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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミアへの旅路

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213/456

212 トゥエンツでの一日(中)

 イナリは引き続き、男達の会話を盗み聞きする。


 イナリは、かつて新聞で一度見たきり、魔王としての自分がどのように認識されているか、殆どわからずじまいである。ともすれば、彼らの会話を聞くのは有意義なはずだ。


「それって何だったか?確か……あれか、メルモートの東らへんに出たやつか」


「そうそう。ぶっちゃけ初動以降が地味すぎて、誰も気にしてないよな」


「思い出すのに時間がかかるくらいだしなあ。メルモートから避難した人たちも、わざわざ急いで支度して逃げたってのに、拍子抜けだろうなあ」


「確かに、それは言えてるな。……で、それが行方不明になったってどういうことだ?」


「そのままだよ。いつからかはわからないが、魔王の影響が全く無くなったらしい」


「何だそりゃ。消滅したとか、そもそも魔王がいなかったとか?」


「消滅はともかく、魔王が居ないなんてのは教会の発表と食い違うから無いだろ。まだ、伝説の黒騎士が現れて討伐したとか言われた方がマシだ。……にしても、周期は崩すわ、潜伏するわ、二体同時に出るわで、今回の魔王は訳わからんな」


「獣人も不穏だし、世界が滅ぶ前兆かもしれねえな……」


「縁起でも無いことを言うなよ。もしこの場に神官が居たら尋問されかねないぞ……」


 イナリがそっと、己の向かい側に座っている神官に目を向けると、彼女は苦笑しながら、顔の前に人差し指を立てた。少なくとも、彼がこの場で「尋問」されることは無さそうだ。


 さて、彼らの会話からするに、魔王としてのイナリの評価は、地味だとか拍子抜けだとか言われているが、総括すれば「謎」の一言に尽きるようだ。


 それに、教会総出でイナリの事を潰しに来ているとか、そういう話も無さそうである。このまま、「メルモートに魔王なんて最初からいなかった」ということで、忘れ去られてくれればよいのだが。


 イナリがそんなことを考えていると、注文した料理が運ばれてくる。見た目からして濃厚そうなそれは、所謂クリームパスタと言われる類のものであった。


 それに気分が高揚したイナリが、エリスの手つきを見ながらフォークの扱いを真似し、拙い手つきでパスタを巻き取っているうちに、男達の会話は進行していく。


「そもそも、そんな悲観することは無いだろ。何だかんだ、今回も勇者様がどうにかしてくれるさ」


「いやあ、勇者なあ……」


「どうかしたのか?」


「ああ、何かと噂の堪えない勇者なんだよ。ナイアの新聞とか、風の噂とかで聞いてないのか?」


 訝し気な声を上げる男に対し、勇者に対して否定的な態度を示した男が答える。彼は先ほどイナリと話した男で、話しぶりからするに、冒険者か何かをしているのだろう。


「いやあ、俺には心当たりはないなあ」


「で?勿体ぶらずに教えてくれよ」


 冒険者らしき男に対し、他の二人が話を促す。


「ああ。今回の勇者、端的に言うと……変なんだよな」


「変?」


「まず、現れるまでの過程が変だ。勇者選抜をすっ飛ばして任命されてるんだ。しかも、有名ならまだしも、全く無名で、今まで何をしていたのか知っている冒険者が誰も居ない」


「そりゃ妙だな」


「きっと、秘境で籠ってた武術の達人みたいなやつなんじゃないか。それをどうにかしてスカウトしたんだ。どうだ?」


「それならよかったんだが、俺が遠目に見た限りだと、見た目はその辺の冒険者より弱そうなんだよ。何なら、お前らでも勝てそうだな、とか思っちまうくらいだ」


「えぇ……?」


「そんなんだと、皆素性を知りたくて堪らんだろうな。俺も知りたいし」


「まあそうだよな。実際、色んな奴が探りを入れているはずだ。情報屋なんかは特にな」


「ホットトピックってやつか。情報を握ったら皆金を出すんだろうなあ」


「そういうことだな。他にも妙な噂は山ほどあるぞ。アルテミアの奴隷商のところに乗り込んで勝手に奴隷を解放したとか、大理石でできた柵を握り砕いたとか、魔法が使えないとか、魔道具で世界を切り取ったとか、教会が全力で介護してるとかな。これでもほんの一部で、まだまだあるぞ」


