220 爆破工作
辺りが夕焼けに照らされる黄昏時。
イナリとエリスは、村の近くの茂みに隠れ、徘徊する獣人達の様子を確認しながら囁き合っていた。
「イナリさん、本当にやるんですか?やっぱり、もっと慎重に作戦を練るべきだったのでは……」
「いや、良さげな方法があるのならば、それを試さぬ手はなかろ。それに、神たるこの我が考えた策じゃぞ?お主はただ、着々と己が役目を果たすのじゃ」
「そ、そうは言っても……」
風呂敷を背負って自信満々に話すイナリに対し、エリスは顔を顰めた。
時は遡り、イナリがグラヴェルとの会話した後の事。
わずか一日にして事件を解決できる画期的なアイデアを閃いたイナリは、教会の外でたった今収穫した茶葉で淹れた茶を啜りつつ、早速それをエリスに話すことにした。
「エリスよ。我、すごいことを考えたのじゃ!」
「そうですか、すごいですねえ」
エリスは、興奮して尻尾が左右に揺れるイナリを眺め、微笑みながら頭を撫でてきた。
「いや、話を聞くのじゃ。今日にでも事態を収束させる、素晴らしい考えじゃ」
「……流石に都合が良すぎませんか?もしかして、理論上可能とか、そういう類のものですか?」
「んや、ちゃんと現実を見据えた話じゃ。そう警戒せずとも、話を聞くぐらいはすべきではないか?」
「……確かに、それは仰る通りですね。失礼しました」
「うむ、分かれば良いのじゃ。では、まずは先ほどグラ……グレイベルから聞いた話を共有するのじゃ」
イナリは頷くと、手に持った杯に入った茶を啜りながら、グラヴェルとの会話の大筋を共有した。
「――さて、要約すると、魔道具の破壊と、洗脳を上書き出来る程の衝撃を与えることが事態の解決のカギとなるわけじゃが……我らならば、それが出来る。そうであろ?」
「……そうなのですか?」
ドヤ顔で問いかけるイナリに対し、エリスは首を傾げた。
「……ええと、つまりじゃ。我が不可視術を使って村に潜入し、魔道具をブラストブルーベリーで爆破、破壊する。その後、お主が不可視術を使って獣人を発狂させ、洗脳下から抜け出させる。これで解決じゃ」
「いや、解決じゃないでしょう!?明らかに別の問題が生まれているじゃないですか!発狂って聞こえましたよ!?」
「んや、そうは言ってもの、正気でない者には正気でない者をぶつけねばならぬ。必要な事じゃ」
「しれっと言っていますけど、それ、私も正気でない者に分類されていますね……?」
「うむ。ま、いつものお主も大概じゃし、今更気にすることでもなかろ」
「いや、それは……えっと……」
エリスは言い淀むと、無言でイナリを持ち上げて抱き締め、そのまま尻尾に顔を埋めた。何か言いたそうだったが、開き直ったとみるべきか。
「で、どうじゃ?我はこれで行けると思うのじゃ」
「……不確定要素が多すぎますね。不可視術が獣人の目を搔い潜れるのか。ブラストブルーベリーで魔道具が破壊できるのか……」
「それは大丈夫じゃ。我が不可視術を、神の力を持たない獣人が貫通できるわけも無し。万が一、魔道具が破壊できずとも、我が引き返すだけで良い。実に安全じゃ」
イナリはつらつらと言葉を並べて行くが、エリスの懸念は止まらなかった。
「それは良いとしても……私が不可視術を使った状態を見た人が、発狂程度で収まると思います……?」
「……それは……まあ、やってみればわかるじゃろ」
「そんな無責任な。それに、行動を起こすならば皆さんに共有しておく必要がありますが、皆さんにはどう説明するのでしょう?成長促進に関しては草魔法で誤魔化せていますけど、不可視術はどうにもなりませんよ……?」
「……そこはお主の腕の見せ所、いい感じにするのじゃ。……それに、何やら二の足を踏んでいるようじゃが、これは我とお主が活躍する良い機会じゃ。……エリスよ。これを活かさない手は、無いじゃろう?」
「……確かに」
さながら悪魔が囁くように、イナリが赤い眼を輝かせながら囁けば、神官はそれに頷いた。
その後はエリスが能力を適当に誤魔化しつつ皆に作戦を共有し、有事の際には駆け付けられるよう、少し離れた場所に他の皆が控えることを条件に、作戦を実行することになった。
どうしてこうもあっさり話が進むのかと疑問に思ったが、もしかしたら、イナリでは無くエリスが発案した体で話が進み、また、詰めの甘い部分を程よく補完してくれたのが効いたのかもしれない。
そして話は冒頭に戻る。
エリスは時間が経って冷静になったのか、今の彼女は持ち前の心配性を発揮してしまっている。
