われたわけですし、エリスさんも居るわけですし……それを知る道理はあるでしょう。ご期待に沿えるかどうかはわかりませんが、承知しました。冒険者ギルドを介した、虹色旅団宛てでよろしいですか?」
「うむ」
「……あ、でもまず街に戻ったら、皆さんに依頼に関する手続きをしないといけませんね。依頼確認に達成処理に……ああ、めんどくさい……」
ベイリアは何か思い出してしまったようで、露骨に顔を顰めた。
さて、道中の魔物はほぼほぼベイリアとグラヴェルによって処理され、ここまでの旅路で一番楽なのではないかと言うほど易々と進んでいった。そして森を抜け、草原に戻れば、やがて他の馬車も行き来する主要路へと戻る。
そうなるともう魔物に襲われることもほぼ無くなり、皆は適当に雑談をしつつ、のんびりと過ごしていた。
しばらくすると、エリスがおもむろに立ち上がり、イナリを連れて御者台の方へと移動した。
「イナリさん、あれがナイアですよ。この国の三大都市の一つです」
エリスが指した方角に目をやれば、数々の建造物が立ち並ぶ街並みがすぐそこまでやってきていた。
「ふむ、確かに街じゃな。ちなみにその、三大都市とやらの他二つはどこじゃ?」
「メルモートと王都です」
「……む、メルモートは都市じゃったのか……」
確かに中々頑強な造りだし、治安維持や区画整備等も進んでいるとは思ったが、まさか都市と呼ばれている程とは思わなかった。どうにも、地球でそれなりの期間、大都市のど真ん中でビル群に囲まれていたイナリは、都市の感覚が微妙にズレてしまっていたようだ。
「ふふ、確かにメルモートは、三大都市の中では少々派手さに欠けるところはありますね」
「どちらかと言うと、壁に囲まれた大量の家々って感じだしね。気持ちはわかるかもしれない」
エリスと、御者台で綱を握るエリックが、イナリの言葉にそれぞれ返した。
イナリは見てわかる範囲でナイアの街並みを観察した。少なくとも、メルモートを囲むような頑強そうな壁は見受けられない。
「確か、ナイアの人口は王都といい勝負なのですよね。一時滞在する商人やトゥエンツの住民を含めると、王都も上回りうるとか」
「へえ、そうなんだ。具体的なところは知らなかったなあ」
「そこそこ昔の話ですけど、教会で資料を見たことがあるんですよ。今はどうなんですかねえ……?」
エリスは首を傾げて唸る。イナリはそれをよそに、別の疑問を投げかける。
「して、あの街はどういうところじゃ?」
「以前も言ったかもしれないけど、国境ってこともあって流通が盛んだよ。買い物をしたら楽しいと思う。この後の予定はまだ断言できないけど、時間があったら買い物に行ってみると楽しいかもしれないね。……ああでも、リズみたいに無駄に重くて用途不明の魔道具とかを買ってくるのはやめてね……」
エリックは顔を顰めつつ返してきた。その言葉には妙な含蓄がある。
「それに、娯楽もたくさんありますよ。路上パフォーマンスをするような人も居ますし、運が良ければ、サーカス団なんかが居るかもしれません」
「さあかす?が何かはわからぬが、面白いものを見るのは好きじゃ」
「それはよかったです。是非、一緒に散策しましょうね」
「うむ。……ところで、先ほどエリックが言った、予定が断言できないというのはどういうことじゃ?」
「ええっと、一応、この馬車はナイアで一旦返却するんだ。それで、飛竜便を使って一気にアルテミアまで行こうかと思ってるんだ。ただ、それの空き具合がわからないから、一応は予定不明ということになっているね」
「飛竜便、とな?」
「ドラゴンを使った輸送手段の事です」
「どらごん……?」
「ええっと……アレです、トゥエンツの宿から山を見たときに飛んでいたアレです」
「ああ……え、アレ、乗れるのかや?」
イナリは困惑しつつエリスの方へ振り返った。
「はい、ちゃんと馴らした個体であれば乗れます。と言っても直接乗るわけでは無く、籠のようなものが提げられていまして、そこに乗るのが一般的ですね」
「実際に見た方がイメージは沸きやすいかもね。街に入ったら一番最初に飛竜港に行くつもりだけど、ついてくる?」
「面白そうじゃし、行ってみるとするかの」
エリックの言葉にイナリは頷いて返し、再びナイアの方に目をやった。
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