213 トゥエンツでの一日(後)
「ほう、ここが例の川か」
食事の後は、エリスの提案により、街の外れにある、美味しい水が飲めると評判の川へ赴いていた。
何故ここに来たのかと言えば、街には民家、倉庫、肉屋に八百屋、生活必需品ばかりの雑貨屋、そして宿屋ばかりで、若い少女二人だけで楽しめるような場所は殆どなかったからだ。……尤も、イナリは若いと評して良いのかは怪しいところだが。
川を観察してみると、イナリの家の位置の目印でもある魔の森の川よりも幅広で浅く、水は澄んでいる。近づいてしゃがみ、水に手を触れて冷たさを確かめる。
その手の間を小魚が泳いですり抜け、その魚を目で追っていくと、川下では街の子供たちが水遊びをしている様子が目に入る。保護者らしき大人も近くにいるし、街の外れではあるが、さほど危険は無いらしい。
「……もしかして、イナリさんも遊びたいのですか?」
イナリが子供たちの方をしばし眺めていると、エリスが隣に立って、イナリの方を覗き込みながら尋ねてくる。
「まさか。我は子供では無いし、あのように遊ぶのはちと厳しいのじゃ。きっと、羞恥心が勝ってしまうからの」
「……子供ではない、ですか。……ふふ、そう、ですね?」
エリスは何か引っかかったのか、笑いながらイナリの頭に手を置く。
……果たして、何か変な事を言っただろうか?イナリは首を傾げつつ、川の水を掬いあげて口に運ぶ。
「……冷たくて美味じゃ。なるほど、これは確かに、ここでないと味わえぬわけじゃ」
「お気に召したようで何よりです。私も一口……」
魔王の影響によって冷えたこの川の水は、まるで氷で冷やしたかのようで、喉に快い感覚を与える。
一方、この水で水浴びをするのは、体が冷えてしまうだろうし、些か厳しいだろう。宿に浴場が用意されていたのは、そういった背景も関係していたのかもしれない。そう考えると、川下の子供たちは元気すぎやしないだろうか。
イナリがそんなことを考えつつ、再び自身の前方の辺りを眺めて過ごしていると、川の上流の方から、聞き覚えのある声がかかる。
「あれ?エリスさんにイナリちゃんだ。何してるの?」
声の主は、ハイドラであった。
「おぉ、ハイドラか。我らは……今……」
イナリは声のする方へと向き直りながら、目に飛び込んだ光景に絶句した。
イナリの方へと歩み寄るハイドラの手には、水が入った瓶を複数入れた箱、そして背には、明らかに彼女の体格と釣り合わない大きさの背嚢があり、その上部からは何かの魔道具がはみ出している。
「ええと、この川の水を飲みに来たんです。……その、すごい荷物ですね?」
「あ、やっぱりそう思いますか?これ全部、錬金術ギルドの人に押し付けられた魔道具なんです。ちょっと私も無理しちゃったなあとは思うんですけど、いちいち馬車に戻って魔道具を運ぶのも面倒じゃないですか?」
「お主の言うことは妥当とは思うが……」
「あ、そうだ。折角なので、何か面白いものをお見せしますよ」
ハイドラはそう言うと、音を立てて背嚢を降ろし、魔道具を取り出していく。
「ええっとー、ポーション生成器、岩投げ君、簡易採掘機、着火剤にゼリーポーション……あ、これとかどうですか?魔導銃って言うやつです」
ハイドラが取り出したのは、イナリの身長よりやや短いくらいの全長の兵器であった。金属の管のようなものに、突起がたくさんついていて、組み込まれている青い石は仄かな光を発している。
「魔導銃……リズさんから聞いたことがあります。魔法を圧縮して、一点に集中して撃ち込むもの、でしたっけ」
「そうですね。魔法や弓が使えない人でも遠距離から攻撃できるようにするために開発されているらしいんですけど、私でも運用がちょっと大変なくらいには重くて、実用には程遠いみたいなんですよね」
「ちょっと気になるのじゃ。我に触れさせてみよ」
「いいよ!でも、暴発しないように気をつけてね」
「ハイドラさん、待っ――」
ハイドラはそう言いながら、エリスの制止よりも先に、両手を伸ばしたイナリに魔導銃を手渡した。