「それ、本当かよ?俺でもわかるレベルの眉唾物じゃないか?」


「まあな。所詮、噂は噂。俺の耳に入るまでに尾ひれがついているのは確実だろうさ」


「まあ、聞いてる分には面白いけどな。俺たちの未来をわけわからん奴に託すのはな……。おおっと、こういうことは言うべきじゃなかったか」


「ま、神官なんて居ないだろうし大丈夫だろうさ。んじゃ、ぼちぼち仕事に戻りますか」


「ああ、もう時間か。じゃ、行くか」


 そう言うと男達は立ち上がり、勘定を済ませて去っていった。


「……エリスよ、先の男らの話……」


「はい。尾けて尋問しますか」


「む?……いや、そうではなくてじゃな」


「ふふ、冗談です。勇者のお話ですよね?」


「……うむ」


 居住まいを正して微笑むエリスに、イナリは静かに胸をなでおろした。以前、メルモートでエリスがイナリに襲い掛かって兵士にお世話になった時もそうなのだが、彼女はたまに捕食者のような態度になることがある。


「我と直接関係しうる話なのでな、詳細を聞きたいのじゃ。以前新聞でも見たが、勇者選抜とはどのようなものなのじゃろうか?」


 気を取り直して、イナリはパスタをもちもちと咀嚼しつつ、エリスと欠落している情報を補完することにした。


「勇者選抜は、勇者を任命するための手続き過程の一つですね。……ええと、聞きたいのはもっと踏み込んだ話、ですよね?」


「うむ」


「以前少し話したことはあるかもしれませんが、確認も兼ねた前提として、勇者とは、魔王を倒すために、教会から神器を託される者のことです。それを決めるための大まかな過程が、魔王分析、候補者募集、資格審査、技能審査、教会幹部会議の五つで、これをまとめて勇者選抜と呼びます」


「ふむ」


「魔王分析は文字通り、世界各地の主要な教会の幹部で集まって、神託や魔王の様子から、魔王がどういったものかを議論します。『魔王一対説』などがその典型ですね。それが済んだら、勇者になりたい者を募集します。立候補自体は、性別、種族、年齢問わず誰でも可能です。つまり、私でも、イナリさんでも立候補できます」


「そうなのかや。……我、倒される側なのにのう?」


 イナリがボソリと呟くと、エリスが苦笑する。


「それで、ある程度立候補者が集まったら、資格審査をします。これは、勇者になる資格があるかどうか審査するもので、基本的には、健康かつ犯罪歴が無ければ通過できます」


「それ、意味はあるのかや?」


「必要です。神器を託した勇者が持病で道半ばで倒れたり、立ち寄った村で肩書をかさに着て好き放題してはいけませんからね。そうなると、教会、延いてはアルト教の面子にも関わりますし。それに、魔王の脅威度合いによっては、ここで一気に候補者を絞ることもできます」


「なるほどの」


「そして技能審査。対人、対魔物等、勇者同士で戦闘能力を競い合い、候補を数人まで絞ります。そして、幹部会議で承認して、晴れて勇者となり、適当な神器が貸与されます」


「ふむ……。必要性は理解したが、何とも煩雑じゃな」


「それはごもっともですね。……しかし、その審査がスキップされたという話は初めて聞きました。さっきの人達も言っていましたが、少し変ですね」


「勇者が決まったという話は知っておったのかや?」


「はい、出発する二日程前には聞いています。すべての神官には、必要に応じて、訪れた勇者に助力する義務がありますので」


「……なのに、任命過程を知らんのかや?」


「……そうですね。ついでに断っておくと、名前もわかりませんよ」


「……何だか、杜撰ではないかや?お主らに支援を求めるのならば、勇者の情報は仔細に共有すべきではないのかや」


「それもごもっともなのですが……専用の身分証があるのと、神器を持っていたら、基本的に勇者か犯罪者の二択なので、名前を公表することは寧ろ、なりすましを助長しかねないのです……。偽名が公表されることは稀にありますけれどね」


「ううむ、何だかハッキリせんのう……」


 エリスの言葉に、イナリは唸った。しかし、こちらは異世界だし、魔力で本人確認ができる世界だ。ともすれば、イナリの持つ乏しい常識だけで考えるべきではないのかもしれない。


「でも、今回の勇者には何かありそうですね。何事も無いと良いのですが」


「そうじゃな。まあ、我は魔王では無いし、きっと忘れられるはずじゃ。関わることもあるまいて」


「そうですねえ」


 会話に一区切りつけたイナリは、引き続きパスタを巻き取って口に運んだ。

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