「ともかく、決まったからには実行する他あるまい?」
「……そうですが……」
「わかれば良い。というわけで、早速行ってくるのじゃ」
「……気を付けてくださいね。もし少しでも危険そうな要素があれば、必ず引き返すように」
「わかっとるのじゃ」
イナリは返事を返すと、そのまま不可視術を発動し、堂々と村へ向けて足を進めた。
村の様子はと言えば、相も変わらず獣人が徘徊している。狼らしい部位を持つ者、鳥のような部位を持っている者、イナリにそっくりな見た目の者……老若男女、細かい種族は問わず、様々な獣人が居る。
「……む、ハイドラじゃ……」
イナリは、獣人達の中にハイドラの姿も認める。平常時と比較しての変貌具合は見るに堪えず、また、彼女に限らず、誰もが支離滅裂な譫言を呟いている。
「すぐにどうにかしてやるからの」
獣人の間を縫って進むイナリの呟きは誰にも聞こえていないだろうが、ともかく、イナリが捕捉されるような事態は無さそうである。
「さて、件の魔道具は村の中心部じゃったか?……中心ってどの辺じゃろか……」
イナリはしばし獣人に混ざって村の中を放浪し、やがて、イナリの身長の倍程度の高さの縦長の柱らしき物体を発見した。明らかに周囲から浮いているし、これが件の魔道具だろうが、魔導柱と形容した方が適当そうだ。
ただ、問題は、ものすごく魔道具っぽいこれが、本当に魔道具か否かを判断する術を、イナリが持ち合わせていないことである。これが内部で音を立てているとか、見るからに何かを放っているとかがあれば、また話は違っただろうけれども。
「……とりあえず、これということにして進めるほかあるまいな」
イナリはぺちぺちと魔道具を叩いてから、そのそばにしゃがみ込み、縄で二、三個ごとにつなげたブラストブルーベリーをたくさん包んだ布を床に広げた。後はこれを魔道具の周りに括り付け、石でも投げて衝撃を与え、爆破するだけである。
ちなみにこれも、茶葉と同様、作戦前にエリスに増やしてもらったものだ。
「それにしても、柱に触れても我が襲われることは無……あ?」
「我らは脅かされている」
「我らは害されている?」
「排除すべきだ……何を?」
作業に取り掛かっている間、妙に周辺が暗いと思って振り返って見あげれば、イナリの周りには、譫言を呟く獣人が四、五人程彷徨っていた。彼らは明らかに何かを探している様子だ。
「これは……これに触れたのが知覚されたとみるべきか」
不可視術には、イナリ本人が認識されなくなるだけでなく、イナリが起こした動作について、結果のみが知覚され、その過程は知覚されないという性質がある。
それを踏まえると、魔道具に触れることが獣人を動かす引き金となるとみるべきだろう。一体何故こんなものが作られ、ここに置かれたのだろうか。考えれば考える程に訳の分からない代物である。
ひとまず、イナリは獣人達にブラストブルーベリーが踏まれないように手で寄せ、魔道具の周りに巻き付けていった。
「……ふう……」
イナリは静かにため息をついた。別にイナリが怪我をすることは無いのだが、とはいえ、少し衝撃を与えるだけで爆発する代物を扱うのに緊張しないわけがないのだ。
うっかり実を落とそうものなら、そのまま足元が爆発し、そのまま他の実に誘爆するのだ。そしたらきっと、イナリは宙を舞うことになるだろう。それに、中途半端な状態で爆破すると、魔道具が破壊されず、また最初からかもしれない。それは色々な意味で御免だ。
そんなわけで、緊張により肌に汗が浮かぶのを感じながら、イナリは作業を進めていく。
「……よし、これで最後じゃ……あっ!?」
イナリが背伸びしながら、魔道具の上方に最後のブラストブルーベリーの束を巻きつけようとしたところ、イナリの手から実が零れ、地面へ向かって落下していく。世界がスローモーションになるかのような錯覚と共に、その様子をイナリは目で追い、来る衝撃に身構えた。
「ッ!…………む?」
ブラストブルーベリーの爆破による衝撃に身構えたイナリだったが、それは杞憂に終わった。地面に落下した実は奇跡的に破裂せず、地面を転がっていたのだ。
「……何じゃ、無駄に驚かせおって……」
イナリはほっと溜息をつきながら、地面に転がった実に手を伸ばした。
そしてイナリの手が実に届こうかといった瞬間、周辺を彷徨っていた獣人が、その実を力強く踏みつぶした。
「は?」
イナリの間の抜けた声は爆破音に搔き消され、イナリの小さな体を大きな衝撃が襲った。