そしてそのまま、魔導銃は物理法則に従って落下し、重厚感のある音と共に、イナリの手は魔導銃と川岸に特有の石だらけの地面に挟まれる。
「ぐわああああ!!!???」
「えっ!?あっ、ごめんイナリちゃん!」
ハイドラが慌てて魔導銃を持ち上げる。恐らく、イナリの力の無さを見誤ったのだろう。
「やっぱりこうなりますよね!?イナリさん、手を見せてください!」
「う、うう、痛いのじゃ……絶対これ、我の手、穴が空いておるのじゃ……」
「そ、そんな……ああ、大丈夫、イナリさんの手は無事みたいです。よしよし、痛かったですね……」
エリスは、涙目で駆け寄ってきたイナリを抱きとめて慰めつつ、ハイドラに向けて口を開く。
「ハイドラさん、イナリさんは重めの鉄の扉も自力で開けられない程か弱いのです。よって、魔導銃も重すぎるかと……」
「そ、そうみたい、ですね。一応、力が無いとは聞いてたけど、ここまでとは思わなくて……。イナリちゃん、ごめんなさい」
「……うむ」
ハイドラは気まずそうな面持ちでイナリに謝罪した。
「ていうか、すごい音がしたけど、本当に大丈夫……?」
「うむ、我は頑丈じゃからの……」
「イナリさんは剣を手で刺してもへっちゃらなくらい頑丈なんですよ。……痛覚は普通にあるみたいなので、過信はできないんですけど……」
「ふ、不思議な体だね……。あれ?その時は痛みは無かったの?」
「……確かに、言われてみれば変ですね?」
「我が身構えておれば、さほど問題は無いのじゃ。不意打ちとか、両側から引っ張られ続けるとかが苦しいのじゃ……」
「あ、あぁ、なるほど……」
しばらくして、イナリが回復すると、ハイドラは魔導銃をしまい、別の魔道具を取り出して差し出してきた。今度は賽くらい小さい立方体なので、イナリが持っても安心である。
「……これは?」
「どうやっても二の目が上になるサイコロ」
「一気にスケールがショボくなりましたね。しかも、どうして一でも六でもなく、二なんて一番微妙な目を……」
「何でこんなのが紛れてたのかは私もわからないんですけど、安全を考えるとこれくらいが無難かなと。私はいらないから、イナリちゃんにあげるよ!」
「貰えるものは貰う主義じゃが、これは些か困るのう……」
イナリは手の上で賽を転がしながらぼやいた。その賽は確かに、どうあがいても最終的には二の目が上になった。
まだ魔道具の試験を続けるというハイドラと別れた後、イナリ達は、適当に雑貨屋と冒険者ギルド、教会を覗いた。
最初からわかりきっていたことだが、雑貨屋にめぼしいものは無かったし、冒険者ギルドもメルモートのそれとさしたる違いは無く、どころか、やや小規模で面白みに欠けた。教会も概ね同様であるが、一つ知ったことは、全ての街に聖女がいるわけでは無い、ということだ。この街はまさにその例に当てはまっていた。
他にも、エリスの見立てでは、行商人などの出店があるかもしれないとのことだったのだが、それらしい店はあまり見当たらず、美味しい肉串とスライムゼリーを売る屋台があっただけであった。
そして現在、二人は宿に戻り、自室のソファに座って、スライムゼリーをつつきながら寛いでいた。
エリスは膝の上にイナリを乗せ、イナリは手の上に魔道具のサイコロを乗せて遊んでいる。
「……イナリさん。そのサイコロ、気に入ったのですか?」
「うむ、これが意外と楽しいのじゃ。見よ!」
イナリが賽の五の面を上にして手のひらに置くと、勝手に転がって二の面が上になる。
「……どうじゃ!」
「どうじゃ、と言われましても。確かに面白いですけど……」
エリスはイナリの手に乗った賽を手に取り、何度か手の上で弄んで返した。
「やっぱり、私はイナリさんに触れていた方が楽しいですね」
「そうか、エリスにはこの面白さがわからぬか。ううむ、我、時代の最先端に居るからの、エリスにはまだ早かったようじゃなあ、ふふふ」
「……」
エリスは、何故か優越感に浸って煽るイナリの頬をつまんだ。




